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カルタータ  作者: 希矢
間章 『カタコトノ人生』
749/995

その749 『苦手ナ魔術』

 

 ――――それは、九歳のときのことである。



「今日もお父様の調子は悪いの?」

 ハリーに尋ねるが、肩を竦められただけだった。父の体調が悪くなったと聞いたのは、三日前だ。久しぶりに一緒に夕食を食べられるはずだったのに、突然すっぽかされてからもうそんなにも経っている。

 執務もできる状態でなく、ずっと寝込んでいるらしい。


「ねぇ、ミリアは何か聞いている?」

 中庭で待っていたミリアの元へと駆け付けて聞くが、視線をそらされただけだった。暗い顔をしているのは、ブライトの不安が感染ってしまったのかもしれない。

「ミリアは病気で休んでいたでしょう。やっぱり辛かったの?」

 心配になったので聞くと、ミリアは首を横に振った。

「私は、その……、すみません」

 何故謝るのかが分からない。小首を傾げているとミリアが続けた。

「私が長い間お休みしていたのは、その、ブライト様のお父様とはまた違いますので」

 病気の種類が違うからよくわからないということらしい。

「ううん。あたしこそよく分かってなくてごめんね?」

「い、いえ」

 何故だろう。復帰してきてからのミリアはずっとこうした調子である。追求しても答えはないので、諦めるしかなく、ブライトはどうにもできないでいる。




「あたし、もう少し何かできないのかな」

 自習の時間に、ブライトは机の前で、そう独り言を呟いた。ブライトの前には、治癒魔術に関する魔術書がある。これは論文を書いて手に入れたのではなく母が誕生日プレゼントにくれたものだ。

 習得すれば、父の病を治せるかもしれない。治癒魔術は難しいというが、天才と言われているブライトであれば可能性だろう。

 そう思うのだが、どういうわけかブライトは中々自分のものにできないでいる。



 結局習得に至らないまま、自習の時間は終わってしまった。悔しさを胸に抱きながら、夕飯の席につく。今日もブライト一人の食事だ。母はこのところ父の看病をしている。医者も当然呼んでいるが、つきっきりで手を尽くしたいのだそうだ。ブライトも行きたかったが、感染るかもしれないと追い出されている。

「ブライト様。お食事はお口にあいませんでしょうか」

 一歩後ろに控えた給仕のレナードが、声を掛けてくる。

「レナードが一緒に食べてくれたら、美味しくなるのに」

「それはそれは。有り難いお言葉ですが、立場が違いますゆえ」

 レナードは丁寧だが、融通が利かない。金髪をきちっと決めた髪型に、しわ一つない服からもよく窺えた。

「それなら、お話して」

「わたくしがですか?」

「給仕にも口はあるでしょう? お話してくれなきゃ食べない」

「食べないなら下げるだけです。料理長に食べてくれなかったとお伝えします。それと、お食事中こそマナーが大事ですよ」

 敬語を使えと言われて、ブライトはむっとなる。やはり、レナードは頭が固い。そのうえ、ブライトのことは未熟な子供として扱ってくる。

「分かりました。食べます」

 気は進まないが、食事を続ける。その程度のことしか、ブライトにはできなかった。



 部屋に戻ってもう一度治癒魔術の勉強を始めながら、魔術の講義でハレンにアドバイスを求めたときのことを思い返す。

「炎はちゃんと出せたのですが、治癒魔術は難しいです。コツはないのでしょうか」

「ブライト様。炎は一ヶ月で習得されたはずですが、それは普通の人では半生を費やすほどなのですよ」

 ハレンからはそう呆れ口調で返された。だから、ブライトは言ったのだ。

「水の魔術は一週間で習得できました」

 ところが、益々呆れた顔をされてしまったのである。

「治癒の魔術も同じだと? さすがにそれは難しいでしょう。根本から違いますから」

 確かに、ブライトには治癒魔術を扱うイメージが湧かなかった。これは、炎や水とはまるで違う。光で姿を隠すときでさえ、まだ習得できるイメージがあったものだ。それが、今回に限って全くない。まさか苦手な魔術があるなんてと、自分自身に驚きだ。

「病気を治すって、なんだろう」

 そもそも、ブライトは至って健康体で病気という概念がない。だから、イメージなど沸きようがないのだろうと気がつく。こういうときは書物で病気そのものを調べてみるしかない。

 自室の本棚には、それらしい書物はなかったので、図書室まで向かう。

 そうしていると、会話が聞こえてきた。

「病気、重いんですって」

 これはメイドのレンダの声だ。メイド長のシエリが気に入っていると聞いたことがある。明るくて快活な女の人だったはずだ。

「もしお隠れになったら、私たちどうなるのかしら」

 この声は、メイドのミヤンだ。ちょっと食い気が盛んで抜けているところがあると聞いているが、ブライトにも気さくに話しかけてくるのでブライトは好きだった。


 お隠れってなんだろう。


 ブライトはよく分からないながら、そっと息を殺した。何か父に関する情報が聞ける予感があったからだ。

「そうしたら、次の領主はブライト様でしょうけれど、まだ幼いからベルガモット様が見られるでしょうね」

「ベルガモット様、心配だわ。とても繊細でお優しい方だから、心労で倒れてしまわないかしら」

 レンダとミヤンの話は続いている。父ではなく何故か母のことを心配しているようだ。

「あり得るわね。聞いている? あの噂」

「しっ。それは口に出すと危ないわよ」

「でも事実なら最悪だと思わない? ベルガモット様、お可哀想」

「養子呼ぶならまだ分かるけれど、それはちょっとね。でもただの噂よ。あの子も悪い子じゃないし」

「そうよね。ちょっと不気味だけど、悪く考えすぎよね」

 結局何の会話か分からなかった。

 ブライトは諦めて大人しく図書室に向かう。そうして、病気について調べていたらだんだん怖くなってきた。

「発熱、咳、体の痛み、肌の色まで変わっちゃうの?」

 どのような病気に掛かっているのか分からない。だから、不安ばかりが渦巻く。

「ブライト様。こんな遅くにどうされたのですか」

 ウィリアムに声を掛けられて、ブライトはあっと声を上げた。いつの間にか随分時間が経ってしまっていたのだ。

「お父様はどの病気なの?」

 ウィリアムはそれでブライトの悩みに気がついたようだ。

「お父様のことが心配なのですね。そうですね。私も詳しいことは分かりませんが、起き上がるのが辛いとは聞いています」

 ウィリアムは本の虫だから何でも知っていそうだ。恐らくは謙遜か嘘だろう。

「大丈夫です。きっと明日には良くなるはずですよ」

「本当?」

「はい、だからブライト様はお休みになってください。お父様が元気になってもブライト様が夜更かしのしすぎで身体を壊されては困ってしまいます」

 尤もだと、ブライトは頷く。

「分かった。本当の本当に、明日には良くなるんだよね」

「はい。良くなりますよ」

 ブライトはウィリアムにそう言い切られて満足してしまった。だから、治癒魔術の勉強はそれで終えてしまった。



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