表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カルタータ  作者: 希矢
第十章 『裏切リノ果テ』
737/994

その737 『死にたがり』

 タラサに戻ったイユたちは、相談の末ヒューイを空き部屋に入れることにした。本当は船内に入れるのにも抵抗があったので甲板に括り付けておきたかったが、桜花園に寄るのであれば転送機能を使うことになる。船内にいる人間は何ともないが甲板に出ていて無事かどうかは分からないと言われ、渋々納得したのであった。

「にしても、こいつ。思ったより子供なのね」

 目隠しをし、身体をロープで縛るだけでは足りず、口も動かせなくしてある。自由を与えると自殺されかねないからだが、レパードやアグルが取り囲んでいるといじめているようにしか見えないから困りものだ。イユよりは年上に見えるものの、細身なのもきっと良くない。

「多分なんですが、『白亜の仮面』で歳をとっている人はあまりいないと思います」

 アグルが暗い顔でイユの言葉に返すので、イユにも理解できてしまった。何せ先程ヒューイは仲間にとどめを刺したばかりだ。命の価値観がおかしければ、到底長生きもできまい。

「暗示に掛けられている感じでもないから、自分の意志でしょうけれど」

 てっきり抗輝が裏で暗示を掛けているかと思ったのだが、そうでもなさそうなのだ。

 そのとき、扉が開く音がした。振り返ると、ワイズが入ってくる。

「暗示は杭のようなものですから。抜いた後もその考え方を引っ張る人間はたくさんいますよ。とはいえ、この人の場合恐らく子供のうちからそういう教育を受けてきたというところでしょうね」

 ワイズはレパードに呼ばれてきたのだ。念のため暗示がないか、遅延性の毒を飲んでいないか確認するためである。

「教育って育てられたってことですよね。どうやってそんなことを」

「人拐いの類か、孤児たちを拾い集めたか。いろいろ考えられますね。扱い方を見るに、人手不足ではないのでしょう」

 アグルとワイズのやり取りを聞いていたイユには、シェルのことが浮かんだ。シェルはハナリア孤児院に拾われたが中には『白亜の仮面』の息が掛かった孤児院もあるかもしれない。そう想像したからだ。

「さて、毒はなさそうですね。人は口封じに殺しておいて自分はちゃっかり助かるとは、随分な男ですが」

 これで一つは安心だ。そう思ったところで、レパードが告げた。

「悪いな。国葬から五日後という話だったが、寄り道をする」

「この男のせいでですね。分かっています」

 ワイズが不満をぶつけるように男を見下ろす。ブライトのことが気がかりなのだろう。

「できればすぐに向かいたいところよね」

 男を預けてから、桜花園でできるだけ最新の情報を仕入れ、ブライト救出の検討をする。その流れを簡単に共有する。

 風月園で迎えた国葬は花火とともに終わり、レイヴァスト島で一夜を明かしている。いよいよ刻限が近づいてくるのだ。ワイズを慰める言葉の一つでも掛けてやりたいところである。

 しかし、ワイズ自身はイユの考えとは裏腹に既に切り替えた様子だ。

「それより、聞いていますか。ミンドールのことを」

 と、そうミンドールの話題に話を替えた。

「いや、何がだ」

「命の妙薬でもっていた状態でしたが、ここにきて急に悪化しています」

 そうして告げられた発言に、まさかと思った。ジェイクもヴァーナーも酷い有様だったが持ち直したのだ。ミンドールも当然良くなっていると思っていた。

「念のため、イユをお借りしても良いですか」

「私?」

 唐突に振られて、イユは目を丸くする。

「あなたのことですからどうせ自覚がないのでしょうが、あなたの近くにいた患者の治癒力が確実に上がっているようなので」

 もちろん、イユには自覚がなかった。

「治癒力?」

「分からなくて良いですので、とりあえず来てください」

 呆れたようにため息をつかれるが、断る理由などない。イユはすぐにワイズとともに医務室に駆け込んだのである。




 医務室に入ると、しんとしていた。ヴァーナーとジェイクはベッドにいるが、シェルの姿がない。

「シェルはリーサに連れられて車椅子に乗って甲板にいるぜ。外の風を浴びるのも大事だからってな」

 ベッドから声を発するのはジェイクだ。起きていたらしい。ヴァーナーは完全に寝ているようだ。気のせいか、イユが行くといつも寝ている気がする。

「ジェイクも薬飲んで。そして寝て」

 奥から刹那が出てきた。休む必要がないと語る式神は、イユたちと別れたときからずっと医務室にいたらしい。

「へいへい」

 気のなさそうな返事をするジェイクには、心なしか刹那との距離感がある。まだ、気を許してはいなさそうだ。

「それで、ミンドールは?」

「こちらです」

 ワイズの案内で進んでいく。医務室の奥に入ると、ぶつぶつと呟きが聞こえた。はっとして、ベッドを覗く。

 レヴァスが、言葉にならない声を上げ続けていた。


 変わっていない。レヴァスの心は壊れたままだ。


 イユは目を逸らし、更に奥のベッドで眠っているミンドールの元へと向かう。そこで、息を呑んだ。

「これは」

 怪我の状態は、変わっていない。ワイズや刹那の奮闘があったはずだが、恐ろしいほどに変化がない。

 それもそのはずだ。ミンドールはただ、辛うじて生かされているだけなのである。

 イユには、ミンドールに宿る力が感じられる。ミンドールだけでない。レヴァスにも、ジェイクにも、ヴァーナーにも、生きる人が持つあらゆる力の種類が視える。

 だからこそ、ミンドールにあるはずの、人が生きようとする意志だけが全く感じられなくて愕然とした。


「死にたがっている、の……?」




 こういうとき、どうしたら良いのだろう。イユには分からなかった。ワイズがイユを呼んだのも同じ理由かもしれない。幾ら魔術を掛けても、治ることを拒んでいる意識のない人間相手にどうしたら良いのか分からなかったのだろう。

 そして、それはイユもそうだった。イユの異能は力を調整する力だ。今まで意識したことはなかったが、きっと他人の治癒力も、人の生きようとする意志の力も、調整することができる。だから、ワイズ曰く『近くにいた患者の治癒力が確実に上がる』という現象が起きたのだろう。

 けれど、死にたがっている人間の意志の力を強くしたら、きっと死んでしまう。そう思ったから、イユには何もできなかった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ