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カルタータ  作者: 希矢
間章 『カタコトノ人生』
766/994

その766 『恨ミハ人ヲ狂ワセル』

 食べ終わったブライトは図書室で調べ物をすると言ってミヤンと別れた。実際、調べたいことはあった。ブライトが屋敷で見つけた法陣についてだ。ビヨンド家は透明の魔術だとわかったが、シェラ家のものは見たことがなかった。これが危険な魔術であったなら、シエリに掛けられた可能性もある。

「とはいえ、さすがに図書室でほいほい見つかるものじゃないかな」

 小一時間調べてみたが、それらしいものはない。そもそも、ブライトは図書室にある本をだいぶ読んでしまっている。医者を経由して頼んだ、毒物の調査のほうが早そうだなと考える。内心徒労で終わったことに溜息をついた。それが聞こえたらしい。

「何かお困りごとですか」

 声に振り仰ぐと、ウィリアムがいた。こちらも見つけたかった一人だ。

「ちょっと魔術について調べ物を」

「こんなときでも魔術とは。勉強熱心でございますね」

 ウィリアムはブライトが趣味に勤しんでいるように見えたのだろう。残念ながら、今回の魔術は楽しくない。

「こんな法陣の魔術を探しているんだけれど、ウィリアムは見たことない?」

 ウィリアムは首を横に振った。幾ら本の虫とはいえ、魔術に精通しているわけではないから当然の反応だ。

「魔術であれば、奥様にお伺いするのが良いでしょうね」

「お母様? 確かに、魔術書は時折下さるけれど」

 てっきりこの図書室から持ってきたと思っていた。

「アイリオール家の魔術書は、代々奥様が主に管理されています。先代から引き継いでいれば、でございますが」

 意外な情報だ。

「あたし、お母様に何度かねだっているから……、あんまり期待はできないのかな」

 母はブライトが魔術書をねだっても中々手に入らないと言っていた。引き継いでいないか、ブライトが既に読んでしまったものばかりかもしれない。

「いえ、聞いてみる価値はあるかもしれませんよ」

 ウィリアムは少し悩んだようにそう告げる。

「というと?」

「実は、先代の奥様は魔術書を集めることに非常に意欲的な方でして」

 先代というと、ブライトの父の実の母だ。ブライトが産まれたときには既にいなかったが、明るい人だとは聞いていた。

 その人が意欲的だったとはいえ、聞く価値があるという話には結びつかない気がした。だが、ウィリアムのことだ。敢えて言わないだけで確信できることがあるのだろう。

「分かった、じゃあ聞いてみるね」

 それはそれとして、ウィリアム個人にも聞きたいことはある。

「ついでにウィリアムはシエリのこと、どこまで知っている?」

「メイド長ですか。先程亡くなられたとお聞きしていますが」

「うん。病気だったみたいなんだけど、そんな話聞いたことがなくて」

 敢えて自分が不審がっていると告げれば、ウィリアムから同意があった。

「そうですね。メイド長にはよく飲み物を運んでいただきましたが、病気だった印象はないですね」

「ちなみに、家族のこととか聞いてる? 弟が病気とは聞いていたんだけど、もしかして感染ったのかななんて」

 ウィリアムは首を横に振った。

「そこまでは。ただ、王族付きの兵士をされている夫がいると聞いています。互いに忙しくしているみたいですね。ひょっとすると、弟さんの治療費のために二人共忙しく働く必要があったのかもしれませんが」

 治療費。ブライトはその言葉を口の中で転がした。あまり意識したことがない言葉だったからだ。

「そうなんだ。あと聞きたいのは」

 幾つかウィリアムに質問をしたあと、ブライトは礼を言って図書室を出た。




 ハリーを探そうと廊下を歩いていると、先に医者がやってきた。

「ブライト様。ご依頼されていた件ですが、毒物は見つかりませんでした」

 医者はメイドに連れられて屋敷内にいるブライトを探し歩いていたようだ。メイドは、母付きのベランだった。まだ若いメイドでおどおどしている。

「調査ありがとうございます。ベラン、食器類の撤去をお願いしてもよいですか」

「は、はい。かしこまりました、ブライト様」

 ベランが何度も頭を下げる。医者もそれに合わせるように頭を下げた。

「すみません。私の力が及ばないばかりに、お父上に加えてシエリ殿まで」

 頭を下げた医者の肩は震えている。シエリについては、医者を呼んだときには既に亡くなっていたというのに、責任感の強い人物のようだ。

「大丈夫です。あなたのせいではありません。手を尽くそうとされていたのは、なんとなくではありますが、伝わってきます。だからむしろお礼を言わせてください」

 ブライトが告げると、医者は堪らず目を覆った。

「ありがとうございます」

 医者もまた礼を述べて、何度も頭を下げたあとに去っていく。

 それを見送ったブライトは、ハリー探しを再開することにした。



「とりあえず、居間かな」

 そんなことを考えながら、廊下を歩く。居間までは、すぐだった。

 早速扉を開けると、そこでほうきを持ったシャンとばったり出くわした。掃除道具を持っているあたり、清掃中だったようだ。

「邪魔したかな?」

「とんでもございません。すぐに片付けます」

 ブライトは、慌てて引き止める。

「大丈夫。ハリーを探しに来ただけだから」

 シャンは心得ているようで、すぐに礼をした。

「そういうことであれば、すぐに探してまいります」

 シャンは、仕事が早かった。数分後には戻ってきたのである。

「ブライト様。ハリーは、遺族の方を迎えに出たようです」

 呼んでも来ず、探しても見つからないわけである。

「ありがとう。それじゃあ、弔花の準備はハリー以外に頼むかな」

「弔花でしたら、私が承ります」

 ささっと手配に入ってくれるシャンは、朝の質問などなかったことのように振る舞っている。そのうえてきぱきとしていて、母が信頼するのもよく分かった。これならば、任せてもよさそうだ。





 昼前には、ハリーが戻ってきた。

「ご家族がご遺体を引き取りたいとのことでした」

 シエリの両親は奈落の海に帰っていた。いるのは、夫と弟だ。夫の名前はレイドと言い、ウィリアムの言う通り王族付きの兵士をしているらしい。

 玄関に出たブライトが挨拶をすると、レイドは肩を震わせて絶えず俯いていた。

「その、妻は病ということでしょうか」

「急死でしたのであたしにもはっきりしたことは。ただ、それ以外には考えられないでしょう」

 毒ではなかったと言うか悩み、やめておいた。殺された可能性を疑っていたなどと言ったら、アイリオール家の信用が落ちる気がしたからだ。それは母も望むまい。

「畏まりました。この度はご配慮痛み入ります」

 レイドの声は平坦で、感情を抑えていることがよく伝わった。シエリは元気だったし無理をしている風でもなかった。それが急に病で死んだと言われても、信じられまい。

「空葬の手配と、弔花を」

「いりません」

 ブライトの言葉は遮られた。

「何もいりません。結構です」

 言葉の端々から怒りを感じ、ごくんと息を呑む。

「ですが、その」

 言いかけたブライトの目に映ったのは、レイドのぎろりと睨む瞳だった。レイドは、ブライトのせいでシエリが死んだと思っているのだろう。そう直感できるほどには、冷酷な目をしていた。はじめて人を怖いと思った。兵士だけあって鍛えられたレイドの体は、いざとなればブライトの首など簡単にへし折れる。

「花もお金も何もいりません。家族だけで小さく葬儀をさせていただきます」

 レイドは突然怒りを収めると、言い聞かせるように小さく呟いた。

 呆気にとられたが、言わないといけないと声を張る。怖くても、勘違いされたままは嫌だった。

「シエリにはあたしもよくお世話していただきました。病気がちだという弟さんの話もされて……、あの、今回のことは本当にお悔やみ申し上げます」

 レイドの目がはじめて驚いたようにブライトに向けられる。けれど、

「そうですか」

 としか言われなかった。レイドはただ、不自然に喉を掻きむしったシエリの遺体を大事そうに抱えて帰っていった。





「お母様。本日の報告に参りました」

 昼間の間に母はいろいろなことをしていたようだ。机の上には魔術書が山ほどあった。この短期間で入手してきたのかと考え、ウィリアムの話を思い出す。先代からきちんと引き継いでいたらしい。

 報告しながらもちらちらと、魔術書の山に視線が行ってしまう。ブライトが今までこれらの魔術書の存在を知らされなかったのは当然だった。ブライトのような子供には危険すぎて見せられなかったのだ。正直、タイトルを見ただけで背筋が凍る思いがする。ちらりと見ただけでも、相手から空気を奪う魔術に、人の感情を書き換える魔術、体力を悉く奪って死に至らせる魔術があるようだ。

 尚、本の山の一番上にはシェラ家の法陣と同じものが書かれた魔術書もあった。そこには『音を拾う』というタイトルが書かれている。

「そういうわけで、ハリーが確認する限り、父の部屋に入ろうとしたのはジェミニ、シエリ、ミヤン、ハリー自身のようです」

 ハリーからの調査結果を報告して、ブライトの今日の報告は終わった。母のベッドからつらつらと文字の書く音がする。それを待つ間、いよいよブライトの目には、母の机の魔術書が映って仕方がなかった。ここまでの調査結果で、一つの可能性が浮かんでいた。というのも、母がミヤンの記憶を読んだということは分かっている。シエリがそれにどう繋がるのか、怖くて知りたくもなかった。

「あなたにはこの魔術書を与えます。残さず習得しなさい」

 母が渡した紙にはそう書いてあった。さすがに魔術書の贈り物だと喜ぶ気にはなれなかった。尚、紙には続きがあって、更にこう書いてあった。

「記憶を読む魔術は最優先に覚えなさい。次点で、人の感情を書き換える魔術です」

 一体、その魔術を何のために使えというのだろう。頷きながらも、想像するだけで歯が鳴った。


「記憶を」


 次なる紙にはそう書かれていた。また、悪夢が始まるのだ。そして、その悪夢は次の悪夢へと続いていくのだとうっすらと理解した。

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