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カルタータ  作者: 希矢
第十章 『裏切リノ果テ』
709/994

その709 『山を抜けて』

「見つけたわ」

 目を凝らして見えるのは、空に浮かぶ二つの島だ。一つは小島で、もう一つは少し大きめである。後者には山らしい起伏があった。アグルの言う特徴に合致したことで、目的地と理解する。

 更に目を凝らせば、赤肌の山の表面が見えてくる。村里らしき木の家々も確認出来た。思っていたより山と村里は離れている。村里と山の間には森の如く木が生い茂っているのだ。あそこを進むとなると、意外と時間が掛かりそうだ。

 そして、村里から離れ山を登ったすぐ先に、窪みが見える。崖になっているようだ。近づいてみないとまだなんとも言えないが、隠れ場所に使えそうである。

「念のため、もう一つ探しておきましょう」

 リュイスからそう指摘がある。

「そうね。見え見えの隠れ場所なんて気づかれそうだもの」

 言わんとすることを察して、先回りする。目を凝らして見ていたら、先にリュイスが声を上げた。

「あそこはどうでしょうか」

 リュイスの指の先を辿って、はじめてそこに豆粒ほどの小島が浮かんでいることに気がついた。その真下が陰になっていて、遠目では僅かに窪んでみえる。

「近づいてみないとはっきりとはわからないけれど」

「恐らく、タラサを隠せるだけの岩壁があります」

 どうして断言できるのか、イユにはよく分からなかった。ただ、影になっている分隠れやすいとは感じる。

「いいわ。候補に入れておきましょう」

 二人で大体の着陸場所を予測し、伝声管でラダたちに連絡を入れる。そうしている間にも、レイヴァスト島はどんどん近づいてきた。

 そうなると、遠目ではよく分からなかった地形が鮮明になる。いくつか絞っておいた候補地が更に絞られていく。

 村里に隠れるように雲間を抜けて、タラサは進む。そうして裏に回ると、よりはっきりした。リュイスの言う候補地の一つだが、岩壁がタラサをすっぽり隠せるようになっていたのだ。

「リュイスの最初の候補が良さそうね」

 そう結論づけ、同時に抗輝がいやしないかと目を凝らす。飛行船の珍しい島ならば、飛行船を見つけた時点でいる可能性が増す。だから、タラサ以外の飛行船があればそれが抗輝だ。

「抗輝はきていなさそうね」

 飛行船は一隻もなかった。

「隠れている可能性は否定できないけれど」

 例えば村里近くでよいと割り切ってしまえば木々の合間に飛行船を隠すこともできる。飛行船に色を塗って偽装でもされたらイユの視力でも見つける自信はない。

「はい。幾らここから風月園は距離があるとはいえ、先にたどり着かれている可能性もないとは言い切れません。着いてからも警戒は怠らないようにしましょう」

 リュイスの言葉に頷く。それから、航海室に着陸地点を提案する。

 航海室も映像越しに着陸地点は探していた。意見合わせをした結果、リュイスが最初に提案した候補地が選ばれる。

「二人は一旦入ってくるんだ。木々の中に突っ込むから、枝葉で大変なことになるよ」

 ラダの助言に従って、中へと駆け込む。すぐに、着陸が始まった。



 どんどん島へ下降していく感覚が、船内にいても伝わってくる。伝声管越しに揺れへの警戒を促す声が入り、廊下で待機しているイユたちも、壁側へと身体を寄せることにした。

 暫くすると、がたがたとタラサが震え出す。外からは木々の折れる音や草の当たる音が聞こえてくる。


 森の中に突っ込むというのは、船体に傷をつける行為だ。本当は船のことを考えるとあまり良い着陸とは言えないかもしれない。

 けれど、なるべくタラサのことは見られたくないという考えがあった。来ているかもしれない抗輝に、タラサを目撃されて襲撃でもされたらと思うとぞっとする。それだけは避けたいものである。


 そうしたことを考えながら衝撃に耐え続けていると、ふいに音が止んだ。

「着陸したよ。一応周囲の警戒を頼む」

 ラダの声にリュイスが返事をする。

「行きましょう」

 続けてイユに声を掛けると、先に甲板に出ていった。

 リュイスを追ったイユは、甲板に出た瞬間にむっとする空気が肌を撫でる感覚を味わう。森の匂いがし、遠くでは鳥の鳴き声がする。暖かさに目を細め、周囲を探る。目視で確認する限りでは人の姿はない。一瞬何かいるとリュイスから指摘があったが、それは小鳥であった。

「大丈夫そうよ」

 伝声管に呼びかける。

「カメラでの確認も問題なさそうだ。俺たちも向かう」

 レパードから返事がある。ポツンという音が最後に漏れ聞こえた。




「イクシウスでも暖かいですね」

 リュイスからそう声を掛けられる。

 確かに、小雪の降っていた島の外とは打って変わっている。湿気もあり、生命力に満ちていた。レイヴィートの近くで墜落したときにいた島を思い返す。あのときも緑はいきいきしていたが、イクシウスならではの寒さは残っていた。ここは、そうではない。寒さなど感じさせないのだ。

 どちらかというと、暑いぐらいである。そう思ったとき視界が雲に覆われた。髪に、頬が濡れる感触を味わう。あっと思ったときには視界の悪さはかき消え、近くのリュイスが鮮明に映る。

 雲と感じたが、違和感があった。雲のなかに入ると水っぽくなるときもあるが、その感覚とは何かが違う気がしたのだ。少しして温かい気がしたことに気がつく。恐らくは地面だ。地面が熱を帯びていてそこから白い何かが立ち昇っている。

「これは、湯気?」

 湯気という言葉が浮かんだのは、近くで水の音がしたからだ。温泉があるといっていたアグルの言葉を思い出す。意外とタラサの近くにあるのかもしれない。


「待たせたな」

 声に振り返ると、レパードと刹那、アグルが船外へ出たところであった。

「ほら」

 レパードがすぐに手に持っていた包みを渡してくる。受け取ったイユは、鞄へと丁重に入れる。リーサからもらったばかりの、お弁当だ。

「よし、じゃあ行くぞ」

 事前の話は既に終わっている。あとは慎重に進むだけだ。レパードの言葉に頷いて、甲板から下りる。

「アグル、この近くで水の音がするけれど」

 着地した途端、緑の匂いが鼻を突いた。すぐ間近にある青々とした木々が、イユの顔を撫でようとする。

 それを僅かに顎を引いて避けてから、そうアグルに確認をする。

「何か湿った感覚があるし、温泉が近いの?」

 アグルが返事をする前に、どこかで野生の生き物の声がした。

「何?」

 魔物かと警戒するが、アグルは足を止めない。

「鳴き声からいって、猿の類です。この島で魔物は出ないので大丈夫です」

 アグルの話では、猿とやらは魔物に比べれば遥かに安全らしい。食べ物だけは見せないようにと言われたので鞄の口を念入りに抑えることにする。

「先程の話ですが、あり得ないことはないです。自然の温泉は猿が利用していることもあります」

 温泉を嗜む生き物と聞いて、猿とやらが理解できなくなった。唯一、魔物に比べて安全という言葉に妙な納得感がついてくる。

「周囲は、レンドたちに任せれば大丈夫だ。それより俺たちは進むぞ。アグル、頼む」

 レパードから声が掛かり、大人しく頷くことにする。確かに、温泉については仲間に任せておけば問題ないだろう。それよりもイユたちは、本命を片付けなくてはならない。

 アグルの先導に従って突き進む。アグルの後には順にレパード、イユ、刹那にリュイスと続く。一列なのは鬱蒼と茂る森の道が思いの外狭いからだ。

「イクシウスなのに、暑いんだな」

 暫くして、リュイスと同じような感想をレパードが述べる。皆、思うところは同じらしい。

 レパードの声を拾ったアグルが背中越しに返す。

「空と違い、飛行石の恩恵が大きく出ているんだろうと言われています。里の言い伝えでは、あの山に飛行石がふんだんに眠っていると」

 見上げれば、木々の隙間からアグルの言うあの山が見える。空から見るのとまた違い、随分荒々しさがあった。赤肌がまるで炎のように熱を持っているかのようだ。

「あの山、確かに普通の山じゃなさそうだな。魔法石もとれるのか?」

 山が持つ生命力に何かを感じたのか、レパードがアグルへ質問を投げかける。

「すみません、わからないです。どちらかというと神聖な土地なので、赴くことがないんです」

 住民の近寄らない山。抗輝が潜むにはうってつけと思ったが、それ以上考えるのはやめておいた。怪しい場所を探していたらきりが無い。それよりは足に力を入れて早く里に向かったほうが確実だ。

「このあたり、魔物は本当にいない?」

 刹那が鬱陶しかったようで手元の草を切り払って尋ねる。

「はい。魔物は里では見たことがないです」

 こんなに生命力に溢れた場所だ。生き物が多いことが予想されるだけに、人間を食らう魔物がいてもおかしくはなさそうである。刹那の疑問は最もだった。

「山の加護?」

 刹那の問いかけにアグルは肯定する。

「そう言われています」


 それから数時間は歩き続けた。時折談笑を挟みつつも、周囲の警戒は怠らずに森の中を進んでいく。

 結局のところ、アグルのいったとおり魔物とは出くわさなかった。

 魔物のいない地域もあるのだと驚くとともに、何故いないのか不思議になる。シェイレスタの都など都の地下にすらいたのだ。その違いは何なのだろう。

 熟慮する時間はあったが、良い答えは見つからなかった。

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