その71 『死闘』
薬草をポケットにしまおうとするブライトのすぐ後ろで、ロック鳥の赤い目がぎろりと光る。
「ブライト、後ろ!」
思わず声を張り上げた。悠長にイユへと首を向けるブライトにじれったさを感じる。駆け寄ろうと、足に力を込める。
しかし、ブライトとイユの間には悠にロック鳥丸々一体分ほどの距離がある。万が一にも、間に合うはずもない。そのうえ、仮に間に合ったとしてもブライトの腕を掴んで一緒に逃げるような時間は残されていない。
次に訪れるだろう悲劇的な光景から逃れるように伸ばされたイユの手は、そこで下ろされる。ブライトの目と目が合ったからだ。
ブライトは、楽しそうなものでも見るように、ニヤリと笑ったところだった。
そこにロック鳥の嘴が振り下ろされていく。
あっという声を挙げる間もない。次の瞬間には、ロック鳥に向かって水しぶきが上がっていた。何もなかったはずの地面から、まるで間欠泉でも湧き出たかのように噴き出した水は、下から上へ容赦なくロック鳥にぶつかっていく。
驚いたようなロック鳥の悲鳴に合わせて、ブライトが走り出すのが見えた。
あの水は間違いなく魔術だと断言できる。ブライトは『ロック鳥の羽根』を探しながら法陣を描いていたのだろうと、推測する。
「次は、これ!」
叫びながらも杖を地面に突き刺したブライトの姿を、確認する。法陣が眩く光るのも同時に捉えた。それを合図に、水を浴びたロック鳥へと、今度は炎の柱が立ち昇っていく。
「イユさん!」
魔術鑑賞をしている暇はない。
イユはリュイスの警告とともに、ロック鳥の気配を察して真上に飛び上がった。異能を込めた脚力で、一気に地面から遠ざかる。
すぐに、先ほどまでイユがいた場所にロック鳥が突っ込んだ。
辛うじてロック鳥の巨体より高く飛べたことを実感しつつ、今度は巨体の上に乗りかかるようにして蹴りを入れる。
「私は、ここよ!」
ついでにロック鳥の一鳴きに返答してやった。イユを見失い探しているように思われたのだ。
ロック鳥の皮膚は想定以上の強度である。その気になれば壁にヒビをいれられるイユの異能を使った蹴りであっても、全くびくともしない。続けて蹴りつけるか悩んだところで、
「イユ、離れろ!」
レパードの警告が耳に入る。すぐに、ロック鳥から離れるべく飛ぼうとする。
ところが、そこでロック鳥の体が大きく斜めに傾いた。
急な動きについていけなかった。中途半端に動こうとしていたが為に、いとも簡単に安定した足場を失った。ずるりと空を滑った足から、体勢が崩れる。更に、イユの横っ腹にロック鳥の岩肌がぶつかった。息が詰まり、気がついたときには身体が斜めに傾いていた。地面を見失い、振り落とされるようにしてずり落ちていく。何度かロック鳥の背中に当たったが、その肌に掴まることはできなかった。あっという間に、ロック鳥の背から投げ出される感覚を全身で捉える。
視界が一瞬真っ暗になった。夜空が見えているのだと遅れて気が付き、着地の姿勢を取ろうとする。ようやく地面を見つけたときには、もう目前であった。足に衝撃がきて、遅れてじんじんと痛みがやってくる。ロック鳥と地面との距離はそれなりに離れていたせいで、無傷とはいかないのだ。
ロック鳥が襲ってくる可能性を考え、すぐに見上げてから何が起きたかを悟った。ロック鳥の羽の一部が先ほどまでイユがいた場所に突き刺さっていた。遅れてえぐり取られた岩肌の一部から、飛び散った小石がばらばらとイユに降り注いでくる。
「思った以上に、柔らかい体をしているじゃないの」
そう軽口を述べながらも、ぞわっと鳥肌が立つのを止められない。ロック鳥が体を捻ってその背に羽の一部をぶつけたのだという事実を改めて咀嚼する。捻られたときの勢いで背中の筋肉が盛り上がり、それがイユの横腹を撫でたのだ。逆に、足場を無くさずにあのままあそこにいたら、イユはロック鳥の羽に押し潰されていたことだろう。
イユが逃げる時間を稼ごうとしてか、レパードの魔法と思われる紫の光が夜空に飛び散る。
「全く効いてねぇのかよ」
ロック鳥の動きにまるで変化がないからか、残念そうなレパードの声が聞こえた。しかし、ロック鳥の注意は、レパードに向かったようだ。レパードが大慌てで逃げだすのが、視界の端に映る。
リュイスも注意を引く為にか、ロック鳥に魔法をぶつけようとしているのが周囲の風の様子から察せられる。この間にと、イユは立ち上がった。
「三人で戦ってないで、こっちも助けてよぉ!」
泣き言に見やれば、ブライトが必死で頭を押さえて逃げているところだった。法陣は描く時間がないと武器にはならない様子だ。それにブライトは、イユたちと比べれば圧倒的に遅い。その為か、今にもロック鳥に追いつかれようとしていた。
ロック鳥が振り下ろす嘴をすれすれのところでかわして、息を乱しながら走っている。
今ブライトのポケットのなかには薬草がある。ロック鳥に薬草ごと食べられでもしたら困ったことになる。
そう考えたイユは、稼いでもらった時間をブライトへと駆けつけることに当てた。必死に走り出す。
その途中、イユが辿り着くよりも先に、ブライトを襲おうとするロック鳥に向かって刃物を一閃させた者がいた。
「刹那……!」
イユは安堵のあまりに叫んだ。刹那は、様子がおかしいことに気づいて戻ってきたようだ。刃は一閃させた影響で刃こぼれしている様だったが、イユにとってはこの場に一人増えたことが何よりも頼もしく感じたのである。
「どういう現状?」
「とりあえず薬草は手に入れたから、あとは逃げよう!」
刹那に尋ねられ、ブライトは手早く現状を叫び返している。その当人は刹那が稼いでいる時間を、攻撃に充てることにしたようで法陣を描きだしている。
逃げようとはいうもののそう簡単ではないことは、誰の目にも明らかだ。とにもかくにも、ロック鳥の猛攻を凌ぐので精一杯なのだ。これでは作戦もなにもない。
「おい、何か仕掛けてくるぞ!」
レパードの声に振り仰げば、もう一体がどんどん高いところへと飛んでいく。上空から落下してくるつもりのようだ。ロック鳥が高所から落ちてきたら、どれほどまでの衝撃になるのだろうかと想像する。浮かんだ想像は、今いる水場の水全てが衝撃で飛び散っていくというものだった。そこにいるイユたちは当然、無事ではすまないだろう。
「させないわ!」
一か八かである。イユは、ブライトたちのほうへと向いていた足を岩山へと向けて、そのまま駆け上がる。異能を使い、今いるロック鳥の高さすらも追い越して、更に上へと向かう。ほぼ垂直のその岩山に、持ちうる限りの速さを注ぎ込んだ。
そうして、限界がやってくる。
イユは重力に抵抗せず、体をロック鳥のほうへと傾けた。くるりと体が反転し、岩山から離れるように落ちていく。風が、イユを襲う。目を細め、ロック鳥の真上へと着地地点を定めた。
足に力を入れて、その頭部に蹴りを落とす形で着地する。
ロック鳥は蹴りにはやはりびくともしなかった。とはいえ、しがみつかれたことぐらいは分かるようだ。ロック鳥の体が激しく揺れる。
「つっ……!」
今度ははじき飛ばされないように懸命にしがみつく。そうしていると、イユのいる場所が陰る。ちょうどそれは鳥の尾の形をしているのだと分かった。
「だから体が柔らかすぎよ!」
しがみ続けていると今度こそ潰されかねない。咄嗟に手を離すことでイユはロック鳥の首もとまで意図的に滑り落ちた。そのおかげでかろうじて尾の攻撃から逃れることに成功したのが、今この瞬間を生きているという事実から分かった。
ところがそこで、自分の尾に攻撃されたロック鳥が痛みに体を仰け反らせる。
狙い通り、剣も魔法も通じないロック鳥に自分で自分を攻撃させることができたのだと実感するが、さすがに勢いが強すぎた。なすすべもなくイユの体は空中へと放り出される。
悲鳴を飲み込んで着地の態勢をとる。ここからだと、地面はかなり離れているが、他に手が思いつかなかった。
「手を出せ!」
レパードの声が耳に届き、訳もわからず手を伸ばす。その腕を掴まれ、イユの体ごと岩山へと流される。
レパードが空を飛んできてイユを掴んだのだと遅れて気づく。
リュイスはリュイスで、風を操って飛びやすいように調整したのだろうことも、察せられた。
「げっ」
しかし、空中を飛んでいる二人は見てしまった。イユは、ロック鳥の前方へと放り出されたのだ。だから振り返ったイユも、イユを引っ張る形で自分の方に手繰り寄せようとするレパードもその目を見てしまった。
怒りのこもった赤い目がイユたちに向けられている。けたたましい声とともに、二人に食らいつこうとその嘴を開けている。
「リュイス! 風を上から下に叩きつけろ!」
レパードの翼だけではどうにもならないらしい。レパードが落下の態勢をとりながら、足止めに紫の光を放つ。
だがロック鳥の速度は全く変わらない。なすすべもない二人の前で、あっという間に近づいてくる。イユの視界は、嘴の中の岩の塊でいっぱいになる。リュイスの魔法が、あと一歩間に合いそうにない。
――――食べられる。
観念して目を閉じたとき、ブライトの悲鳴に近い詠唱の声が響いた。
次の瞬間、目の前にいたロック鳥が吹き飛んだ。何の予兆もなく、文字通りそこにあったはずのロック鳥の頭部が消えたのだ。そうとしか、表せなかった。
「なっ!」
今のはイユの声だったのかレパードの声だったのかも、分からなかった。音すらも奪われた世界で、ロック鳥だったものががらがらと崩れだす。気づけば、それは残らず地面に崩れ落ちていった。
「やったの……?」
何の魔術か知らないが、よほど強力なものだったのだろう。イユたちの力ではまるで歯が立たなかったロック鳥が崩れ去る威力なのだ。
緩々とレパードとともに地面へと降り立つ。そうして転がったロック鳥の破片を踏んだとき、地面が震えた。
一体が倒れたのがショックだったのだろうか。もう一体のロック鳥が今迄に聞いたことのないような、胸が張り裂けそうな大声を張り上げたのだ。
魔物にも悲しいという感情があるのだろうかと、不思議に思わされる。
「刹那!」
リュイスの声に振り仰げば、ロック鳥にしがみついたままだった刹那が振り落とされる瞬間だった。頭から叩きつけられそうになったところを、辛うじて駆けつけたリュイスが受け止める。
ロック鳥は、こうした足元の出来事などまるで見ていない。真っ先に、先ほどもう一体へととどめを刺したブライトへと飛びかかっていく。
「無理、無理、無理ぃ!」
ブライトの泣き言が聞こえるものの、助ける余裕は全くなかった。あっという間に追いつかれたブライトは、ロック鳥の羽で弾き飛ばされる。容易く空を舞ったその体は、次の瞬間地面に叩きつけられるとともにぞっとするほど鈍い音を発した。
「ブライト!」
ぎょっとしたイユは、倒れたブライトへと駆け寄ろうとする。
そこにロック鳥の尾が叩きつけられる。イユたちに向かってではない。それよりも遥か前方にある地面にだ。にも関わらず、叩きつけられた勢いで舞い上がった地面の砂が、余さずイユに覆い被さってくる。堪らず腕で目をかばったのが、逆に隙として現れた。
衝撃とともに身体が空へと舞ったのを感じた。尾か何かで振り払われたのだと痛みから気がついたが、それ以上の理解は追いつかない。とにかく全身を激痛が襲い、息さえもできなかった。
「レパード、イユ!」
ただ耳に届いた刹那の声に、同様に吹き飛ばされたのはレパードもだと知った。それだけで精一杯だった。
受け身も取れずに地面へと衝突した衝撃に、イユの体が続けての悲鳴をあげる。吹き飛びかけた意識を必死に手繰り寄せて、無理やり目へと意識を持っていく。兎にも角にも現状を把握したかったのだ。
遥か先で、ロック鳥が羽でリュイスを吹き飛ばすのが見えた。リュイスはイユたちの元へと駆け寄ろうとしていたようだ。咄嗟に避ける仕草をしていたものの、容易く弾き飛ばされたリュイスは起き上がらない。
このままでは全員倒れてしまうという危機感を前に、イユは自身の身体を叱咤した。全身の痛みを無視して無理やり体を起こす。目だけはロック鳥を正確に追う。
ロック鳥の狙いは最初からブライトだ。近くに刹那が倒れていたが見向きもせず、ブライトに向かって歩き出していた。一歩一歩が慎重だ。恐らく、ロック鳥なりに魔術を警戒しているのだろう。
一方のブライトは、ただ地面を這いずっていた。何かに必死に手を伸ばしている。
そこに『ロック鳥の羽根』があるのを見つけたところで、イユは呆れを通りこして戦慄した。この状況で、一体何故薬草一つに執着できるのか理解ができなかったからだ。ましてやその薬草はブライトに何ももたらさない。喜ぶのはブライトとは関係ないセーレの船員だけなのだ。
誰かが健在であり、その誰かがブライトを見ているなかで、そうした行動をとるのならばイユにもわかる。ブライトが貢献することで、魔術師といえども周囲は認めるだろうと予想できるからだ。
だが、今は全員が倒れている。イユが見ているのもブライトは把握していないだろう。だというのに、ブライトは止まらない。ブライトは、イユのことを玩具か何かのようにしか扱わない魔術師の一員だ。そのような存在が、どうしてそこまでして誰かの命の為に身体を張ろうとするのからまるで理解できなかった。
決してブライトのことを認めたわけではない。まだイユにとっては魔術師は危険な存在で憎いということに変わりはない。けれど、疑問の答えを分からないままにしたくないと感じた。だから、ブライトの元へと走ろうとしたのだ。
だが、その瞬間足に力が入らず前へと崩れる。痛みならば無視して走ればよかったが、その力が役に立たない。イユの足は叩きつけられた勢いで折れていたのだ。
折れてしまったものを動かす力はイユにはない。悔しさで視界が滲んだ。このままでは絶対に追いつけない。助けられないのだ。
堪らず伸ばした指に何かが触れた。小石だと気が付き、はっとする。小石なら周りにたくさん転がっていた。ロック鳥が砕けた後の残骸が飛び散っているのだ。
駄目元で何個か投げつける。しかし、圧倒的に距離が足りない。遥か手前で小石が弧を描いて落ちていった。ロック鳥は気づいてさえいない。いくらイユでも投げる距離には限界がある。せめてもう少し近づかないと無理なのだ。
とうとうブライトの目の前にまでロック鳥がやってくる。ブライトは、『ロック鳥の羽根』を再びポケットに突っ込んでいるところのようだ。
ロック鳥が勝利を予感したのか、大きく羽を広げてみせた。
「ブライト!」
リュイスが叫び、その声でロック鳥が首を振った。ロック鳥の目にもイユが見ているものと同じ、水辺から立ち昇る渦が見えたのだろう。
竜巻だと直感した。それが水を吸い上げている。
倒されたリュイスは魔法を使うべく、ずっと意識を集中させていたのだろう。そのリュイスにより、水を十分に吸い上げた竜巻がロック鳥へと襲い掛かっていく。
ロック鳥は避けようとしたのだと思う。だが、そのときには既に体が言うことをきかなかったようだ。
「……かなしばりは魔術師の専売特許なんだよね」
ふり絞ったブライトの声がイユの耳に届く。薬草をポケットにしまう時間、かなしばりの魔術を発動させたようだ。とはいえ、この程度の竜巻でロック鳥がどうにかなるものとはイユには思えなかった。何より、リュイスは言っていたはずだ。一番強力な魔法でも歯が立たなかったと。
「動けるか?」
声が聞こえて振り仰ぐと、肩を抑えたレパードが見下ろしていた。
「難しいわ。片足をやられたの」
動かないのは、右足だけだ。伝えると、
「わかった」
と答えたレパードは翼を出す。鱗が月の光を浴びて鈍く光っている。
「レパード?」
意図が読めないでいると、
「ブライトにさっきの魔術を撃たせる必要がある」
レパードは、早く掴まるようにと告げる。
「この距離だと間に合わない。だが、お前は石でも何でも投げられるんだろ?」
イユはしゃがんだレパードにしがみつく。右手はレパードの肩に回し、左手で近くにあった石を持った。竜巻とは別にレパードの周囲に風が集うのを感じる。リュイスの補佐だろう。
水の竜巻はロック鳥を襲っている。ロック鳥の悲鳴が聞こえるが、恐らく水をかぶって驚いている程度のことだ。そして、その奥ではブライトが法陣を描いている。
それを確認したところで、ロック鳥のけたたましい声が響いた。水の竜巻はまだある。だが、かなしばりは解けてしまったようだ。
ロック鳥が羽で水をはじく。近くにいたブライトは思いっきり水を被りながらも手を動かしている。水で折角描いた文字を消されてしまわないようにと、体全体で法陣を守りながら、複雑な法陣を描き続けているのだ。
幸いなことに、ロック鳥は対象をブライトからリュイスに切り替える。そのまま倒れた状態で魔法を操るリュイスに向かって走り出した。
「今だ!」
「わかっているわ!」
レパードの声にイユは持っていた石を思いっきり投げた。元ロック鳥の残骸とはいえ、今やただの小石だ。
だが、イユの異能の力で投げつけている。ロック鳥の体はロック鳥自身の尾で傷ついていたのだ。同じ材質の小石であっても、効き目があるはずだ。だから、せめて当たりさえすれば効果は期待できる。祈るように、イユはロック鳥へと向かう小石の軌跡を見つめた。
ロック鳥はあっという間にリュイスの目の前へと辿り着く。そうして更に一歩進もうとしたとき、またしてもその動きが止まった。
「かなしばりの法陣はそっちにも描いておいたんだよね」
ブライトの発言を、果たしてロック鳥が理解したのかは甚だ疑問だ。少なくともロック鳥は動けないことで怒りの声をあげていた。無理矢理に身体を動かそうとして、ビリビリと何かが破れるような音が響く。そうしてロック鳥はブライトへと振り仰いでみせた。ぎょっとしたブライトの様子で分かる。魔術による拘束を、力で破ってみせたのだ。
そしてちょうどそこに、イユの投げた小石がロック鳥の眉間へと命中した。
ロック鳥の頭部にひびが入る瞬間を、目にする。ロック鳥の怒りが今度はイユたちに向いたと感じた。赤い目が確かにイユたちを捉えたからだ。
だが、初めに挟み撃ち作戦を用意した鳥だ。学習能力があるようで、狙いをイユに切り替えることはしなかった。代わりに、近くにいた倒れたままのリュイスへと嘴を下ろそうとする。その動きからかなしばりは、既に完全に解けたのだと感じさせられた。
「リュイス!」
思わずあげた悲鳴はレパードのものだ。
嘴がまさにリュイスへと振り下ろされそうになったその瞬間、リュイスのいた背後から白い影が彼をさらった。刹那だ。
何もない地面を突き刺した嘴にリュイスが念押しの魔法を放つ。狙いは体ではなく、目だ。近くにあった砂を舞い上げて一気にその瞳へと風が向かう。視界をつぶされたロック鳥が思いっきり頭を振った。
そのときにはリュイスと刹那が、距離をとっている。そしてーー――
「これで、終わりだよ」
ブライトの宣言とともに、法陣が完成する。
危険に気づいたのだろうか、ロック鳥が雄たけびをあげてブライトへとものすごい勢いで走っていく。
法陣が淡い光を発する。ブライトの髪のような桃色だ。そこから、光が幾重にもわかれてロック鳥に向かっていく。
イユは息を呑んだ。美しい光の柱だったが、それがとてつもなく危険なものであると悟ったからだ。
幾千もの光線になった光が、目標のロック鳥へと向かっていく。その速さはイユが力を使って走ったところで到底追い付けるものではなかった。
けれども、ロック鳥は勇敢だった。最初の二発を、首をかがめて躱し、羽を貫いた痛みに耐えながらブライトへと迫る。そうしてブライトを目の前に捕え、そしてその嘴を下ろすところまではいったのだ。
だが、嘴を下ろしたはずのその場所にいたブライトが、突如かき消えた。
絶望に見開いたその目に光線が焼き付く。




