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カルタータ  作者: 希矢
第十章 『裏切リノ果テ』
736/994

その736 『残党共』

 ジジ……と通信機器特有の音が、響く。

「噂をすればか」

 男の声が聞こえた。定期連絡がきたと思ってくれたようだ。

「おい、ノイズばっかりで声が聞こえないぞ」

「電波悪すぎだろ。場所変えてこい」

 そうしたやりとりの間にも、イユは飛行船の反対側から船内に忍び込んでいる。イユの少し後ろにはレパードもいて、足音一つたてずにイユから離れた位置へと移動していく。イユたちはそれぞれ持ち場について、各自作戦を決行している只中にあるのだ。

 ちなみに通信機器を動かしているのは、アグルである。ノイズと言われているが、実際には手で通信機器のマイク部分に触れているせいである。

「すま……ない。聞こ、……える、か」

 ノイズに紛れて僅かに聞こえてきた声真似に、イユは目を丸くしてしまった。まさか役者の才能があるとは思わなかったのだ。

「おい、シームか? まだ電波が悪いみたいだぞ」

「全く、どこをほっつき歩けばそうなるんだ」

 奈落の海よと、イユは心のなかで返す。事実、シームと呼ばれた男は、今頃火葬され海に還った頃であろう。

 身を潜めながら少しずつ扉に近付くと、男たちの会話がより鮮明に聞こえてきた。

「にしても、今回の勝者はシームか」

「ちっ、俺も混ざりたかったな」

 そろそろと近づいても、今のところ会話は続いている。イユの存在に気がついていなさそうだ。

「こんなままごとにか? 本物の暗殺のほうが遥かに緊張感があるがな。これはゲームというには一方的過ぎるし、なんというべきか」

「狩りか?」

「あぁ、それだ。山で男を一人狩るだけの遊びだ」

 ようやくレパードが気にするなと言っていた意味が分かった。山で狩る男とは、マレイユのことだろう。マレイユが不意打ちをしたということを知っていたら、さすがに笑いながらこうした会話はしないはずだ。恐らくマレイユが不意打ちを考える以前より、『白亜の仮面』はマレイユを狩ることを考えていた。しかも、『白亜の仮面』の三人のうち誰が一番に山に逃げたマレイユを狩るかという、あまりにもふざけた遊びを計画していた。


「狩りなら、お望み通り今から始めてあげるわ」


 小声で毒づくと、イユは地面へと小石を転がして合図を送る。すぐに飛行船の窓に向かって光が発せられる。レパードによる目眩ましだ。

「何だ!」

 イユは男たちの動揺の隙に辿り着いた扉を開け放つ。予定通り、二人いた。すぐさま、舵を前に突っ立っている男のもとへ一気に駆け抜ける。

「侵入者、か!」

 最後まで言わせる前に、男の顎に蹴りつけた。

「こいつ!」

 男の身につけている仮面にヒビが走ったのを確認し、歯噛みする。思ったより、浅い。寸前のところで、後ろに半身を反らされたのだ。

 しかも、右手から投擲の気配がある。おちおちしていられない。屈んで避けるついでに、衝撃でまだ動けずにいる男の足へと異能をたっぷり込めた回し蹴りを入れる。横に吹き飛んでくれたので、イユの目の前に舵が見えた。それに目掛けて跳躍し、そのまま踏み倒す。

 鈍い音とともに舵の折れる音が響いた。

 その先に、目的の飛行石がある。この飛行船は機関部と航海室とが一体化しているのだ。すぐに全力を持って、蹴りつける。

 激しく弾け飛んだ飛行石は、窓へとぶつかった。その勢いで飛行石は、バラバラと崩れていく。これで、空へ逃さないようにするという目的は達した。

「こいつの馬鹿力、『異能者』か」

 仮面を割られた男から呟きが漏れ聞こえる。振り返ると、体勢を整えた男がナイフを抜き放つところだった。男の仮面の隙間からは濁った白い目が覗いている。皮膚も一部見えているが、赤く爛れていた。仮面をつけたときから毒が効いているのか、蹴った衝撃で毒が溢れたのかは分からない。ただ、その姿はもはや人を捨てた醜い何かにしか思えなかった。

「外も駄目だ! 囲まれている!」

 ヒューイと呼ばれていた男が外に出ようとして慌てて首を引っ込めるのが端に映る。男が逃げようとしているのには気づいていたが、飛行石を優先してわざと放っておいたのだ。

 というのも、外にはレパードがいる。安易に外に出させないようにと銃で牽制してくれている。

「マレイユの仇よ」

 イユは目の前の男に集中する。男から投げつけられた刃物、――――構えていたナイフではなく男が何気なく手を挙げたときに覗いた小型の刃――――、を横に反らして避けると、男へと蹴りを入れる。

 しかし男は身を屈めてイユの蹴りをやり過ごしてくる。さすがに暗殺者とあって動きが素早いのだ。更に蹴りつけるが、横に避けてナイフを投げつけられる。


 当たったら、毒に侵される危険がある。


 イユは地面に転がった舵の一部を蹴り飛ばして頭上まで引き寄せると、掴んでナイフへと投げつけた。ナイフが壊れた舵にぶつかって鈍い音を立てる。木片が飛び散った。

 そのとき目を守るように腕で塞ぐ男の姿が隙間から見えた。すかさず男へと突撃する。

 くぐもった声が聞こえた。イユの足が男の鳩尾に入ったのだ。

 けれど、仮面の男が床に伸びるのを見届けている時間はない。

 イユはすぐに男から距離を取った。ヒューイと呼ばれていたもう一人の男が、覚悟を決めたように走ってくるのが見えたからだ。男を助けようと駆けつけてくるだろうことは分かっていた。だからそれより先にイユは目の前の男を気絶させたのだ。


 そうなると、ヒューイは次に何をしようとするか。


 イユはヒューイが伸ばしたナイフを見て、イユに襲いかかってくるものと踏んだ。避けようと構え、数歩ずつ埋めてくる相手の顔を見る。そこで、思わず声を上げた。


「は?」


 ヒューイは確かにナイフで刺した。だが、刺した先は、ヒューイの仲間を襲ったイユではなく、床に伸びていた男だった。仮面が割れた隙間から見えていた目に刺している。絶叫が聞こえた。実はまだ意識があったのか、痛みのあまりに戻ったのかは分からない。ただ、あまりに容赦のない一撃に、イユは我を忘れる。

「気をつけて下さい!」

 扉の先から聞こえた声とともに、ナイフの投擲があった。アグルがヒューイに向けて投げたものだ。

 ヒューイもイユにナイフを投げつけようとしていたところだったらしい。腕にまともに食らったヒューイの手からナイフが落ちて実感する。目を離していたわけではないが、仕草が自然過ぎて発見が遅れたのだ。アグルの投擲がなかったら、危なかった。

 しかも駆け込んできたアグルはすかさずヒューイへと当て身を食らわせにいく。

「仮面を!」

 イユは我に返ると、ヒューイから仮面を剥ぎ取る。さらさらと流れる白髪が同じく白い素肌に溢れた。

 遅れて駆けつけてきたレパードが、すぐに持っていた布をヒューイの口に突っ込む。

「縛り上げるぞ」

 イユは予備に持っていたロープを慌てて手渡す。アグルとレパードでヒューイの手を縛り上げていった。

 ぐるぐるに拘束されていくヒューイを見て、イユはふぅとため息を吐く。

「どうにかこっちは生け捕りにできたわね」

 もう一人の男が床を転がりながらも息絶えたのを横目で捉えてから、目を背ける。まさか、仲間を刺すとは思いもよらなかった。

「情報を漏らされないように、顔を狙ったんだろうが」

 『白亜の仮面』の恐ろしいところだ。つい先程会話をしていたはずの仲なのに、全く躊躇がなかった。一歩遅ければ、ヒューイという男も自死を選んだかもしれない。

「命の価値が低すぎるわ」

 『魔術師』に記憶を読まれないようにする対策なのだろうが、あまりにも命を軽視しすぎる姿勢には理解に苦しむ。

「全くだ。けど、俺らとしては上等だ。これでギルトに引き渡せる」

「こいつから全てを吐かせて、『白亜の仮面』を根絶やしにしておけばこの島も安心ね!」

 イユの言葉に、アグルが困った顔を浮かべた。

「まるで悪役の台詞っす」

 失礼なことだ。上手く行けば抗輝の嘘を洗いざらい曝け出させて戦争の契機を止めることさえできるかもしれないのに、随分な言い草である。

「けれど、こいつ暫くどうしておくの」

「ここにおきっぱなしはまずいから、タラサで運び込むしかないだろうな。直接桜花園で引き渡すのが早い」

 レパードの言葉にイユはげんなりした。わざわざタラサに危険な暗殺者を招き入れると聞いてぞっとしたのだ。

「まぁ、レイヴァスト島で預かってもらうと万が一がありそうだものね」

 村里の人間が男に食事を与えようとした隙を利用して、抜け出し村里の人々を襲い始める。そういった想像を掻き立てられてしまうが故に、タラサへの運び込みに同意するしかない。

「仕方ない、行きましょう」

 ふがふが唸っているヒューイには、レパードの魔法で大人しくしてもらい運び込むことになった。

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