その74 『(番外)魔物狩りギルド(レンド編1)』
レンドがアグルと出会ったのは、四年前のことだ。
レンドが当時所属していたギルド『スナメリ』は、魔物討伐ギルドとしては指折りの有名どころだった。レンドが入団した当初は、僅か十名で飛行船を動かすのもやっとの弱小ギルドに過ぎなかった。だが、その頭目はレンドの目からみても優秀な男で、あっという間にギルドを大成長させた。気づけばたった三年でギルドの規模は三倍に膨れ上がり、四年たった今では飛行船を五隻も所有した大御所ギルドにまで育った。
レンド自身も、そこそこ名が通っている。『スナメリ』のレンドといえば、ギルド関係者の数人に一人はその名を知っているのである。「なんだかんだ修羅場をくぐってきたからな」というのがレンドの意見だ。そのおかげで、ちょっとした危険の匂いならば、嗅ぎ分けられるようになっていた。
そして、そのレンドの嗅覚は『スナメリ』自体にも発揮された。だからこそ、ギルド『スナメリ』と同じ名を持つ飛行船の船長室で、レンドは頭目を前にして宣言した。
「というわけで、俺はこの船を下りるぜ」
船長室には、今は二人しかいない。白髪を撫でつけ、その上に黒い帽子をかぶった頭目は、誰の目からみても偉丈夫の大男だ。齢は六十を過ぎているが、噂に聞く全盛期、その頃からの衰えは一切感じさせない。それどころか、体だけでなく顔にも無数の傷があり、普通にしていても常に睨みつけているような表情になる。新入りは大抵この頭目の顔を見るだけで驚き、ろくに口もきけなくなる始末だ。率直に言うと、怖いらしい。
その頭目がレンドの宣言を前にして、怒り出すどころか頭を下げてみせたのは、レンドにとって衝撃だった。
「待ってくれ」
頭目が懇願しているのだ。
「あと一ヶ月で構わねぇ。待ってくれ」
「おいおい、頭目に頭を下げさせる気はねぇよ。上げてくれ」
レンドは頭目を嫌っているからやめたいわけではなかった。むしろ尊敬すらしているのだ。だから、自身に頭を下げる頭目の姿など見たくはなかった。
「なんで頭目が俺ごときにそこまでするんだ。教えてくれよ」
理由を求めると、頭目は苦い顔をして口を開いた。
「三週間後に、でかいヤマがある」
『でかいヤマ』というのは、もちろん魔物退治の仕事のことだ。大方どこかの国か団体から依頼が入ったのだ。
そして顔色から察するに、その依頼は断るに断れない類のものだ。
「飛行船全隻投入しての大掛かりな作戦だ」
「魔物の群れか」
国から、魔物が異常発生したから狩ってほしいという依頼は時折ある。しかしレンドの知る限り、近頃そういった噂は耳にしていない。
「いいや、一体だ」
思わず目を剥いた。たった一体を仕留める為に飛行船全て投入するというのだ。それはよほど巨大な魔物を狩ろうとしている。それこそ奈落の海からでてきた海獣か、それに匹敵する類の巨大な魔物だ。
レンドは最近の『スナメリ』の運営状況を振り返った。ちょうど先週、十一名の新入りが入ったばかりだ。かつては一人雇うのにも苦労していたが、今の『スナメリ』には大勢の入団希望者が集まってくる。魔物狩りという危険な職業を希望する者はおらず、人手不足に悩んでいた当時とは様変わりした。それどころか、頭目が優秀すぎるために「ここに入れば危ない目に遭わない」と安易に考えた若者たちが無邪気にやってくる。そうしたなかから少しでもましな者を雇ったのが現状だ。
そして、むしろそれを決め手として、レンドはここを去ることを視野に入れていた。
「それまでに新入りを全員鍛え上げないといけねぇ、と」
無茶苦茶だ。口にしてみて改めてそう思った。たった三週間で新入りを魔物退治のプロに育てるなど不可能に近い。大半は孤児院からでてきたばかりの少年少女たちや、今までの仕事に行き詰まってギルドに逃げてきた大人たちだ。ナイフもろくに扱えないのである。彼らが前線に出たところで、たちどころに死んでしまう。
――――人の命の価値が薄くなっている。
ギルドが大きくなるにつれ、今まで守ってきたはずの価値観が確実に失われている。そして、それを頭目自身が承知しているからこそ、レンドに去ってほしくないのだろう。
「その通りだ、頼む」
再び頭を下げる頭目を見て、レンドは無性に空しくなった。
――――いつから頭目は人に頭を下げるような男になってしまったのか。どうしてこうも情けない男に映るのか、と。
「……わかったよ。三週間だけ待ってやる」
レンドは、とうとう頭目の願いを断れなかった。
船長室を出たレンドを待ち構えていたのは、焦茶色の髪をぼさぼさに伸ばした眼帯の男だった。その男、ヴェインは齢四十近いと聞いたことがあるが、よく見るとすでに白髪が混じっている。壁を背にし腕を組んで偉そうに佇む様子はどこか無礼ですらあった。そのうえ苛立たしげに、人差し指で何度も自身の腕をついている。
「待ちかねたぞ、レンド」
ヴェインは姿勢を崩さないまま、声を掛けてきた。
「待っててくれと頼んだ覚えはねぇぞ」
ヴェインとはペアを組んでいる同僚に当たるが、今回レンドはヴェインには何も話さずに頭目のもとへ向かった。にも関わらずこうして待ち構えられているということは、すっかり考えを見抜かれていたらしい。苦い気持ちになった。
「細かいことはいいだろ。それで? 頭目は何をやらかすつもりなんだ」
どうも、頭目が今後の話を口にすることまで、織り込み済みらしい。
「三週間後にでかいヤマがあるとさ。飛行船全隻投入する規模らしい」
レンドが観念して白状すると、ヴェインに吐き捨てるように言われた。
「どうせそんなことだろうと思ったよ」
それならわざわざ聞かなければ良いだろうと、レンドは内心憎々しげに思う。
更に、ヴェインは自身が収集した情報を披露してみせた。
「こないだ経理の連中を突いてみたところ、大砲を二門購入したらしい。三日後には配備されるとよ」
それを聞けば、どれほど大掛かりなものになるか想像はつく。
「今の人員でまわせる数じゃねぇぞ」
分かっていても、レンドはそう呟かずにはいられなかった。
「だから選ばれた新入り十一名さ。あぁ、確か一名既に逃げ出したんだっけ?」
ヴェインの言う『逃げ出した』という情報をレンドは持っていなかった。ついでのように言うが、仕入れてきたばかりのネタに違いない。幾らましな者を選んだつもりでも、稀に逃げ出す者は出るのだ。
レンドたちの主な仕事は、新入りをましな船員に育てあげることだ。とはいっても、直接指導することはない。教育の計画を立てたり、罰則を検討したりする。そのために、指導役に話を聞いたり経理の動きを調べたりと、情報を集めてこなくてはならない。弱小ギルドが急に大きくなった影響で、それぞれが思い思いで動き回り満足に連携が取れていないからだ。
「頭目と話をしただけじゃ働き足りないだろ? その新人りたちの様子、気にならないかね」
ヴェインの言いたいことが分かり、辟易する。
「訓練室にいけって言うんだろ? 分かったよ」
投げやりに答えると、ヴェインに意地の悪い笑みを浮かべられた。
「話の分かる奴と組むのは楽でいいねぇ。ぜひともこの度の新入りにも同じ練度を期待したいものさ」
よくもまぁ思ってもいないことを言えるものだと、苦々しく思った。
ヴェインに促されレンドは渋々、訓練室へと向かった。
新入りたちは初めの一週間で、船の動かし方を習う。雑用をこなしながらになるので、それなりに時間がない。その一週間を過ぎると、ようやく魔物退治の基本を学ぶ。まずはナイフの扱い方だ。新入りたちは三人一組になって一人の指導役に従事する。レンドが向かっている訓練室ではまさにそれが行われていた。
訓練室の扉を開けると、若い男女が素振りの練習をしているのがはじめに目に入った。指導役があまりにも形のなっていない男女に対して怒鳴っている。もう一人の新入りは少し離れたところで待機しているようだ。それらを横目に、訓練室の一番奥、最も訓練の様子が見渡しやすい場所へと向かう。
全体の様子もだが、新入り一人一人の個性もある程度把握しておくべきだろうと、レンドは考える。何より、今回は大規模作戦までに時間がない。全員の能力を底上げしている余裕はないのだ。今のうちに誰をどこに配置させるか考えておくべきだ。
――――あいつはダメだな。
赤毛の女が、ナイフを精一杯ふるっている。しかしその手はぷるぷると震えていた。長期間振り続けているせいだろう。腕力が追い付いていない。本来なら腕力を鍛えることからだが、前述のとおり時間がない。表には出さず、船内で補佐をさせるのがよいだろう。
――――あいつも無理か。
もう一人気になったのは、身長の高い青年だ。動きがまるでなっていない。練習すれば様になるかもしれないが、今回に限っては時間を与えてやる余裕はない。とてもでないが、甲板には出せない。
最もナイフの腕がなっていないからといって全く表に出せないわけではない。そもそも今回の討伐に使うのは、ナイフではなくて大砲だ。次点で銃である。恐らくナイフでは全く歯が立たない相手だろう。しかし、最低限自分の身を守る術を持っていないと魔物を見た途端、何もかも放り出して逃げる輩がいる。一人でも魔物から背を向けて逃げ出すと、綻びが生じるものだ。無駄に人員を死なせないためにも、ナイフをはじめとした武器を鍛える必要がある。それがスナメリの鉄則となっている。
素振りの練習が終わり、対人戦に入った。少年たちが向き合って互いに礼をする。そして、試合がはじまった。
「ほぅ……?」
レンドは一人の少年の動きに目を奪われた。金髪の少年が蒼髪の青年と向かい合っている。青年がナイフを振りかぶり、それを金髪の少年が躱した。初心者ならではの遅いやりとりだ。青年のナイフなど、少し力を加えれば飛んで行ってしまいそうだった。
しかし、そこからが違った。金髪の少年はナイフの切っ先を相手に向けて突っ込んでいったのだ。
青年が立ち向かおうと、ナイフを向ける。しかしその切っ先が僅かに少年を避けている。怖いのだ。青年は少年を傷つけることに無意識に躊躇いを感じている。
それが、勝敗をわけた。少年は青年のナイフを僅かに逸らしてそのまま突っ込んでいく。あっという間にその刃は青年の顔面へと迫った。
青年は慌てて後方へよけようとして跳んだ。しかし、それが逆に隙になる。滞空中に、青年は刃物を自分の手元へ引き寄せようとするが、間に合わない。
跳んだことにより態勢を変えにくくなった、がらんどうの胴に向かって、少年は食らいつくようにナイフを構え薙ぎ払った。練習用のナイフとはいえ、人の体を薙ぎ払えばそれなりの衝撃が来る。鈍い音が聞こえ、青年の悲鳴が上がった。
少年は殆ど勝敗を決したその状況でも、隙をみせない。崩れ落ちる青年に向かって、いまだ突き進んでいる。青年の額へとナイフの切っ先が当てられた。
「勝負あり! 勝者、アグル」
全くの躊躇いがない戦い方に、本当に初心者なのかと疑いたくなった。
「おい、ちょっといいか」
指導役の一人に声を掛けて呼びつける。
「あいつ、何者だ」
指導役が渡してきた書類を読んでみる。左上に顔写真が載っており、先ほどの戦いからは想像できない人畜無害な顔が写っている。その隣に名前が載っていた。
アグル・イーゼルト。十五歳。レンドより八歳も年下だ。出身は、レイヴァスト島となっている。確か、イクシウスの端にある小さな島の名前だ。相当な田舎だったと記憶している。ナイフの経験はなし。
「素人かよ」
その割には、戦い慣れている。ナイフではなくて別の武器を扱ったことがあるのかもしれない。そう思って書類を追っていくが、武器の扱いの記録はなかった。ただ、備考欄に気になる記述を見つけた。
――――『スナメリ』への憧れは無し。
大抵の若者は、『スナメリ』に入りたくて仕方がなくてやってくる。だから異質な人物として、備考欄にこの記載を書いたのだろう。
「それじゃあ、なんでこのギルドに入ろうと思った?」
志望理由欄を見てみたが、空白だった。ありえない。閑古鳥が鳴いていた頃ならともかく、今は入りたくても入れない状況なのだ。志望理由を空欄にした人物がのこのこと入ってこられるとは思えなかった。他にも何かそれらしい記述はないかと探ったが、大した情報は載っていない。「全く試験官はこいつの何をみて入れることにしたんだ」と言ってやりたくなるほどに、肝心な内容が記載されていなかった。
だが、試験官の目がよいことは事実だ。このような逸材は、捨て置くには忍びない。
「あいつを、後で呼んでくれ」
話してみたくなった。わからないことがあれば、直接聞くなり調べるなりする。そうして情報を集めることで首の皮がつながることになる。たとえ今この場に魔物がいなくとも、ここが生き死にを賭けた戦場であることに変わりはない。一人でも多くの仲間を把握しておくことが、魔物との勝敗を分けることになる。そう、レンドの嗅覚が告げていた。




