その756 『オ別レノ式』
「すみません、ブライト様」
レンダが肩で息をしている。見慣れない男が代わって声を張り上げた。
「遅れてすみません。お悔やみのお言葉を届けに参りました」
二人共肩で息をしているところをみるに、今この場所に着いたばかりなのだろう。突然の来客に、レンダが対応したとみえる。
「国王陛下からのお言葉にございます。読み上げますか」
国王という言葉に、目を見張る。アイリオール家は国王の右腕だと聞いてはいたが、ブライト自身は今まで会ったこともなかった。そもそも、国王こそ身体が弱くて長い間病に伏せていると聞いている。
「お願いします」
とりあえずお願いすると、男は大きく頷く。
「では、式が始まり次第ご発声させていただきます」
そう言いながらも男の視線が動くので、合わせて振り返るとそこにジェミニがいた。ちょうどやっときたところだったらしい。
「ブライト様。全員のご挨拶が終わりました」
いつの間にか父の遺体の入った棺が中庭の中央へと運び込まれていた。棺の父へと別れの挨拶を終えたようで、整列している貴族の何人かは両手を合わせてそっと祈りを捧げている。
「ブライト様、こちらへ。国王陛下へのお言葉がある旨、お伝えしましょう」
棺の収められている中庭の中央へと、整列する客人たちの合間を通り、ブライトは進む。棺の前、赤々と燃える炎の前に立つと、風や水の魔法石の効力などまるでなくただただ頬にかかる熱が熱かった。
客人たちへと振り返ったブライトは一礼する。言う言葉は決まっていた。
「これより、国王陛下からのお言葉を賜ります」
すぐ後ろを歩いてきた言伝の男は、同じように一礼をする。いつの間にかきちっと決めた金髪、皺一つない衣類をしているその姿はまさに国王からの使いである。
そして、朗々と読み始める。
「まず、心より哀悼の意を表す」
先程まで荒い息をついていたとは思えないほど堂々とした声だった。
はじめは淡々と突然のことによる驚きと悲しみを綴り、途中からは如何にブライトの父が偉大であったか称える内容に変わっていく。
「その忠義を尽くす姿勢は、正に貴族の鑑である」
褒めてはくれている。けれど、ブライトにはどこか定型文を読み上げているように映った。
少しして気が付いた。具体的に何をしたかが述べられていないのだ。きっと、国王自身が病床にいるがために父が何をしていたのか知らないのだろう。父の仕事ぶりをろくに知らないブライトと何も変わらない。
「その行いを称えるがゆえに口惜しく」
父の最期の言葉を思い起こす。あのときの父は必死だった。それが、目の前の男にはない。ただの伝言だ。泣き崩れる母が脳裏に蘇る。
父が母に言った言葉は、途切れ途切れでよく分からなかった。だが、その言葉に乗った思いはわかる気がした。
――――父は、母のことを母ほどには愛していなかった。
あのときあの言葉にあったのは、ブライトにしたのと同じ謝罪であり悲しみだ。父が本当に尽くしたのは国王である。そして、その国王から授けられる言葉は抽象的な定型文なのである。
それだけは分かって、ただただ哀しくなった。
「以上でございます」
「ありがとうございます」
お礼をいうだけの余裕はどうにか残っていた。
「では、喪主よりご挨拶をお願いします」
ジェミニに告げられ、ブライトは一歩前へと出る。周囲を見渡すと、殆どの人が先程受付をして初めて知ったような、ブライトの知らない他人だらけだった。
「本日はお忙しいところ亡きヘイゼル・アイリオールのためにお集まりいただき、ありがとうございます。遺族を代表しまして……」
挨拶が終わると、中庭で焚かれた火が先程よりも勢いを増してバチバチと激しく燃える。父の棺がいよいよ運ばれて、燃やされるのだ。
嗚呼 我らが空の女神よ 我らを導きたまえ
願わくは 御魂が真なる海へとたどり着かんことを
嗚呼 我らが海の女神よ 我らを赦したまえ
願わくは 御魂が穢れし業より解放されんことを
唄を口ずさみながらも、父の遺体が燃やされる臭いに、気持ち悪くなってくる。今更ながら父の謝罪の声が思い出される。ひょっとするとこれからが大変なのかもしれないとブライトは直感した。
嗚呼 我らが空の女神よ 我らを導きたまえ
願わくは 御魂が真なる海へとたどり着かんことを
嗚呼 我らが海の女神よ 我らを赦したまえ
願わくは 御魂が穢れし業より解放されんことを
いずれ遍く業が浄化され 無垢なる大地を歩む日が来たらんことを
いつか来たる平和のその先に 女神の微笑みがあらんことを
やがて火は止まり、煙が僅かに燻る程度となる。葬儀屋やジェミニの先導で客人たちが帰宅をしていく。ブライトも話しかけてくる『魔術師』たちに礼を言った。
「そろそろ飛行船が到着する時間です」
葬儀屋の一人に声を掛けられる。頷いたブライトのもとに骨壺が渡された。先程まで燻っていた火の中から葬儀屋が骨をつまんでいたことは知っている。
これが父だということをブライトはなるべく考えないようにした。そうしないと吐いてしまいそうだったのだ。
やがて、当初の予定通り飛行船が中庭へと降りてきた。喪に服しているからか若干暗めに塗られた機体だ。飛行船を空から時折見たことがあったが、こうして着陸した姿を見るのははじめてだった。




