その724 『寂しいな (ライム編3)』
葬儀は、カルタータの神殿で行われる。厳かな雰囲気のある白い神殿には、強い花の香りが広がっている。それは遺体が焦げ臭いからだと聞いている。
ライムは、お父さんとお母さんの遺体を結局最後まで見ることはなかった。ライムの元に届いたのは、一報だけだ。同じ仕事をしている仲間だというおじさんが、目を赤く腫らしながら告げに来た。何度も謝罪された。どうやら遺体は、訳あって子供のライムには見せられないのだという。
カルタータの神殿では肉体を焼いて、骨を粉にする。だから、粉にしたものを入れた壺を拝むことは許された。白磁に、複雑な文様が編み込まれた小さな壷だ。二人分なので、二つ用意されていた。男が青色、女が赤土色で着色されている。祭壇に捧げられたそれに手を合わせても、ライムにはいまいち実感が湧かなかった。それが祭儀場から奈落の海に投げ入れられても同じことだ。
お骨が海に沈むのを見送り終わると、ライムは神殿のつるつるした床を歩かされた。そうして、入り口に辿り着けば多くの人に取り囲まれる。
「あなたのお父さんとお母さんはとても立派な人だったわ」
「最終テストには失敗したけれど、そのあとの改良でどうにか成功に嗅ぎつけた。君のご両親のお陰だ」
「良かったら孤児院に入らないかい? 親戚も誰も残っていないと聞いているよ。これから先一人は辛いだろう」
「よりによってクリスマスの次の日だなんて。可哀想に」
そう、代わる代わるライムのもとに人がやってきてお話をした。皆、悲しそうな顔をして、ときには涙さえ浮かべている。
「ありがとうございます。私も尊敬しています」
「こちらこそ、両親の無念を晴らしていただき感謝しかありません」
「大丈夫です。私は学校も卒業したので、孤児院には行きません。両親の遺した家を守っていきます」
「お気遣いありがとうございます」
ライムはなるべくはきはきと答えて、良い子を続けた。そうすれば、お父さんとお母さんがまた褒めにきてくれるはずだった。
「寂しいな」
最後に声を掛けてきたおじさんを丁寧に断って返してから、ライムは自分の家へ帰った。
「ただいま」
家に帰っても返事がないのはいつものことだ。だから、ライムはいつも通りに食卓に三人分の食事を並べた。そうしてから一人ぽつんと研究室の前の扉に座り込む。そこで待っていれば、お父さんとお母さんが扉を開けてやってくるものだと感じていた。
寂しさを紛らわせるために、本も読んだ。本も論文も殆ど暗記できるぐらいまで読み切ってしまっていた。新しい論文は、お父さんとお母さんが手に入れてくれたものだが、今日はそれもないようだ。
行き詰まるのが、早かった。寂しさを紛らわせられなくなった。開いただけでその先に書かれていることを思い出せる本では、時間は全く進んでくれなかった。論文に意見を書いても、お父さんとお母さんから反応がないとわかると途端に手が重くなった。
寂しさが、ライムを包んでいく。悲しみのバケツがいっぱいになって、また泣き出しそうだ。
――――どうすれば、寂しくなくなるのだろう。
そう考えたとき、飛行機関のことを思い出した。セーレに搭載されると言っていたはずだ。
少しでもお父さんとお母さんを感じられるところにいけば、きっと寂しくない。
セーレにこっそり入り込んだのは、その思いだけだった。ちょうどその日は新空式が行われる日で、忍び込んだ飛行船には人がいっぱい乗っていた。そうして船員に見つかってしまってから、ライムは自分が良い子ではないことに気が付いたが、船員たちは皆、「あの人たちの子供だから」と笑みを浮かべて許してくれた。
船員の中には葬儀のときに連絡を入れてくれたおじさんもいた。彼はライムの知らないお父さんとお母さんのことをよく知っていた。
「私にとって、あなたのご両親はとても尊敬のできる恩師なんだ」
おじさんは、本当に誇らしげな顔をしている。心なしか、ライムも嬉しくなった。
それが伝わったらしい。おじさんは、
「難しいかもしれないけれど」
と前置きして、飛行機関の特徴を語り始める。
「この機構はあなたのご両親が考案したもので、非常によく考えられている」
それは、ライムが過去、お父さんとお母さんに提案した機構だった。だから、おじさんが本当のことを言ってくれているのだと感じた。
ライムが夢中になって聞いていると、飛行機関の扱い方も教えてくれた。
「熱くないかい?」
「平気です!」
おじさんに心配そうな顔を向けられる。ライムにとっては、とんだ杞憂だ。お父さんとお母さんに関わりのある飛行機関に触れる機会で胸が弾んで、温度など考えられない。
「大した才能だ。さすがあの人の子供だよ」
ましてやそう褒められるのである。お父さんとお母さんがついていてくれているようで、ライムは嬉しくて仕方がなくなった。
「これで飛行石の力を伝達することで、重い船も空を飛べるんですよね」
ライムの確認に、おじさんもまた嬉しそうに頷いた。
「あぁ、是非実際に飛ぶところを感じるとよい。この飛行機関の素晴らしさが分かるだろう」
一緒に空も飛べると聞いて、涙が出そうになった。嬉し泣きもあとにしようと、食い入るように飛行機関を見つめる。計算された動きは、確かにライムがお父さんとお母さんに提案したものをそのまま再現している。これは、本当にライムのお父さんとお母さんが関わっていたのである。
可能ならば、ずっと関わっていたかった。そうしたらきっと、ライムの知らないお父さんとお母さんがもっと見つかる。お父さんとお母さんが喜んでくれる。
そうしたライムのちっぽけな願いは、蝋燭の火を拭くように消えてしまった。
ちょうどその日、忘れもしないあの事件が起きたのだ。




