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カルタータ  作者: 希矢
間章 『カタコトノ人生』
751/994

その751 『ソウジャナイ』

 

「葬儀の手続きをしなくてはならないのですが」


 母は幾らそう男に声をかけられても泣いてばかりいた。父に覆いかぶさり、絶対に顔をあげようとしない。

 ぼんやりしていたブライトはそこで、男からの視線を受ける。何か言わなくてはいけないと気がついた。

「お願いしてもよいですか」

 葬儀の手続きをするかしないかの話ならば、そうお願いをするのが適切だろう。ブライトが判断して言葉を発すると、男はこくんと頷き、部下と思われる人たちに指示を出し始めた。

「皆さん、一旦はけてください。ここはご家族の方だけに」

 父がハイエナと称した人々が出ていく。そうしたなか医者らしき男がやってきて、ブライトたちに告げた。

「力及ばずすみませんでした」

 母はそれを受けても父の遺体に覆いかぶさって泣き続けるだけだ。ブライトもなんと言えばよいかわからない。

「では、失礼します」

 医者がくるりと背を向けて、去っていった。




「あの、少し良いでしょうか」

 人々が殆どいなくなったところで、残った男はブライトを手招きした。

 母を置いていってよいか悩みながらも、ブライトはその男についていく。部屋の隅に移動した橙色の髪の男は、どちらかというと童顔でくりくりとした青い目をしていた。

「こんなときですが、お初にお目にかかります。私は、クルド家の当主ジェミニというものです」

 そうして名刺を渡されて思ったのが、葬儀屋の職員ではなかったらしいということぐらいだった。

 とりあえず受け取って、自己紹介をする。

「あたしはブライト。アイリオール家のブライトです」

「今回のことはお悔やみ申し上げます。また、葬儀の手続きについて勝手に声を上げてしまいすみません。ただ、ベルガモット様はその、それどころではないご様子でしたのでお声をかけさせていただきました」

 その説明を聞いても、なんて反応すべきかよく分からなかった。ただ、クルド家の位はアイリオール家ほどではないが高かったはずだと記憶を辿る。頭が回らなくて、

「ありがとうございます」

 ぐらいしか言えなかった。

「ご親戚もいらっしゃらないとお聞きしておりますので、取り急ぎ手続きに必要なことは私の方で対処させていただきます。喪主はブライト様でよろしかったでしょうか」

 喪主がなにかもよく分からないながらに頷いた。

「では、空葬の日時は」

 このあとも質問が続いた。殆どのことを頷いてやり過ごしたブライトは、暫くしてようやく開放された。

 ジェミニが去ると、今度はメイド長のシエリがやってきた。

「ブライト様。ひとまず、お客様は客間にご案内させていただいております。空葬の日時はお決まりでしょうか」

 お客様というのが、父の部屋で取り巻いていた人々のことだとは気がついた。

「日時は……」

 尋ねられるままに答えると、シエリもまたそそくさといなくなる。残されたのは、泣きじゃくったままの母と父の遺体だ。


 この先、どうしたら良いのだろう。


 不安しかなかった。いきなり父が病に伏せたと思ったら、死の間際に連れ出されたのである。動揺しかない。


「あたしも、泣き伏せていたい」


 ブライトは誰にも聞こえないように小さく呟く。魔術書を読んで勉強をしていたら良かったはずの毎日が急変し、現実が自身を置いていった気分だ。

 本当のところ、今日の夕飯には今度こそ家族みんなで食事ができるだろうとどこかで思っている自分がいる。まだ正しく現実を受けいられないでいるのだ。そもそも、ブライトははじめて人の死を体験した。人がいつか死ぬということを、それまで知識でしか知らなった。


「ブライト様」

 扉のノック音とともに入ってきた執事を見て、思わず声を上げた。

「ハリー」

 本当のことを言うと、泣いて縋りたかった。それが貴族としてありえない振る舞いだと怒られるならば、せめてこれからどうしたら良いのか教えてもらおうと思った。いきなり葬儀といわれても、ブライトでは、よくわからないことが多すぎる。何よりまだ早いと思われていたのか、日々の講義ではこうしたときの対処方法は教えてもらっていない。

「さすが、ご立派にございます」

 けれど、ハリーはそう一礼するだけだ。

「周りの者も、ブライト様はやはり天才だと驚かれておりました」

 そんな天才はいらなかった。ブライトはちょっとだけ魔術が使えるだけの普通の人間だ。だから、何故ハリーが何も伝えずともブライトが全てを理解して動いていると思っているのか分からなかった。

 もっと、ブライトのことを理解してくれていると思っていたのだ。せめて、一言ぐらい慰めの言葉があったらまだ立ち直れた。それが、与えられない。

「あたし、そんなのじゃない」

 思わず俯いて、零れそうになる涙を隠す。

「あたしは、天才じゃない。だから、ハリー。教えて。あたし、これからどうしたら良いの?」

 ハリーは首を横に振った。あまりに静かな態度に、ブライトは思わずハリーを見つめてしまった。

「ブライト様は当主になられるでしょう。この不肖ハリーはただ、貴方様に付き従うのみです」



 ――――ソウジャナイ。



 求めた答えなど、与えられない。それがわざとなのか、本音なのかも理解できなかった。唯一理解したのは、頼れないということだ。



 ハリーには、シエリと協力して葬儀の手続きや客人の相手をするように伝えた。大まかなことは決めたので細かい部分は一任すると言うと、大変感慨深そうな表情で出ていった。

 だから、今のブライトは泣き続ける母を見下ろして、ただその場に立ち続けている。時間は鉛のように過ぎていった。

 母のように泣ければ良かったが、ハリーが去って二人きりになっても尚、ぼんやりと見ていることしかできずにいる。頭を動かそうと思っても、感情の何処かがそれを否定するのだ。

 動きのない現実を前にため息をついたときだった。


 トントン


 控えめなノック音がして、ブライトは扉に意識を向けた。これがハリーやシエリならすぐに名乗り、目的を言う。

 けれど、今回はそうではなかった。


 

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