その742 『方針と小屋』
タラサに戻ったイユたちは、食堂に集まった。皆で桜花園の串肉を頬張りながら作戦会議をするためである。
「あ、ズルイ! なんかもう食べてる!」
イユとレパード、ワイズに刹那で食卓を囲みとりあえず食べ始めていると、クルトが押し入ってきた。隣にはライムもいる。両手にいろいろなものを買い込んで楽しそうな顔をしていた。
進んで桜花園に出たのも驚きだが、本当に気晴らしもできた様子で更に驚きである。しかも、その後ろからはくたくたな様子のレンドが入ってくる。
「お疲れさま?」
刹那が小首を傾げると、
「マジで疲れた」
とかなりのぐったり気味だ。
「何があったのよ」
思わず聞いてしまう。
「屋台一店舗ずつ店員を質問攻めにしたと思ったら、中央にまでいこうとするし、気がついたら桜の木の下で昼寝してるし」
イユたちが引き渡しをしてきただけの時間で、非常に濃密な時間を送っていたようだ。
「マジで疲れた」
その顔が奈落の海を渡ったジルに、帰ってきてくれと訴えている。
「まぁ、想像以上の行動力を発揮した結果、いろいろ収穫はあったんだけどさ」
クルトも頭を掻きつつそう告げる。その顔から確認できるのは疲れではなく同情と反省だ。ライムとともにはしゃいだのだろう。
「収穫って?」
「今リーサの指示で厨房に運んでるけど、とりあえず水槽」
「えっ、水槽?」
想像を超える名称が出て、戸惑う。
「冷蔵庫があるから魚も悪くなりにくいんだけど、だったら水の中にずっと入れておけばもっと長持ちするんじゃないかって話になって」
その発想は誰がしだしたものだろう。イユは思わず楽しそうに買ってきたものを眺めているライムを見つめた。
「メダカ売ってる屋台の人に聞き込んで、まさかのそこから業者の人を呼びつけて格安で購入することに」
「ちょっと理解が追いつかないわ」
思わずこめかみを抑えてから、レパードたちが似たような仕草をしていることに気がついた。
「ボクとしては興味あるから良いんだけどさ。センは一体、何を起こしてしまったんだか」
ライムを見つめながら、クルトもため息をつく。何せ、ライムの手元には水槽とはまるで違う、釘やうちわ、魔法石、さくらんぼにぬいぐるみまで並んでいる。
改めてイユはレンドの苦労を理解した。
「串焼き、あげるわ」
「お、おぅ」
労ってやったというのに、受け取ったレンドはどういうわけか戸惑い顔だ。
首を捻っていると、
「そっちはそっちで進めていただくとして、そろそろ僕らのほうも決めませんか」
とワイズが話を切り出す。いつの間にかワイズの手元の皿には串しかない。ちゃっかり食べ終えたらしい。
全員が頷くのを見て、ワイズは簡単に引き渡しの話を共有する。
「ざっとこんなところです。それで、今後の動き方ですが」
「予定通り、五日に処刑の体で動きたいということだったな」
レパードはワイズの言葉を引き取る形で確認を取る。
「はい。エドからの伝言が、嘘だとは思えないので」
幾ら国王でも日取りぐらいずれる可能性はありそうだが、ワイズはそれについて頑として譲らなかった。
「お前の姉について、どう助けるかという話だ。お前の気のすむようにしたら良い」
レパードはそう告げる。事実はともかくワイズの考えを優先させるようだ。
「問題は、『白亜の仮面』の目的が不明なことと、ブライトをどう助けるか、ということかな。前者は分かり次第ギルドからボクらや三国の人間に情報が伝えられるわけだけど、後者は厄介って感じ?」
クルトが簡潔に纏めた。
「何も全てを自分たちで解決する必要はありません。ただ、これだけは譲れないというところは、譲らないつもりです。今回でいけば、手の掛かる姉さんだけは助けに行かねばなりません」
ワイズは作戦を決めてあったのだろう。きっぱりと断言をする。
「準備ができ次第、シェレーネの街に向かいましょう。日取りから考えるに、恐らくことを起こすのはシェイレスタではなくシェレーネです」
引き渡しが終わる前は、シェイレスタに拘っていたワイズだったが、ここまでの話からそう結論づけたようだ。
「わかった。今度こそ、世界を敵に回す大勝負になる。各々出立の準備を進めてくれ」
レパードの言葉に全員がそれぞれ返事をした。
桜花園の滞在は結果として非常に短いものになりそうだ。一通り食糧の積み込みを手伝ったところで、出立は予定通り真夜中になるとの通達が入ったのである。なるべく人気のない時間に『深淵』まで向かい、そこから転送機能で一気にシェレーネの街の近くまで移動する予定らしい。
「地図で見る限り、三角館のある島の近くには飛べそうだよ」
航海室に顔を出すと、クルトがレパードとベッタに説明しているところだった。
「ちぇっ、となるとこいつでの航行はまた短距離かぁ。スリルが足りないぜ」
「前まで『深淵』の目の前に出ることにスリルを感じてなかったか?」
不満そうなベッタにレパードが突っ込んでいる。
「あ、イユ」
様子を見ていたら、クルトに声を掛けられた。
「食糧の詰め込みは終わったわよ」
イユはすぐに返した。リーサたちが荷車いっばいに買い込んできた食糧は意外と量があった。人数が戻ってきたため、これぐらいないとすぐになくなるというのがリーサの意見だ。しかも、念のため野菜もたくさん買い込んだので、更に増えた。だから、本当はクルトも手伝うことになっていたのだ。
結果、アグノスの手伝いもあって予定より早く片付いたのでこうしてクルトが来るより先にイユが航海室を訪れたのである。
「うん、お疲れ。その様子だと調理器具も見た?」
「見たわ。いろいろあったわね」
包丁や鍋の新調だけでなくミキサーに蒸し器、食器の類も一気に増えていた。相変わらず、よく買ってきたものだ。
「センが喜ぶかなってライムがお小遣いで」
「ライムって、お小遣いなんて持っていたの」
いろいろと意外である。
「みたい。全然知らなかったけど、ライムって魔法石の類を溜め込んでたみたいで、それを売って足しにしていたよ」
おかしいなとは思ったのだ。イユたちは前回の食糧調達から、風月園やレイヴァスト島へ行って戻ってきただけだ。前回買い込めなかったものもあるとはいえ、どこから資金が出たのだろうと不思議だった。
「調理器具代はライム持ちとして、あの大量の釘とか木材は?」
「それは、セーレから出すように言っておいた分だな。今回、『白亜の仮面』を捕まえたことで一気に金が入ることがわかったから、今のうちに補充しておくことにした」
レパードがイユの問いに答える。レパードのなかでは、ブライトを助けた時点でお尋ね者になると確定しているようだ。そうなると、今以上に街においそれと入れなくなる。それを懸念して買いだめをすることにしたらしい。
「そういうことね。でも木材なんて何に使うの?」
尚、釘や木材の詰め込みは現在ミスタたちが頑張っている。その労力がどう報われるか分からずに聞いた。
しかし、レパードは人に任せきりでよくわからないようで、クルトに視線を向ける。
「ええと、小屋を作ろうと思って」
「小屋?」
カリカリとクルトが頭を掻く。視線が若干彷徨っているので、あの木材はクルト自身の独断だろうと気がついた。
「うん、温泉卵用に」
「……ちょっと、本当に鶏を飼うつもりなわけ?」
なんということだと、イユは天を仰ぎたくなった。
「いや、準備だけはしようかなって」
きっと、ライムとクルトは一緒に行動をさせてはいけないのだ。鶏が煩い飛行船なんて、そうそうないはずである。
「つ、ついでに、カメラを直そうと思ったんだけど、部品はあってもちょっと手がつけられてなくてさ。そっちはもうちょっと待ってて」
クルトに明らかに話を反らされたが、そもそも記憶にない内容だった。何のことかと首を捻る。カメラならば、タラサにあるものは全て機能しているはずだ。
「ヴァーナーの私物のカメラだよ。真っ黒焦げだったじゃん」
言われて、預けっぱなしであることを思い出した。
「あんな焦げ焦げで直せるものなの?」
中のフィルムは無事だったものの、外見は悲惨である。
「実質、一から組み立てるようなものだから、確かに直すとは言い辛いかぁ。でも、できるだけやってみるよ」
一人何やら納得してから、そう意気込まれる。鶏小屋を作られるよりは現実的な気がしたので、大人しく頷いた。




