その704 『江湖の縁』
「え、王家?」
あまりにすっ飛んだ話にイユは目を瞬く。王家などイユからしたら雲の上の、更に上の話である。
理解できないから否定にかかった。
「何でよ。アグルはカルタータの関係者じゃないでしょう」
だからアグルは抗輝のいる側へと渡されたのだ。そう言いかけて、気づいてしまった。
「それとも、へクタが」
「俺たち以外にいた、カルタータの『生き残り』か」
十二年前に滅びたとされるカルタータ。そのときの唯一の生き残りが、リュイスたちだ。だけれども、その前提には大きな間違いがある。
「生き残りがいないなんてことはない。俺たちはシズリナにあっているからな」
カルタータの姫巫女。それを思い出して、イユはあっと声を挙げる。たいそうな名前がついていると分かっていて、今まで気がついていなかったのだ。
「王家って、まさかあいつが?」
「話がつながってきましたね」
ワイズに言われ、そうつながるのかと驚きしかない。
「良く気づいたわね、ワイズ」
「あなたが愚かなだけです。と言いたいところですが、刹那の、克望のことを嗤っていたという話で思いついただけです」
「克望のことを嗤うと、どうして?」
理解できていない刹那が、首を傾げる。
「克望が一番欲しかった情報を、そうと知らずに手放した。そのように捉えられましたので」
克望が欲しかったのはカルタータの情報だ。だからこそ、カルタータの関係者だけを手元に置いた。その結果、本当に欲しい情報を持っているアグルを手放した。それを知って、抗輝が克望を間抜けだと称したのだ。
「つまり、アグルこそがカルタータの情報を持っていた?」
イユの問いかけにアグルは全否定した。
「いや、俺。そんな知らないっす。カルタータなんてここに来て初めて聞いたぐらいで」
確かに、もしヘクタが持っていたという紋章がカルタータの王家のことと知っていたら、アグルは積極的に話していただろう。へクタの死の意味を聞く良い機会だったはずだ。
「へクタという人物はよほど警戒していたのでしょうね。友人のあなたにもカルタータにいたことを報せなかった」
ワイズの言葉に、刹那が呟く。
「知らせたくない記憶が、あった?」
イユはそれで気がついた。
「あ、へクタが死んだのって……」
記憶を視られないようにするためではないか。そう思いついて、言葉を呑み込んだ。
けれど、アグルも悟ったようだ。
「おかしいとは思っていたんです。あいつは、全てを放棄して自死するような奴じゃないのにって」
だからこそ、アグルは友人の死の理由を探していた。
「つまり、あいつは記憶という情報を洩れないようにするために、意思を持ってやったってことなんですね」
ヘクタという人物をイユは知らない。けれど、アグルから語られるヘクタには妙な強さがあった。そして、自死すら選んでしまうほどの意思があった。
その生き方をイユは正しいとは思えない。結果としてアグルを追い詰めているし、何かが解決したとも思えないからだ。
けれど、そこまでしてヘクタという人物がやりたかったことはなんだったのだろうとの関心はあった。ヘクタの生き様、その理由がイユにはしっくりこない。だからこその興味だ。
「王家の紋章か」
レパードが呟く。関わるとしたら、やはりそれだけだろう。
「あいつよね」
紫の髪をなびかせた飛竜乗りの少女。その意志の強い瞳を思い出す。
「あぁ、シズリナだ」
ヘクタ自身が王家の人間だったとしたら、自死は選ばないだろう。守りたいなにかがあるから、選んだ。つまり、シズリナのことが漏れないようにするために、自死を選んだ。そう考えれば、ありえないことでもない。
「シズリナという人があいつの死の理由……」
ヘクタのことを思ってか、アグルが呟く。
「ですが、アグルさんはへクタさんではないですし、へクタさんは死んでいるということです。そして、シズリナさんはもう捕まってしまっています。それだけが抗輝の欲しい情報とは思えません。まだ何かあるんじゃないでしょうか」
リュイスの問いかけに、一同は黙り込む。王家に絡むことはわかっても、その先に繋がるものが浮かばなかったからだ。恐らくは、大いなる力に絡むことなのだろうとは予想できている。けれど、具体的にどう絡むのかまでが分からない。もどかしい。あと少しのところで、答えが出ずにいる。
「その、王家の紋章ということなんですが……」
そのなかで、アグルがおずおずと意見を述べる。
「えぇ」
話の続きを聞くために、イユは頷いて先を促す。少しでもヒントになることがアグルの口から聞けるかもしれない。そうすれば、マレイユを助け出す手掛かりにもなるだろう。
「ペンダントなんです。あいつの形見で……」
そこで、具体的な品物が出てくるとは思わなかった。ペンダントなどと意味深である。何かの鍵になるかもしれない。そう思わせるに足るものだ。
しかも、アグルの言葉はまだ続いていた。
「それで、なくすといけないからって、預けてあるんです。えっと、俺の実家に」
「は?」
あまりに素っ頓狂なことを言うので、イユたちは面食らった。
まさか、ここでアグルの帰郷が決まるとは思いもよらない。




