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カルタータ  作者: 希矢
第十章 『裏切リノ果テ』
703/994

その703 『鍵』

 医務室は暗かったが、人の起きている気配があった。

「アグル、いい?」

 アグルは医務室で寝ていたわけではない。眠っているレンドの前で椅子に座っていた。

「船長。刹那たちも御揃いで……」

「レンドの状態、どう?」

 刹那の質問に、アグルは頷く。

「あ、はい。呼吸は荒くないので大丈夫だとは思うんですが……」

 心配なのでついているといったところのようだ。

「それに、まさかこんなに医務室に人がいるなんて思わなくて」

 アグルの戸惑いは、医務室に埋まっているベッドにある。どのベッドでも誰かが寝ている有様だから当然の反応だろう。

「私がしたこと。怒っていい」

 刹那の言葉に、アグルは困惑の表情を浮かべている。掛ける言葉も思いつかないようで、暫く沈黙が続いた。


「それはそうと、少し話がある。いいか?」

「あ、はい。場所を変えた方が良いですよね」

 沈黙を破ったレパードの言葉に、長話になると予想したのだろう。アグルからそう提案がある。

 そのほうが良いだろうと、そう答えようとしたところで医務室の奥から声がした。

「僕もその会話、聞かせてもらいます」

 出てきたのは、ワイズだ。恐らくはまた魔術を使ったのだろう。顔色が悪くなっている。

「お前は、転送機能の件でも疲れているんじゃないか?」

 レパードも気遣うようにそう尋ねる。

 実際にワイズは、ここのところライムとクルトとで飛行船の転送機能の解読に勤しんでいた。数日間以上かかると思われたが、殆ど不眠不休の三人の努力の結果、早めに掌握できたのだ。そのおかげで今回、予定より早く風月園に赴くことができている。

 もしワイズたちの努力が実らなければ、助けられなかったのはジルだけではなかったかもしれない。そう考えてしまうと、寒気がした。

 無意識に腕を擦ったところで、ワイズの表情の翳る瞬間が目に留まる。

「僕が疲れているなら、ライムさんは……。いえ、心配は無用です。行きましょう」

 ライムと一緒になって作業していたのだ。だから、ワイズにもジルの件で思うことはあったのだろう。

「とりあえず、食堂に行きましょう」

 この時間だ。今なら誰もいないはずである。イユの提案に皆が頷いた。



「リュイス?」

 ところが、食堂には人がいた。リュイスが一人、お茶を沸かしていたのだ。

「その、眠れなくて。皆さんはこれから何か?」

 振り返ったリュイスの表情は、優れない。ジルの死を考えて眠れないのはイユだけではなかったらしい。

「ちょうどいい。お前も聞いていくか」

 巻き込まれる形になったリュイスが、一同が座るテーブルにお茶を出していく。その間に、ざっくりレパードからこれまでの説明があった。

「なるほど。アグルが情報を握っている可能性があるということですか」

 リュイスの納得に、レパードは頷く。

「そういうことだ」

 一通り話し終えたレパードは、アグルに視線を向けた。

「というわけなんだが、アグル、何か知っていることはあるか」

「何って、俺は別に何も……」

 落ち着いたようにみえたアグルだが、その顔はこうして食堂の明かりに灯されると憔悴していることが分かる。一度にいろいろあったせいだろう。

 あまり問い詰めるのもよくないと思いつつも、答えはアグルが持っているようにしか見えない。

「アグルも記憶を視られた?」

 思い当たらないアグルに何かヒントを得ようと思ったのか、刹那がそう訊ねる。

「それは、そうです」

 苦しげにアグルの顔が歪む。初めに聞いたときは何ともなさそうだと思ったが、そうではないと気がついた。時間が経てば経つほど、思い出したくないと思うほどには嫌な思いはしたのだ。

「俺たちはギルドの習慣として、以前どこにいたかとかは詳しくきかないな。けれど、もし今回のことでヒントになりそうなことがあれば、教えてほしい」

 レパードが困ったように、そう告げる。

「思いつきません。今ずっと頭に浮かぶのは、友人の死に顔ばかりで。それがジルとかぶってしまって……」

 アグルが顔を伏せてそう呟く。思ったことをそのまま口にしてくれていることは伝わってきた。胸の痛みを感じつつも、友人という言葉にイユは思い出す。

「友人ってへクタ?」

「はい。覚えていたんですね」

 スズランの島でアグルを救出したときに、聞かせられた友人の話だ。遠い昔のことのように思えるが、イユは覚えている。

「忘れないわよ。『異能者』だったんでしょう?」

 だから、異能者施設に連れていかれる前に自害を選んだはずだ。

「いえ」

 ところが、意外な否定がある。面食らった。

「え、違うの?」

 アグルは考える仕草をする。恐らくは暗示の副作用で当時の記憶が何度も蘇っている状態なのだろう。それで、記憶を辿ることができている。

「正確には違うと思います。というのも、へクタが異能を使うところなんて見たことがない」

「それなのに、命を絶った? 『異能者』だとばれて?」

 レパードの言葉に、アグルはおずおずと頷く。言っていることが矛盾していると分かってか、自信がなさそうな顔である。

 けれど、嘘を言っているようには見えない。異能を使わないでいる『異能者』が見つかる可能性を考える。あるとしたら、『反応石(トルピット)』だろう。異能を使わなくともばれたのは、いまだに痛い思い出だ。

 しかし、あれはそこまで出回っている代物にも見えなかった。イクシウスの汽車とレイヴィートの街だけで、少なくとも他では見かけたことさえない。

 どうしても腑に落ちない。

「何かありませんか?」

 今まで口を閉ざしていたワイズが、お茶をすすった後そう訊ねる。

「ワイズ?」

「そのへクタという人物に関わる何かを、語ってもらうことはできますか」

 何か思い当たることがあるのか、その目は真剣だ。

「記憶を読ませろとは言わないんですね」

 アグルは若干の警戒心を覗かせている。同じ『魔術師』に記憶を読まれた後なのだ、当然の反応ではあった。

「あいにく、その手の力は習得していないもので。他人の人生なんて興味ないので、やりたくもありませんが」

 それをワイズはいつも通りに言い切る。

「確かに、ブライトとは違いそうっすね」

 その断言に、アグルは意外そうな顔を浮かべる。それがイユには不思議だった。アグルのその顔は、ワイズは嘘をついていないと、そう悟ったものに見えたからだ。

 そうして切り替えたアグルは記憶を手繰ろうとしてか手を組む。目を閉じ頭を手元へとくっつけて、悩む様子を見せる。

「……あいつに関わること。そうはいっても」

 思いつかないようだ。

 これは、手掛かりが見つからないかもしれない。そう思ったとき、ワイズが紙を取り出した。そこに何か絵を描いていく。

「これは知っていますか?」

 ワイズが見せたのは、見たことのない紋様だった。真ん中に円が描かれ大きな両翼が伸びている。円の中心には小円があり更に小さな円が塗りつぶされている。

「えっ、それって」

「なんでそれを?」

 そこで、まさかのアグルとリュイスの言葉が被った。

「姉さんの魔術書の写しにあったので」

 二人は顔を見合わせる。

「ちょっと待て。なんでお前がこの紋様を知っている?」

 レパードも知っているらしく、焦った様子だ。

「いや、だって、それはへクタが持っていたもので」

 どういうことだ。理解できないでいるのはイユと刹那だけらしい。二人の視線を受けてか、混乱する三人を見てか、ワイズが溜息をついて告げた。


「これは、カルタータ王家の紋章です」


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