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カルタータ  作者: 希矢
第十章 『裏切リノ果テ』
741/994

その741 『彼らの目的とは』

「情報の話がまだでしたな。ちょうど、その話も入ってきておりますよ」

 エルダが気を取り直すように告げる。

「今から一週間後、アイリオールの魔女の処刑が行われるとのことです」

 イユは飲んでいたお茶を吹き出しそうになった。ワイズに汚いものを見る目をされる。

「国葬から五日後じゃなかったの?」

 エルダはきょとんとしていた。その顔だけ見ると、とぼけた老人である。

「そうなのですか? もしそうでしたら、予定が後ろに倒されたのでしょう。要人たちの都合で予定が変わることはままありますから」

 そう言われて、初めて気がついた。

「処刑場に、要人も来るの?」

「国際的な指名手配犯ですから。三国の代表が立ち会うことになりました」

 恐らくは、ことがシェイレスタですまないため、日程が後ろに倒れたのだろう。抗輝も国葬の途中で抜け出したかのような言い草だったから、抜け出す前に国葬の場で話し合って決まったのだと思われた。

 しかしそうなると、『白亜の仮面』の狙いがわかる気もするから複雑だ。

「つまり、『白亜の仮面』はその代表とやらを狙っているんじゃないの? そこで万が一があれば、それこそシェイレスタの面目はなさそうだもの」

 桜花園では防げた事件が、シェイレスタで失敗すれば印象は悪いだろう。

 ところが意外なことに、反論はワイズから出た。

「さすがに厳重体制は引いているはずですよ」

 シェイレスタも、そこは気をつけると言いたいらしい。

「第一に代表がくるということは、処刑はシェイレスタでは行わないということでしょう」

「え、そうなの?」

 シェイレスタに戻ろうとしていたのは、ブライトを助けるためだったはずだ。だからこそ、ワイズの返しが意外だった。イユは勝手に、ブライトのいるだろうシェイレスタの処刑場へ殴り込みに行く感覚でいたのだ。

「処刑場は、どこ?」

 刹那の疑問には、エルダが返す。

「シェレーネの街です」

 イユには聞き覚えがない街だ。

「三角館の近くですよ」

 ワイズに補足されて、驚いた。

「イグオールの遊牧民の集落がある近くじゃないの?」

 思わず口を開くと、ワイズからジト目で見られた。

「イグオールはあなたの言う通り、遊牧民ですよ。集落の位置は絶えず移動していますが」

 そこまで言われて、あのときは偶然、三角館と傾きの塔の近くにあっただけということに気がついた。ワイズは知識として、イグオールの遊牧民がどの季節にどの位置にいるか目途をつけているのだろう。イユにはそれができないのだから、場所を移動されているといっても想像もつきにくいのである。

「三角館の近くに街があるのも初耳だわ」

「あるに決まっているでしょう。三国が集う場所ですよ? 要人たちの護衛や専属の職員たちがいることを考えればある程度の集落は必要になります」

 そう言われても知らないものは知らない。イユはワイズからの返答に、むむっと頬を膨らませる。

 そうしてから、ワイズがブライトを助けにいこうとしてシェイレスタに戻ろうとしていた理由に思い当たる。前述の通り、処刑場にブライトを迎えに行くのでは、いろいろと手遅れだ。確実を期して助けるとしたら、護送のタイミングになる。それがシェイレスタなのだろう。

「だが、死刑囚の護送をするのは、シェイレスタということだな」

 レパードの確認に、エルダとワイズが頷く。

「そういうわけです。もしアイリオールの魔女を逃がすことが目的なのだとしたらシェレーネの街につく前でしょうね」

 ワイズがさらさらと自分の考えを告げたが、そこに、

「いやはや、そうとは限りませんよ」

 とエルダが分け入った。

「シェレーネの街でも、囚人の管理責任はシェイレスタにあるでしょう。というのも、シェレーネの街の責任者は三国それぞれにおります故」

 ワイズはどこか苦い顔だ。ワイズの頭の中ではブライトを逃がすのは『白亜の仮面』ではなくワイズ自身のはずだ。ワイズとしてはシェレーネの街ではなく自国のシェイレスタにいるうちに対応したいのだろう。

 それにしても、耳を疑いたくなる内容だ。

「何それ、責任者が一人の街に三人いるってこと?」

「三国の力関係を敢えて対等に扱った結果です」

 エルダの答えにイユは唸る。

「そこは交代制じゃないのね」

「それだと今度はシェパングのやり方に倣ったことになりますよ」

 何という意味不明な話だ。イユは唸った。

「決め方まで無理に分けなくても良いでしょうに」

 最もな指摘だとエルダに頷かれる。

「三国が相容れない関係であることを示すような話でしたな」

「もう一つ聞きたい。処刑は一般にも公開されるのか」

「そう聞いております」

 レパードの問いに、エルダは頷く。

「指名手配犯の記憶は公開されるのですか」

 ワイズからの質問に、ぎょっとした。その可能性に今まで思い至らなかったのだ。そもそもブライトがわざわざシェイレスタに逃げ込んだのは記憶を奪われないようにするためだ。それが、三国のいる場所で処刑となれば、記憶も三国に共有されてしまう恐れがある。これは本来、ブライトが望んでいない流れだろう。

 イユはそこで今ブライトの記憶にはどのような情報が含まれているか思い返す。

 一つは、魔術書の在り処だ。これはシェイレスタが隠したい情報のはずだ。何故ならその力は抑止力になる。ただ、『深淵』をシェイレスタの兵器だと噂されている今の状況に至っては、その力の存在を隠すべきかどうかは分からない。全く無関係なら、その旨を他国に伝えるほうが良いのかもしれない。そうなると、シェイレスタは別にブライトの記憶を見られても問題ないことになる。

 だが、イユはブライトがどういう経緯で魔術書を盗むことにしたのか把握しきれていない。もし魔術書を盗ませたのがシェイレスタそのものだとしたら、それはシェイレスタの人間にとって隠したい情報のはずだ。

 そして、サロウもまた、ブライトの記憶に登場することだろう。これは、サロウにとっては不味いはずだ。ブライトとやりとりをしていた記憶は、国内で内通者だと疑われる要因になるだろう。

 一方で得をするのは、抗輝かもしれない。ブライトと繋がっていたのは克望なのだから、痛くも痒くもないだろう。

 そうして、忘れてはいけないのは、イユたちのことだ。『龍族』が空を旅していることも、その仲間たちの顔と名前も知られてしまう。三国に共有されるということは、三国にいる『魔術師』の誰かに共有されるということだ。カルタータに関わるギルドがいる。そう知られれば、捕まる危険が今までより高まる。克望のときのように、また襲撃を受けるかもしれない。

「公開まではされないでしょうが、三国で共有することは考えられます」

 つまり、ブライトにとっても、イユたちにとっても嬉しくない事態になる。

「当然、このことは考えているんでしょうね」

 ワイズがぽつりと独り言を吐き出す。本当はここにはいないエドワード国王やブライトに告げたい言葉なのだろうとは、何となく察した。


 それにしても、『白亜の仮面』が動くのは抗輝の命令のはずだ。抗輝にとってブライトの記憶が共有されるのが問題にならないなら、やはり代表の始末を狙っていることにならないだろうか。


「もしシェイレスタの『魔術師』に『白亜の仮面』の手の人間がいたらどうなる?」

 そこで前提を覆るレパードの発言が入り、ぎょっとした。そんなことあるはずがないと思っていたのだ。『白亜の仮面』は抗輝の指示で戦争を起こすべく、マドンナを暗殺したりネックレスを奪おうとしたりしているのだ。だから勝手にシェパング寄りで、シェイレスタとは関わりがないと思っていた。

 けれど、よくよく考えれば『白亜の仮面』は抗輝の部下ではなくギルドなのだ。誰かの命令を聞いて動くギルドだからこそ、今回の命令も常に抗輝のものとは限らない。マドンナを暗殺するよう指示したのは抗輝だと思っていたが、それもはっきりと宣言されたわけではないのだ。

 そうなると『白亜の仮面』の目的がイユの読みとは違うことになる。抗輝ではなくシェイレスタの『魔術師』にも仕えていて、その命令を聞いた結果のマドンナの暗殺だとしたら、だ。本当にシェイレスタには悪い『魔術師』がいることもありうるのだ。そうして何でもありになってしまうと、シェレーネの街での処刑での企みもさっぱり読めなくなる。

「恐らく、実際の処刑は変わらず五日なのでしょうね」

 小声で、イユにだけは聞こえるようにワイズが告げる。

 つまり、シェイレスタはブライトの記憶を渡さないためにブライトの処刑を内々で行おうとしている可能性がある。そうでもしないと、ブライトの死が無意味になるからだ。少なくともブライトはそうするように働きかけるはずだ。

 実際の処刑場では、ブライトの首だけがぶら下がることになるかもしれない。


「そうですね」

 ワイズは意を決したように、エルダへと向き直った。

「もし、『白亜の仮面』について少しでもわかったら、ギルド内だけでなくシェイレスタにも情報を渡してはもらえませんか」

「それは」

 エルダが眉をひそめる。もし、レパードの言うようにシェイレスタの『魔術師』に『白亜の仮面』の手の人間がいたら、その情報は筒抜けになるからだろう。

「お願いします。『白亜の仮面』はマドンナの暗殺に加えて更に何かをしでかそうとしています。それを止めるには、少しでも情報は共有すべきです」

 エルダは静かに確認を取る。

「その理屈ならば、イクシウスやシェパングにも情報を提示することになりますが、良いですかな?」

 イユは内心渋りたくなった。特にシェパングには『白亜の仮面』を使った抗輝がいる。まさに折角得た情報が筒抜けになる可能性があるからだ。

 けれど、ワイズはすぐに同意したのである。

「勿論です。ギルドも国も関係なく信じ合わなければ、『白亜の仮面』に足元を掬われるだけですから」


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