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カルタータ  作者: 希矢
間章 『カタコトノ人生』
763/994

その763 『沁ミル』

 ブライトはすぐさまハリーを呼んで、父の部屋を訪れた人物を調査するよう指示を出した。それから、実際に父の部屋を確認しにいく。

「開けられた跡はないかな」

 先程も確認していたが、やはり形跡はなかった。父の部屋の扉には法陣を仕掛けておいたのだ。これは簡単に扉を開けられないようにするだけでなく、ドアノブに触れた人間の記録を残す魔術だ。父の部屋を暴かれたくなかった為に用意したが、役に立った。

「あ、でもよく見ると僅かにあるね。弾かれた形跡」

 誰かが扉に触れた跡がある。ドアノブではなかったので、記録は残っていないが、よく見ると扉が傷んでいた。しかも、一箇所ではない。

 となると、どういう理由か扉に触れた者はいるわけだ。それがただ当たっただけならば良いが、そうではないとすると目的は父の日記かもしれない。

「一応窓も確認しておこうかな」

 父の部屋にも窓はある。中庭の景色が見えるようになっている。一階ではないので侵入するには壁を這い登るしかないから、まずそんなことはできないと思うが確認しておくことにした。

 魔術を解除し、部屋の中へと入る。しんとした空気の部屋は、夜だということもあって暗闇に沈んでいるようであった。壁伝いに照明の明かりをつけると、人気のない部屋が浮かび上がる。机は片付けられていて、ベッドはそのままだった。念のため確認したが、日記は引き出しの中にしまってあるままである。

「本当は燃やした方が良いのかもしれないけれど」

 まだ日記全てに目を通したわけではない。ひょっとすると、ブライトたちが知っておくべき大切なことが書かれている可能性もある。だからやめておいたほうがよいだろうと判断した。


 本当は父の遺品を捨てるなんてことができず、捨てられない理由を探しただけかもしれない。


「なんてね」

 気持ちを切り替え、立ち上がる。窓へと近付き、鍵が掛けられていることを確認する。幸いにして誰も入った形跡はなかった。魔術の効果があったとみる。

 続けて、念のため日記以外のものが出てこないか軽く部屋を漁った。部屋には書物がたくさんあるせいで全ての確認はできないが、見た限りでは日記以外には何も出てこない。それを確認してから、そっと扉を閉めた。再び魔術を掛けておく。

「さて、何からすべきかな」

 本当は半数に減ったというアイリオール家の者たちの様子も直接確認したいが、今は夜だ。父の部屋を漁るのにも時間を掛けてしまっているので、今から訪ねにいったところで寝静まっている者が殆どであろう。怪しい人影を見つけてくれている人もいそうなものだが、日を改めるほうが良さそうだ。

 そこまで考えてから、湯浴みをしていないことに気がついた。中途半端な時間に食べてしまったのでお腹は空いていないが、湯浴みはずっとできていないままだ。貴族としてそろそろ身だしなみを整えなくては、万が一誰かが訪ねてきたときアイリオール家の面子に関わることになる。それは母も望んでいないことだろう。

 面倒だが、湯浴みだけは先にすませておかなくてはなるまい。


 ため息を吐きつつ自室へと向かうと、途中で呼び止められた。

「ブライト様」

 前方からシエリが歩いてきたのである。

「シエリ?」

「お部屋にいらっしゃらないものですから。これからお戻りでしょうか」

 ブライトは頷く。

「勝手ながら、御召し物が汚れているようです。湯浴みもまだとお聞きしています」

 シエリはメイド長なのだ。ブライトの担当のメイドから聞いているのだろう。

「それは、これからやろうかと」

「ミヤンは休んでおりますので、私が参りましょう」

 本当は一人でこっそり入りたかったが、これは首を横に振れない雰囲気だ。ブライトは密かに嘆息した。


 湯船に浸かりながら、考えるべきことを纏める。

 母は、裏切り者がいると考えているようだ。確かに仮にジェミニが手を回したとしても、半数ものアイリオール家の者たちが消えるとは考えにくい。そうなるとはじめから仕掛けられていたと考えるべきだろうか。

「ブライト様。このお怪我は」

 シエリに声を掛けられて意識を引き戻す。

「これはいいの。ここ以外を洗って下さい」

 腕の法陣のことだ。確かに急に怪我をしていたら驚くだろう。他の箇所にも傷があったせいで、シエリは息を呑んでいた。

 不味かったかなとブライトは反省する。湯浴みはこれからと答えてしまった以上、一人で洗うとは言えなかった。止血はできているので目立たないかと思ったが、やはり気になってしまうようである。

「痛っ」

「す、すみません」

 しかも思わず声に出てしまった。

「大丈夫。ちょっと沁みただけだから」

 愛想笑いを浮かべて、痛みに耐える。ゆっくり考えたかったが、痛みに耐えてたら湯浴みの時間などあっという間だった。



「では、失礼します」

 湯浴みをし着替え終えたブライトはシエリに礼をいった。

「遅くまで、ありがとう。疲れていると思うからいっぱい休んでね」

 シエリは頷く。

「お気遣いありがとうございます。ブライト様はこのあとご就寝されますか」

 寝る前にいろいろと考えておきたかった。

「うん、一応その予定」

「かしこまりました。では、失礼します」

 扉が閉まり、部屋がしんとする。シエリはおやすみの挨拶をしなかったなと思いつつ、やることを整理し始めた。


 少しして、トントンとノック音がした。

「誰?」

 返事はない。訝しみ、少しだけ扉を開ける。すると、部屋の前に救急箱が置いてあった。

 ブライトは、周囲を見回す。足が速いようでその姿は既にない。

 救急箱を部屋に持ち込んで開けると、中には替えの包帯や薬が入っていた。どれも刺傷に効くものだ。

「シエリ、だよね」

 気を利かせて持ってきてくれたのだろう。心のなかで感謝しつつ、薬を塗った。

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