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カルタータ  作者: 希矢
間章 『カタコトノ人生』
745/994

その745 『ハジマリハ幸セカラ』

 


 ――――小さい頃の思い出は、魔術から始まる。



「ブライト様。今日はこの魔術書を読みましょう」

 家庭教師のハレンは、ウェーブがかった茶色の髪をした女の人だ。丸眼鏡をしていて、少し気難しく見えるが、ブライトが望む魔術書をなるべく揃えようとしてくれる。

「光を使って隠れる魔術書だね!」

 古代語をすらすらと読み上げて、簡単に纏めると

「正解です」

 と返ってきた。

「けれど、ブライト様は敬語をお使い下さい。きちんと行儀作法も学んでいただかなくては」

 子供のうちは親しい仲でも敬語を使う。『魔術師』としてのルールだ。

 おかしなルールだといつも思う。子供のうちにきちんと相手への敬意を覚えるためというが、言葉遣いにそれほど大きな意味があるとは思えなかった。

 ブライトはどんな言葉遣いをしようと、ハレンのことを尊敬しているし、好きなのだ。

「はぁい」

 けれど、素直に返事をする。ハレンはそんなブライトを見て嬉しそうだ。

「ブライト様は本当に優秀でございますね。普通なら、ブライト様のお年では古代語を読むことさえできない方が殆どです」

「あたし、もうすぐ四歳だよ。普通じゃないの?」

 ハレンは頷いた。

「はい。いないわけではありませんが、惜しいですね」

「惜しい?」

 ハレンははっとしたように、瞬きをする。

「あ、いえ。それより、また口調が戻ってしまっていますよ」

 ぺろりとブライトは舌を出した。

「ごめんなさい」

 それから、ブライトはいつもどおりのおねだりをする。

「あたし、今度はばーんって炎を出せる魔術書を読んでみたいです」

「あら。中々豪快ですね」

「うん! それで、その魔術で、りょーりちょーのご飯の支度の手伝いをします!」

 料理長は、よく隙間時間にブライトにお菓子を焼いてくれる人だ。ほろほろのクッキーを食べると、ほっぺが落ちそうになるのである。

「また、ミリアと食べるの」

 ミリアは、召使いだ。よく料理長が焼いたお菓子を持ってきてくれる。ブライトはよく分かっていないが、メイドとはまた少し違う存在らしい。

「ブライト様は、お優しいですね。ミリアにさえ気を配られて」

 ハレンに感心されて、ブライトはえへんと胸を張る。言葉の意味はあまり分かっていなかったが、褒められると嬉しいものだ。

「それなら、今日の講義はこれで終わりです。ニ時間後には夕飯と聞いておりますから、食べ過ぎには気をつけてくださいね」

「はぁい!」

 お勉強道具をしまうと、ブライトは部屋を飛び出た。

「ブライト様、お行儀よく!」

 後ろから声を掛けられて、慌てて背筋を正す。そうしながらも、ちらりちらりと窓を見やる。

 中庭には一本の大きな木が立っている。特別に外の島から仕入れた木だという。葉っぱがいっぱい茂っていて、暑い外でもその木の下にいると涼めるのだ。

 走らない程度の早足で階段を下りて、中庭へと出る。庭師のジョナサンに挨拶をして、木の下に向かうと既にミリアが敷物を敷いていた。

「ミリア、お待たせ!」

 ミリアは、ハレンと同じぐらいの年の、線の細い女だ。美しい茶色の髪を伸ばしている。身体が弱くてブライトと遊ぶようになる前はずっと休んでいたと聞いているので、ブライトはすぐにミリアからバスケットを奪った。

「重たいでしょう? 準備するね!」

「あ、ありがとうございます。ブライト様」

 いつもミリアはどこか控えめだ。

 けれど、ブライトが紅茶を入れようとして零しそうになるとすぐにそのティーポットを抑えてくれる。

「お熱いので、火傷に注意してください」

「うん! ありがと!」

 準備ができたら、もぐもぐとクッキーを頬張り始める。貴婦人らしくと、ハレンがいたら怒り出すだろうが、ミリアはそういうお小言は言わないのだ。

 だからブライトは好きなように好きなだけクッキーを口にする。

「うん、美味しい! また、りょーりちょーに、ありがとうって言っておいてね」

 口の中から溶けていくクッキーは、まさに幸せの味だ。

「はい。あの……」

 ブライトはミリアの視線の先を辿って気がついた。

「なぁに、ハリーも食べる?」

 執事のハリーが、中庭まで出てきていた。ブライトから差し出されたクッキーを見て、その柔和な顔に笑みを浮かべる。

「ブライト様。これはこれは。よろしいのですかな?」

「うん!」

「では、有り難く頂戴しましょう」

 ハリーはクッキーを受け取ると、口に入れる。

「これはこれは、シャリスがまた腕を上げましたな」

 シャリスは料理長の名前だ。

「ハリーは、お仕事中だったの?」

「はい。旦那様の指示で、お庭の噴水をもう少し増やしたほうがよいかと考えておりまして」

 ブライトは目を輝かせた。

「噴水! もっと涼しくなるね!」

「その通りでございます。ただ、場所に悩んでおりましてな」

 中庭は庭師のジョナサンたちの手で、綺麗なお花が咲いている。そのどこかを噴水に変えてしまったら、花をどかさないといけないということだろう。

「お花のいれかえの時期がいいのかな」

 植え替えに時期があることはブライトも知っていた。何より毎日のように中庭は見ている。

「えぇ。おっしゃるとおりでございますね」

 ハリーは礼を言うと、ジョナサンのほうへと歩いていく。花の植え替えの時期を聞きにいくのだろう。

 手元のクッキーを改めて齧ってから、その音が自分からしかしないのに気がつく。振り仰ぐとミリアが俯いていた。

「ミリア。最近元気ないね?」

「えっ。だ、大丈夫です」

 気になっていたことをミリアに聞いてみたのだが、濁されてしまった。

「それより、クッキーを食べてしまいましょう。ご夕飯に差し支えますので」

 言われて、ブライトは素直に頷く。




 クッキーを食べたあとは部屋に戻って自習の時間だ。ブライトはこの自習の時間が好きだった。今のうちにいろいろなことを覚えて、明日みんなを驚かそうと考えている。

「昼の神アグニスと夜の神パゴスの物語。うーん、その発祥の歴史とかないのかなぁ」

 難しい本は大体高いところにある。脚立に登って取ろうとすると、その横からさっと本を取り出された。

「あっ」

「お探しの本はこちらですか? ブライト様」

 司書のウィリアムに本を差し出されて、ブライトはこくりと頷く。

「また随分難しい本をお読みになりますね」

「えへん」

 難しいものを読むと、皆が驚いてくれるのだ。だから、ついつい難しいものを選んでしまう。

「ですがブライト様。どんなことにも基礎が大事です」

「基礎?」

 聞いたことのない言葉にブライトは首を傾げた。

「本はてきとうに積み重ねるとぐらぐらしてしまうでしょう? でも正しく積めば何段でも重ねられます」

 ウィリアムに言われて、ブライトは頭の中で本を重ねる。言いたいことはそれで分かった。

「うん! 大事なことはしっかり抑えておけば良いんだよね!」

「えぇ、そうです」

 そう言って、ウィリアムは更に一冊本をブライトの手に乗せる。四歳の子供が持つにはどちらも分厚いためにふらついたが、ウィリアムはそこには気を留めない。

「そっちの本から読んだほうが良いでしょう。貸出期間はどちらも一週間。どうですか?」

「うん! 頑張る!」

 貸してもらった本には絵がたくさん書かれている。今日はこれを読み切ろうとブライトは頭の中で計画を立てる。

「ありがと! ウィリアム」

 そうして、夕食までの残り時間は自室で読書につぎ込んだ。




 

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