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カルタータ  作者: 希矢
第五章 『魔術師は信頼に足るか』
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その72 『死闘その後』

 何かの合図のように、ロック鳥の巣である岩山からころころと小石が転がり落ちる。それが、ぽちゃんと音を立てて、水の中に沈んでいった。

 ばらばらになったロック鳥を見ながらも暫く動けないでいたイユたちだが、ようやく刹那が立ち上がった。それに合わせてリュイスも立ち上がる。そうして離れた場所にいた全員が、動けないでいるイユの方へ集まってきた。ブライトなんぞ、最初にいた茂みからでてくる。

「……つまりあれか。俺達が薬草を探している間に法陣を描いていて、自分だけは安全地帯にいられるように手を打っていたと」

 レパードからの追求に、頭を掻きながらブライトが頼りない否定をする。

「いやいや、だったらこんな怪我だらけじゃないよね? 確かに仕込んではいたんだけれどさ」

「何してた?」

 刹那からの問いかけに加えてイユたちの視線にも気がついたようで、ブライトから答えが返る。

「魔術の合わせ技を準備したんだよ。ロック鳥を混乱させるためにあたしそっくりの幻影を遠くに出したりあたしの姿を隠したりしてやり過ごす、そのための法陣をここに起動させてあったんだって。そうでもしないとあたしの速さじゃ、あっという間に追いつかれてぺしゃんこだもん」

 つまり、ブライトが一人で逃げ続けられたのはイユたちが見ていないところで魔術を死守していたかららしい。

「それなら、薬草探しの間も姿を隠しておいたら良かったのに」

 イユがそう言うと、ブライトの顔は途端にげんなりしたものになった。

「それができたら苦労はしないんだって。光とかタイミングとか全て計算したうえでの魔術だしさ。魔法や異能とは勝手が違うんだもん。……でもまぁ、頑張った甲斐はあったと思うよ」

 そうしてブライトの両手が広げられる。そこには、『ロック鳥の羽根』がある。白くて細い毛がたくさん生えた草だ。専門家でもないと、これは薬草とはわからないだろう。

「薬草は無事か。リュイスは怪我ないか」

 レパードに問われたリュイスが、頷いている。

「打撲はありますけれど、骨折などはないので」

「イユは傷見せる」

 刹那も元気らしく、イユの足を気遣う様子だ。

「平気よ。骨折ぐらい半日あれば治せるわ」

 イユの発言はどうやら突拍子もなかったらしく、ブライトに呆れた顔をされた。

「イユの異能をみていると、イクシウスの魔術師の目の悪さがよくわかるよ」

 そう言いながらも顔をしかめるブライトに、怪我が痛むようだと感じる。実際のところブライトは、打ち身、打撲を抜きにしても怪我だらけだった。ロック鳥の岩の一部が当たったのか、血が流れている個所もある。

 同じように感じたらしいレパードからも質問があった。

「なんだ? どこか怪我をしたのか?」

「いや、だから、あちこち怪我だらけだよ!」

 話を聞いてなかったのかと訴えるブライトに、人が悪いレパードは、

「冗談だ」

 と流すような態度だ。

「レパードこそ大丈夫なの」

 レパード自身も見た限りぼろぼろのように映ったので、イユは確認を取る。

「肩をやられたが……、まぁ暫く安静にしているさ」

 歩けないわけではないようだが、イユに肩を貸そうとしてくる。その話を聞いた後で、リュイスが黙っているわけもない。

「イユさんは僕の肩に捕まってください」

 レパードに言い聞かせるようなリュイスの発言に、イユは大人しく従った。続けての、リュイスの言葉があったからだ。

「とりあえず時間も迫っていますし、帰りましょう」

 空を見れば、既に白くなっている。

「薬草取りのはずが、魔物退治になっちゃったからね……」

 ブライトの発言は、魔物から逃げる余裕がなかったのだから、そのロス時間はさすがに仕方がないと言いたかったようである。

「急がないと。間に合わなくなったら今までの死闘が無駄になるわ」

 それだけは勘弁願いたいと思いながらも、イユはそう告げた。

 そうして、一行はぼろぼろになりながらもセーレへと向かう。その道中、ブライトが倒れた。




「……まずはお疲れと言っておこうか」

 場所はセーレの医務室。倒れたブライトはリュイスが背負い、イユは刹那の肩に捕まってどうにかセーレへとたどり着いた。

 甲板で帰りを待っていた船員たちは、龍族に異能者それに魔術師まで加えたこの一行がまさかぼろぼろになって帰ってくるなど思いもしなかったのだろう。セーレが見えたときにはちょっとした騒ぎになった。

「薬の調合方法、聞いておいてよかった」

 今医務室のベッドで寝かされているのは、気を失っているブライトにアグル、足を動かせないイユに、肩を痛めたレパード、実は打ち身だらけだったリュイスの五人だ。

 唯一残っている六つ目のベッドで休むことはせず、刹那は薬を調合している。

「そうだねぇ。メモを残していなかったら、その魔術師を叩き起こす手間が増えていたところだ」

 そう刹那に返しながらも、レヴァスの手は休むことを知らない。

「ブライトは大丈夫なのですか」

「お前は寝ていろ」

 とレヴァスの、患者には厳しいらしい注意を受けながらも、リュイスは気になる様子で視線をブライトから外さない。

 諦めたように、レヴァスが答える。

「……命に別状はない。気でも張っていたんだろう」

「そうですか」

 ひたすら明るく空気の読めない行動をとっていたブライトだが、魔術師であるために、セーレの船員からの警戒はイユ以上だった。おまけに今回の魔物退治だ。確かに気を張らない方がおかしいとも思う。

「薬、できた」

 刹那の声にイユは飛び起きようとした。

 そこに、レヴァスの視線が突き刺さる。

 大人しくベッドに横になると、すぐに刹那がアグルに薬を飲ませる音が聞こえた。

「これで効くかどうかだな」

 効いてくれないと困る。

「……う、ううん」

 これは、アグルではなくてブライトの声だった。目が覚めたらしく、起き上がる音が聞こえてくる。

「痛っ!」

 どうやら無理に起き上がったらしく、呻く音も聞こえた。

「お前たちは、怪我をしている自覚が欠けているのではないか。どうしてそう皆して無理に起き上がる」

「……ずいぶん痛いご指摘だ」

 レヴァスの言葉に、ずっと大人しくしていたはずのレパードが、何故かそう言って反省の様子をみせた。

「うぅ、にしても、ここどこ?」

「医務室です。どうにか無事にたどり着けまして……」

 ブライトの疑問にリュイスが答えている。

「ところで、君に聞きたいことがあったのだが」

 そうレヴァスの言葉があったきり、声が途切れる。

 気になったイユはゆっくりと起き上がってブライトを見た。レヴァスの突き刺さる視線は、今回は来ない。

「な、何かな?」

 レヴァスの視線はブライトに刺さっている。それを受けて、ブライトがごくりと唾を呑み込む。ロック鳥を相手にしたときよりも余裕がなさそうな表情なのは、レヴァスにそれだけ怖さを感じるからだろう。

「その腕の傷はなんだ?」

 ブライトが隠そうとした瞬間、レヴァスの手が伸びてブライトの腕をつかんだ。すかさず、その長い手袋を引き下ろす。

「それは……!」

 誰かの驚きの声が響いた。ブライトの腕には無数の傷が走っていたからだ。それから、イユはすぐに違うことに気づいた。これは、ただの傷ではない。これは――――、

「法陣。自分の腕に刻んでいたのね……!」

 イユは驚きを口にする。よく見ると、腕の法陣はもう使えないのだと分かるほどには、文字通り切り刻まれている。隠したくなるのもわかるほど、痛ましい腕だった。

「さっきの戦いで使用した後だからね」

 ブライトの諦めた言葉を受けて、イユは気が付いた。一回目にロック鳥を倒したときの魔術と二回目に倒したときの魔術の種類は違っていたのだ。二回目の光線の魔術は法陣を描いていたのを確認している。一回目、突然ロック鳥をばらばらにした魔術について法陣を描いていたかどうかは、イユはこの目で確認していない。

「自分に刻んでおけば、法陣を描かなくて済むということ?」

 イユが聞くと、ブライトは一部否定した。

「ちょっと違うかな。これは途中まで刻んでおいて、最後のところだけ故意に描いていないんだ」

 魔術師の欠点はその法陣を描く遅さにある。それを払拭するための手段だという。

「……左腕はわかった。右腕はどうなっている?」

 レヴァスの言葉に諦めがついたらしく、ブライトは自分で右腕の手袋を外す。

「それは……」

「痛そう」

 刹那の感想には頷くしかない。右腕は焼けただれていたのだ。よく見れば右腕にも法陣の痕跡がある。

「……もういいかな」

「ああ。僕では治せそうにないことがわかった」

 ブライトが恥じるようにその腕を隠す。

「右腕のは既に過去に使った跡だよ。法陣から魔術が放たれるから当然の代償かな」

「なんで、そこまで……」

 リュイスの疑問の声はイユにはよく分かる。法陣の欠点を払拭するためにとはいえ、そこまでする意味が理解できなかった。

 ブライトはあくまでさらっと答える。

「生きていくには当然の処置だよ」

 それはイユたち異能者や龍族であれば納得のできる言葉だ。イユの知る魔術師は、もっと自分たちの死とは程遠いところにいるものだとばかりに思っていた。魔術師が扱う命はいつもイユたち弱者であり、自分たちの命に危うさなど微塵も感じていないのだろうと、思い込んでいたのだ。

「俺たちを救うためにそれを使ったっていうなら礼の一つでもいうのが筋だと思うが、……杖を取り上げた際このことは言わなかったよな?」

 レパードの確認に、ブライトは頷く。

「うん、言わなかったね」

「ほかに隠しているものはないか? 同じものなら腕でなくても好きな部位に刻めるだろ」

 ブライトは気を悪くした様子もみせず、ただ、

「心配なら確認すれば?」

 と挑戦的だ。

「誓って、他には法陣なんて刻んでないけどね」

 それから、おちゃらけた声で付け加えてみせた。

「腕だけで十分。痛いのはさ」

 切り刻まれた腕や焼けただれた肌を見れば、説得力があるというものだ。

「……わかった。とりあえずは信用するさ」

「まぁ、あたしの目的は、魔術書をシェイレスタに運ぶことだし。 そんなことしたって、意味がないってわかるよね」

 そうやってブライトは自身の目的をはっきりと告げてみせる。

「……結局、どうしてその魔術書を運びたいのかよくわからないのだけれど」

 答えが返ってくると思わずにした質問だったので、ブライトからさらっと返ったのが意外だった。

「戦争を止めるため、かな」

「戦争?」

 刹那の質問に、

「おおっと」

 と慌てた声を出す。

「刹那のことを忘れていたよ! 今のはナシで」

 わざとらしさが半端ない。だが、ブライトはこれ以上何もいうつもりがないようだ。


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