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カルタータ  作者: 希矢
第十章 『裏切リノ果テ』
732/994

その732 『悲しみを乗り越えて(ライム編11)』

 悲しいかと問われたライムは頷いて返した。

「はい。とても悲しいです」

 ずっとずっと、喪ってしまった者を思い続ける。いつも、そうだった。後悔しかない。寂しさでいっぱいいっぱいになると、ライムは自分が壊れる音を聞く。だから心のバケツの水を少しでも減らそうとして、しがみつく。

 けれど、新しい飛行船にしがみついても、いつも通りに振る舞っても、ジルは帰ってこなかった。セーレの飛行機関もライムを置いて、燃え尽きてしまった。

 バケツの中の水を少しでも減らすためには、自分自身を偽るしかないと思っていた。

「――――でも、そうじゃなかったんですね」

 それでは駄目なのだ。ライムはいつもそうやって目を背けてきた。悲しみを埋める飛行機関。いつも通りで良いというジルの言葉。本当はそんな言い訳には使ってほしくなかっただろうにと、相手の気持ちをやっと省みる。

「ようやく、分かった気がします」

 ライムはそう告げた。目の前には霜陰南瓜のスープがある。センが作ってくれたものだ。冷え切ったそれをライムははじめて口につけた。

 冷たかった。けれど、不味くはなかった。お父さんが作ってくれたスープよりも美味しいと感じた。

「私は、逃げてばかりで大事なものを見失っていた。だから、拠り所が完全に途絶えてしまったんです」

 十二年間。その長くて短い時間に、ライムはたくさんのことを与えてもらったはずだ。だから、バケツの水ぐらい自分で調整できたはずなのだ。それができなかったのは、ライムが飛行機関に逃げてばかりだったからだ。そうして何も受け取っていないふりをしていたからである。

「それじゃ、駄目だったんです。だって十二年間もあったのに、私は何も知らないでいたから」

 見上げると、滲んだ視界の先でセンの顔が見えた。センは何も言わないが、ライムの話をじっと聞いている。だから、ライムは続けた。

「ジルのこと、もっと知りたいです」

「それなら、シェパングのことを知ると良い」

 具体的な内容が返ってきて、ライムはその言葉の真意に戸惑う。

「え?」

「ジルはあれでかなりシェパングが好きだったからな」

 シェパングが好きだという話も知らなかった。けれど、思い出すことはある。こないだ入れられたお風呂だ。「堪忍」なんて叫ばれたけれど、あの言葉はシェパングのものだったはずだ。

 ライムがそれに返事をする前に、トントンとノック音がした。マーサかと思ったが違う気がする。確かにセンと交代してから時間は経っているが、まだ仮眠から目覚めるほどの時間ではないはずだ。

「ねぇ、ライムいる?」

 そう思っていると、扉から声がした。その声の相手が誰か分かり、ちらりとセンに視線をやる。

「あぁ。入ってきて構わない」

 言いたいことを察したようで、センがそう答える。



 扉を開けて入ってきたのは、クルトだった。ライムの顔を眺めてから、小首を傾げる。

「あ、意外と元気そう? それならよいのかな」

 慰めにきたのだろうか、ライムには真意が分からない。センが代わりに聞いてくれるかと思ったが、無口なセンは何も言わない。

「クルトちゃん、何のこと?」

 枯れた声で聞けば、クルトはライムに向かってびしっと指を差した。

「お風呂だよ、お風呂。ずっと入ってないから、この機会に入れようと思って。ちょうど温泉水が入ったんだよ」

 温泉!

 ライムの頭に閃光が走った。まさにシェパングに関わる内容である。

「温泉って、堪忍って言ってたし、シェパンクの文化ですよね?」

「あれ? なんか前向きな反応?」

 確認のために聞いたのだが、答えよりも驚きが先にきたらしいクルトにそう返された。代わりに、センが小さく首肯する。

「入ります!」

 そう宣言してから、それだけでは駄目だと気がついた。失ってから気がついて、その人の好きなことを追っているだけでは、お父さんとお母さんのときと変わらない。いなくなってしまってから、やってほしいことを頭の中で並べても寂しいだけだ。その寂しさを紛らわせるために、彼らの縁のあるものに触れていても、きっと本当の意味では満たされない。

 だから、ライムはクルトの手を両手で握った。

「あと、クルトちゃんのことも教えて下さい」

 失っていないものが、まだライムの手元にはあるのだ。もっと知って、もっとやりたいことを言わなくてはならない。

「センさん。お風呂のあとで、霜陰南瓜のスープのおかわり下さい。私も、好きです」

「いいだろう」

 センは得意げに頷く。

「え、えぇ? なんか、どうしたの?」

 クルトは何故かライムを見て驚いた顔をしている。ライムは早くとせっついた。

「ええと、ライム? 急にどういうこと? セン、何を食べさせたの?」

 クルトの動揺が面白かったのか、センは、

「ふっ」

 と息をつくような仕草を見せた。笑っているのだろう。

「ふっじゃない!」

 叫ぶクルトをライムは引っ張る。扉を出た先に、マーサが立っていた。休んでいなかったのだ。心配でじっと立っていたのだろう。改めてライムはたくさん心配をかけてしまったのだと意識する。

「ありがとうございます、マーサさん」

 だから、自分の言葉でお礼を述べた。

「ライムちゃん」

「私、まだ悲しいです。でも、悲しんでばかりで後ろ向きに生きることは、多分ジルの望みじゃないと思いました」

 少なくともそれでは、『いつも通りに元気に』とは、いえない。そうライムは結論づけた。

「そう。それならお風呂の後はご飯をいっぱい食べて少しでも休んでね」

「はい!」

 大きな返事をして、そのままクルトを引っ張る。大人しく会話を聞いていたクルトは驚いたように声を上げた。

「違う違う、ライム。お風呂はそっちじゃない!」


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