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カルタータ  作者: 希矢
第十章 『裏切リノ果テ』
739/994

その739 『広がる噂』

 桜花園では前ほどの賑やかさはないものの、人通りは復活していた。ただ、どこか憂いの表情を浮かべて歩く人たちが多い。桜花園で国葬を行ったあとすぐには帰らなかった人たちなのかもしれない。観光ではなく、静かに喪に服しているようにみえる。そして道行く人たちの気分を反映するように、琴の音色も止まったままだ。


「これなら、おかしくはないか」

 ぽつりとレパードが呟き、イユはそれに頷く。

 イユたちの間で問題になったのは、ヒューイをどう運ぶかであった。さすがに気絶した男を堂々と運ぶのは目立つ。おまけにイユたちはシェパングの装束に身を包み、男たちは笠を被って目を隠している。怪しいことこの上ない。

 そのため、悩んだ末にヒューイを大きめの箱に入れて、それを荷車に乗せ運び込むことにした。ギルドに依頼で荷物を届けに来たという体だ。即席でクルトに動いてもらったので、出発が遅くなったクルトがぶーぶー言っていた。

 からからと荷車を引いて進むのは、ワイズと刹那だ。イユとレパードで先導して通れそうな道を探している。

「道が意外と狭いのよね」

 両脇に屋台が出ているせいでどうしても人がたむろしている。喪に服そうと、腹は空くということらしい。

「まぁ、そこは仕方ないな」

 レパードがため息をつきながらも、歩いている。イユも歩幅を合わせながら、桜花園の様子をちらちらと確認する。



「灯籠はもう片付けちまったのかい?」

「はい。そちらはマドンナの道標となります故、国葬とともに弔わせていただきました」

 老婆が問いかけ、それに答える女の会話が聞こえてくる。灯籠流しはもうないが、マドンナを弔ってもまだ祈り足りない者はいるのだろう。街の至る所にある献花は、灯籠の代わりを果たすように、以前よりずっと増えている。

 花に満ちた道を抜けたところで、香ばしい匂いが鼻についた。くんくんと匂いを嗅いでいると、威勢のよい男の声が聞こえてくる。

「いらっしゃい。兄さんたちは、ギルドの人かい? それなら肉は食っておくといい。安くしておくよ」

 屋台では肉の串焼きを売っているらしい。炭火でジュッと焼いた肉が、串から零れ落ちそうなほどに刺さっている。隙間に添えられた青唐辛子は焼きすぎない程度に焦げ目をつけて、肉の存在を引き立てていた。ごくりと思わず喉を鳴らすイユの耳に、低い男の声が聞こえてくる。

「悪いな、後で寄らせてもらう」

 屋台の男に声を掛けられ軽く返した男たちは、戦士のような風貌をしていた。彼らは銃や剣を携帯しているが、魔物を狩ってきたというよりは戦に赴こうとしているようにみえる。

 物々しい雰囲気はまだ桜花園に残っているらしい。そう感想を抱いたところで、屋台の男からの注意が聞こえた。

「そうかい。でもお兄さんたち、気をつけたほうがいいよ。マドンナの国葬のときのちょっとした事件知っているだろう?」

 事件と言われて、イユは足を止めかける。そのせいで後ろにいた刹那とワイズの押す荷車に身体をぶつけられた。

「急に止まらないでくださいよ。その顔、さては肉ですか? 食べてからそんなに時間かかってないのにもうお腹すいたんですか? 飢え過ぎですよ」

 ワイズに捲し立てられて、非常に煩わしい。顔を顰めて静かにしろと合図する。ワイズは静かにならなかったが、幸いなことに、イユの耳は男たちの会話を拾うことができた。

「シェイレスタのエドワード国王に飛びかかろうとした男の話、知っているだろ? あれで一気に警備が厳しくなって、少しでも武装していると警備の人に目をつけられやすいみたいだよ」

「いらぬお節介だ。俺たちは中央に近づくつもりはない」

「そうかい。それならば、良いんだけどね」

 全く知らなかったが、イユたちが風月園にいる間に行われた国葬で、そうしたことがあったらしい。思わず唸った。

「何だ、急に」

「桜花園の国葬で、エドワードとかいう国王がきていたなんて思わなかったから」

 レパードにまで呆れられた顔をされたので、理由を言う。

「何だそんなことか」

 と返された。その顔が、ワイズと同じで肉目当てで足を止めたと思っていたと告げている。

「そりゃ、いるにはいるだろうな。完全に来国を拒否されていたとしたら、それはもう相当に険悪な仲だ。しかも、相手がマドンナとなれば国王自ら顔を出してもおかしくはない」

 レパードの顔が気に入らなかったので、足を踏んづけることにした。

「でも、飛び掛かられたって、安心はできない話ね」

 レパードの答えに、口だけは誠実に答える。呆れた表情が痛そうな顔に変わったので、良しとする。

「何、遊んでいるんですか」

 ワイズの声には誰のせいかと反論したくなったが、如何せんワイズに当たるには位置関係がよろしくない。大人しく歩き始めながらも、イユは得た情報を吟味する。

 マドンナの国葬にやってきたシェイレスタのエドワード国王が、武装した男に飛び掛かられそうになったという。『ちょっとした』と屋台の男が言うように、エドワード国王や周りに怪我はなく、すぐに取り押さえられたのであろう。

 けれど、この事件はそれだけの不満がシェパングの人たちにあるということを指しているようにみえてならない。恐らく彼らはシェイレスタがマドンナを暗殺したのにシラを切って堂々と顔を見せたというぐらいに思っているのだろう。それが事実ならば確かに腹が立つが、イユからしてみると抗輝に上手いこと嵌められているようにしかみえない。

「これも全て抗輝が戦争を起こしたがっているせいなんでしょうに」

 口の中だけで呟く。イユには、そう思えて仕方がないのである。何より、あの男は戦を心から好んでいる。

「ねぇ、ママ。克望様もいなくなっちゃったって、本当?」

 そのとき聞こえてきた会話に、イユの足は再度止まりかけた。声の相手を探そうと周りを見渡す。親子が花に向かって祈りを捧げているのが遠くに見えた。

「えぇ。ずっと行方知れずだそうよ。だからこうしてお祈りして。見つかるようにね」

 克望のことが、既に噂として広がっているようだ。

「イユ。余所見してないで中に入るぞ」

「全く、今度は何の食べ物を見つけたんですか」

 レパードとワイズに声を掛けられてはっとする。いつの間にかギルドの前まで来ていたのだ。

 噂について詳しく聞きたかったが、ギルドで早くヒューイを引き渡したい思いもある。

「別に食べ物なんて見てないわよ!」

 しっかり否定しながらも、イユはレパードが開けた扉の先へと進んだ。



 ギルドに入ったものの、さすがに荷車では狭かった。入り口で立ち往生していると、気づいた受付の女がやってくる。

「どういった御用でしょうか」

 女に、レパードは荷車を見せた。

「連絡はいっているはずだ。俺の名前、レパードをだしてくれ」

「畏まりました。レパード様ですね。では、こちらへどうぞ」

 女はレパードの名前を既に知っていたらしい。すぐにそう返して、外を示した。建物の外から迂回して別の入口に行けということらしい。

 荷車をそのまま後ろに引こうとして、刹那があっと声を上げる。どうやら車輪が段差に嵌ってしまったようだ。

 どうにか力づくで乗り越えようとする様子を見ながら、イユはその間にギルド内での会話にも耳を傾けることにした。受付とやりとりするギルドの人間の声までは聞き分けられないが、数人であれば受付の前の順番待ちの列で立っている。その列にいた男女の会話を聞き取ることに成功した。

「ねぇ、それよりさ。聞いた? シェイレスタの秘密兵器の話」

「知ってるよ。指名手配された女がイクシウスから禁忌の術を持ち込んだってやつだろ」

 男がそう返すので、イユはちらりとワイズを見やった。これは、例の噂だ。『深淵』がシェイレスタの秘密兵器になる話がブライトの存在と結びついた、何とも間の悪い噂である。

「処刑がそろそろあるって話だけど、禁忌の術を盗ませたのはシェイレスタでしょ。その指名手配犯、完全に嵌められているやつじゃない? かわいそう」

「けど、そいつ。裏で何人も殺してるかなりの悪女だって聞いたぞ。因果応報って奴じゃね?」

 荷車は無事段差を超えた。再び引き始めたワイズたちを眺めながら、イユは男女の笑い声を聞く。


 因果応報。そうかもしれない。

 けれど、その姉を助けたいという弟もいるのだ。


 

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