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カルタータ  作者: 希矢
間章 『カタコトノ人生』
747/994

その747 『ハジメテノ魔術』

 五歳になったあるとき、ブライトは自習の成果を見せたくて、うずうずしていた。今日の講義は魔術が一番最初にあったので、早く起きて準備をする。何度も問題ないことを確認すると、いつ来るかと楽しみに待つ。とはいえ、ハレンは時間に厳しい人だ。いつもどおり、講義の時間きっかりにやってきた。

 部屋にやってきたハレンの元へと、駆け付ける。

「ねぇ、ハレン。みてみて!」

 敬語も忘れて、ブライトは法陣を指さした。

「ブライト様?」

 驚きの声を上げるハレンにいち早く見せたくて、ブライトは意識を集中させる。

「いでよ、炎の玉!」

 呪文はブライトが勝手に命名しただけだ。けれど、床に描いた法陣は魔術書の通りである。そうしてブライトが指定したとおりに、光を放ち、そこからぶわっと炎の玉が現れる。

「やったぁ!」

 と喜んだ瞬間だった。

「あっ」

 炎はブライトの操作を離れ、ハレンへと向かっていく。ハレンが驚いて目を閉じたそのすぐ上を通り過ぎ、天井へと向かって弾けた。

 熱が部屋中を支配する。

「ご、ごめんなさい。ハレン。そんなつもりじゃ……」

 焦げた天井を見て、ブライトは蒼白になった。一歩間違えればハレンは炎の玉を浴びていた。死んでいたかもしれない。

「ブライト様!」

 声を張り上げられて、びくっとする。怒られると思ったのだ。

 けれど、びくびくして目を閉じたブライトの耳に入ってきたのは感嘆だった。

「まさか、その年で魔術を習得されるとは。素晴らしいです!」

 意外な反応に、ブライトは戸惑う。

「え、本当?」

 思わず聞いてしまう。

「はい」

 小気味良いぐらいはっきりした返事を聞いても、ブライトはまだ受け入れられない。

「でも、ハレンに当てかけたよ」

「ブライト様。敬語が抜けています」

「ハレンに当てかけました」

 ハレンははっきりと答えた。

「私に当たるぐらいどうということもありません。実際、私は無傷でした。ただそうですね。もう少しコントロールできるようになると、完全に習得できたと言えるでしょうね」

 なんと冷静なのだろう。ブライトは笑みさえ浮かべているハレンに驚きを感じる。ブライトなら、火傷させられそうになったら驚くだろう。ハレンには、それが一切ないのだ。

「ハレン」

 ハレンの姿を前に、何もしないというのは考えられなかった。

「あたし、完全に習得したいです」

 ハレンを危ない目に遭わせないようにと、心の中だけで付け足す。

 ハレンは両手のひらを合わせて嬉しそうな顔をした。

「さすが、ブライト様です。今日は炎の魔術をずっと練習しましょう」


 ブライトは全く知らなかったが、この年で魔術が使えることは本当に凄いことだったらしい。ハレンから報告がいったのか、母も無口な父ですらもブライトのことをよく褒めてくれた。ミリアだけはこのときからまたお休みをしていて、何も会話できなかったが、ハリーや料理長も凄いと言ってくれた。しかも、メイドたちの話を聞く限りだとブライトのことは貴族たちの間で凄く噂になっているのだという。

「あたし、天才?」

 ブライトは嬉しくなってハレンに尋ねる。

「はい、ブライト様は天才です」

 小気味良いはっきりした言い方に、ブライトは更に嬉しくなる。炎だけでなく水や木、光といったあらゆる魔術を習得しようと躍起になった。

 そうすると、噂は更に広がって、ブライトに手紙も届くようになった。


「ブライト様にお手紙が届いたようです」

 ハリーに渡されてはじめて受け取った手紙は、とても綺麗な便箋で開くのも躊躇われるほどだった。

 慎重に開けて中を開くと、嗅いだことのない香りがした。中には流暢な文字が綴られている。その長い文章を噛み砕くと、「凄いです。うちにきませんか?」というお誘いのようだ。

「ファンレターだ!」

 ウキウキしてしまい、休んでいる母の部屋にまで押しかけて、ブライトは手紙を手渡した。

 母は喜んでくれたが、同時に強ばって見えた。




「ブライトにお見合いの話なんて。さすがに早すぎないかしら」

 母は食事のときにそう父に相談している。

「相手は、ミヤンダ家の長男か。家柄は低いが、飛行ボードに造詣が深いところか」

「さすがに二十も上は心配で。ブライトもそう思うわよね?」

 問われたブライトはそもそも何の話かよく分からないでいる。

 母はブライトの反応に理解を示したようで、

「ほら」

 と父に意見した。

「まだブライトには早そうよ」

「ふむ」

 父はそれだけしか言わなかった。そもそも、どこか心ここにあらずの顔をしている。ブライトにはよく分からなかった。

 わかったのは、もっとずっと後になってからだ。



「今日は扉に鍵を掛ける魔術にしようっと」

 魔術書をハレンに借りてきて、ブライトは自習を続けた。眠くなるまでの間ずっと集中して魔術書の解読ばかり続けている。とにかく魔術は楽しいのだ。そのうえに、習得すればするほど皆に驚かれる。

「あたし、学校も行かなくていいんだって」

 左手で法陣を描きながら、ブライトは猫のぬいぐるみに話しかける。鼻の周りだけが白っぽい、お世辞にも美しいとはいえない顔つきが、逆に愛らしい。誕生日に朝起きると置いてあった、ブライトのお気に入りだ。母曰く、父が買ってくれたという。

「学校は、魔術を覚えるために行くんだけど、あたしはもう覚えちゃったから行かなくていいんだって」

 片手でぬいぐるみを撫でながら、嬉しいような、少し寂しいような不思議な気分になる。学校では、自分と同じくらいの年頃の子どもたちがいるのだという。だから、本音を言えばちょっとぐらい会ってみたかったのもあるのだ。

「普通の『魔術師』は、学校で十一歳になるまで勉強して、お家で大人になるための勉強をしてから十二歳で成人の儀をするんだって」

 しかし、ブライトは学校にはいかない。だから、屋敷で勉強を続けることになる。

「長いなぁ」

 家の勉強期間のことだ。ハレンが用意できる魔術書に限りがあることは最近になって気がついた。魔術書は中々手に入れられないものらしい。殆どが元々アイリオール家にあるものだというのだ。

 そうなると、今のブライトの習得速度に対し魔術書が足りなくなることも容易に想像できた。

「お父様とお母様に相談してみようかな」

 もっと凄い魔術を覚えようと思ったら、魔術書を手に入れるしかない。ねだる以外には分からないので、ブライトはそう結論づける。

「できた!」

 法陣を光らせて扉に向かって放つ。一発で成功したことは、今までの感覚で分かった。

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