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カルタータ  作者: 希矢
第十章 『裏切リノ果テ』
711/994

その711 『里帰り』

 普段から力仕事をしているとわかる大柄のがっつりとした体型をしている。白い袖のない薄着の服に鍬を担いでいた。

「お久しぶりです、おじさん」

 おじさんというのが、叔父を指すのか、それとも単純に近所にでも住んでいる『おじさん』なのかはアグルの言い方を吟味してもよく分からなかった。ただし、アグルとはあまりにも似ていないとは感じる。

「ほんと、久しぶりだなぁ。すっかりデカくなって。いや、なんかまだひょろひょろなのは変わらねぇだ」

 何が面白いのか、豪快に笑ってから男は続ける。

「二人共、アグルが帰ってこねぇって泣いているぞ? 早く両親に顔を見せてやりな」

 イユたちは内心ほっとした。アグルの両親に何かあればこの規模の里だ。アグルと親しい様子のこの男が、知らないはずがない。そうなると、まだ抗輝は来ていないかアグルの両親にまで手を出そうとはしなかったかのどちらかだ。

 加えて、気まずそうな帰郷だった割に、明るく迎えられていると気づく。両親も勘当ではなく寂しがっているというあたり、飛び出したと言ってもよほど深刻なことにはならないのではないかと考えさせられる。アグルが必死に言い訳をするのも分かる気がした。

「はい。あの、オスマーン様が処刑されたって本当なんですか」

 これだけは聞かねばと思ったのか、アグルが問いかける。途端に男の顔が曇った。

「あぁ。本当だぁ」

 ため息をついて続ける。

「いや、オスマーン様だけじゃねぇだ。女王が、ニデルビア家を戦犯と認定したんだ。裏でイクシウスとシェイレスタの戦を画策したってなぁ」

「なんで、そんな」

 男は首を横に振った。

「ありえないことだぁ。オスマーン様こそ平和を愛する方だったのになぁ」

 オスマーンという『魔術師』について、この村里の住民は皆、平和を愛すると表現する。イユのなかでは、克望の存在が浮かんだ。似たような話だと感じたのだ。

「女王は、前にも別の『魔術師』を処刑したと聞いているなぁ。それでその弟が起こしたという謀反を制圧しただとか。ただの噂だと思っていたんだがなぁ」

 頭をカリカリとかいてから、男は自分の話題が暗いことに気がついたらしい。

「すまん、せっかくの里帰りなのに暗い話しちまっただ。ほら、さっさと帰って両親に挨拶してきぃ」

 男に送り出される形で、イユたちは再び小川の横道を進み出す。

「意外と女王に否定的?」

 刹那が小首を傾げた。

「普通はこんなことはないはずだ。恐らくだが、信頼のあるオスマーンが処刑されたことで、市民感情が揺らいでいるんだろう」

 レパードが半分想像を踏まえて、自分の考えを告げる。

「ふぅん」

「興味なさそうだな」

 てきとうな相槌をうつと、レパードから突っ込まれた。

「どうでもいいわ。私は貴族じゃないもの」

「けれど、サロウさんは」

 リュイスの言葉に、イユは睨みつける。

「関係ないわ」

 言葉の怒気に気づいたようで、リュイスはそれ以上何もいってこなかった。

 イユはむしゃくしゃしたまま、足を進める。気が晴れたのは、

「ここです」

 というアグルの声を聞いたからだ。

 小川から少し離れた場所。他の家と同様に田畑に囲まれた木の家は、驚くほど普通の民家だった。

「多分、今なら中に母がいるはずです」

 そう言って、アグルは自分の家の扉に立つ。少し躊躇う仕草をしたものの、ここまでの苦労を思ってか奮い立たせるように自身の頬を叩く。痛そうな音がしたが、それで向き合う覚悟ができたらしい。

 トントンと控えめなノックをした。

「はぁい、出ます!」

 明るい女の声がする。少しして、扉が開いた。

「ただいま。いきなりでごめん」

 照れくさいのか、アグルが頭を掻いてそう述べる。正面からアグルの顔を見たら、間違いなく目を逸らしているだろうと分かる仕草であった。

「アグル! アグルなの?」

 出てきた女は、若すぎるので姉だろう。金髪碧眼の美しい女だった。驚いたようで目をくりくりとさせている所作はまだどこか幼ささえ残る。

「うん。帰ったよ、お母さん」

 イユはすぐに間違えていたことを知った。出てきた人物はまさかの母である。

「ねぇ、あなた! あなた、大変よ!」

 アグルの母は突然気がついたように身を翻すと、庭へと向かって大声を張り上げる。

「何だ、どうした。そんな叫んじまって」

 足音とともにそうした声が聞こえてくる。遅れて、ひょっこりと顔を出すのは、ほっそりした体型の男だ。尖った顔はアグルとは似ていないが、アグルの母が『あなた』と呼ぶからには父だろう。

「お前、家を飛び出したと思ったら、急に戻ってきたのか」

 呆然とした言い方に、アグルはすぐに答えなかった。恐らくは何と答えたものか困ったのだろう。

「ねぇ、何日いられるの? あら、あなたたちはアグルのお友達? まぁ、大変。とにかく中に入っていただいて」

 アグルの母はイユたちがいることにようやく気がついたようで、慌てて捲し立てる。

「……ちょっと用事が出来て、もどってきただけだから」

 それをアグルが制した。

「そんなつれないこといわないで」

「いや、本当に。急ぎなんだ。ここ最近、誰か来なかった?」

 両親が顔を見合わせる。アグルの必死な様子が伝わったらしい。

「最近というよりほんの数刻前になるのだけれど、珍しく他所から男の人がきたわね。うちの庭に何かあるとか」

 たった数刻前。それだけの時間の差に唖然とする。恐らく相手は抗輝だろう。先を越されたのだ。

「それ以外は? 何か脅されなかった?」

 アグルの心配の言葉に、アグルの父が首を横に振る。

「いいや。何にもなかったが」

「分かった。急いで確認したいんだ。庭に入っていい?」

「良いも何もお前の家だ。好きにしたらいい」

 アグルの父の了承に、アグルはイユたちを振り返る。

「皆さん、こっちです」

 とにかく、確認が先である。

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