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カルタータ  作者: 希矢
第十章 『裏切リノ果テ』
701/994

その701 『慟哭』

 帰ったと、そう告げたレパードの顔が暗いことには、皆が気づいたようだ。

 甲板で出迎えられて、そのまま説明が始まる。

 レパードが事情を話していると、駆け込んできたリーサたちの顔色は途端に暗くなった。

 イユは、ばたばたと遅れてやってくる足音を聞いた。珍しいこともあるもので、扉の向こう側に金髪碧眼の少女の姿がある。ライムだった。

「あ……、嘘……」

 ライムの目は、真っ直ぐにレパードが抱えた遺体へと向いている。

「ライム?」

「嘘、だよね?」

 イユの声は届いていないようで、レパードに駆け付けその腕を掴んだ。

「ジルは、無事なんだよね?」

 レパードの太い腕に爪が立てられているのが、イユの目に見えた。それはライムの心の叫びを表しているかのようだった。

 それまで、イユは勝手にライムのことを機械だけが好きな変わり者だとしか考えていなかった。

「いやぁぁ……、ジル! ジル!」

 泣き叫ぶライムを目の前にして、そうではないことを思い知らされる。

「いつも通り元気にしていれば戻ってきてくれるって……、そう思ってたのに! 皆が無事に戻ってきてくれてたから、きっと大丈夫って思っていたのに!」

 きっと、無理をしていただけなのだ。わざと平気な顔をして、いつも通りの自分を作っていた。ライム自身がいつも通りならば、世界もいつも通りだろうと思い込んで、機械へと没頭していた。

 セーレが燃えたときも、鳥籠の森で主に襲われたときも、ずっとそうだった。イユはライムが休んでいた記憶を思い出せない。無理やり風呂に連れ込んだときぐらいかもしれない。その理由が今更ながらに分かった気がする。ライムはただ、余計なことを考えないように機械の世界に逃げていただけだ。

「ジルを殺したイカヅチは死んだ」

「そんなの、聞いても全然嬉しくないよぅ!」

 現実に戻されて、ライムは叫ぶ。そのあまりに痛々しい泣き顔を直視できず、視線をずらしたところで気配がした。

 船内へと入る扉の向こう側に、レッサの後ろ姿が見える。すぐに扉が閉まりその姿が消えた。

 レッサも、機関部員としてジルとは長かったはずだ。それが分かったから、いたたまれなかった。

 刹那が「ごめんなさい」と小さく呟いている。けれど、誰もその声に耳を傾けない。ライムの慟哭だけが、続いている。



「解読できました! やはりそうです。風月園までの距離だけではないです。転送機能、この条件なら自由に使えます!」

 珍しくはしゃいでやってきたのはワイズだった。ライムを探していたようだ。甲板に出たことで周囲の様子に気づいたらしい。開けられた扉の奥で、口を閉じるのが見えた。

「これは……」

 そう驚いたように見回し、治すべき人が既にいないのを悟ったようで、大人しくなる。この様子だと、レッサとは出会っていないようだ。

「……マレイユがまだ見つかっていない」

 レパードが暗い顔で呟く。

「悪い、ワイズ。ブライトの話は後にしてほしい」

「それは、勿論です」

 ワイズは事態をはっきりと理解したようで、表情を固くする。その視線が、刹那に向けられる。

 気にしているのだろうと、イユは気づく。刹那が、今回のことを気に病んでいることは想像に容易いからだ。

 けれど、もうイユたちにはどうにもならない。死者は生き返らない。幾らイユが力を調整できる異能を持っていても、既に動ける状態でない遺体を前にはどうにもできない。

 無力さを痛感する。悔しさに唇を噛みしめる。認めたくない現実に、視界が滲む。

「イユ、大丈夫?」

 リーサが心配してやってくる。自分も青い顔をしているのに、相変わらず心配性だ。

 見やると、マーサが泣き崩れるライムを抱きしめていた。


「……何?」

 音が聞こえて、イユは顔を上げる。レースが終わったらしい。昏い空に花火が灯っている。

「弔いの花火ですか」

 気がついたように、リュイスがぽつんと呟く。

「マドンナの、だろうが。キド。火を起こせるか」

 レパードが甲板に出ていたキドに指示を出す。

「このまま置いておくのは、あんまりだろう」

 キドとクロヒゲがすぐに火を起こす準備を始めた。


 燃えるのはあっという間だった。ジルの亡骸がどんどん燃やされていく。


 嗚呼 我らが空の女神よ 我らを導きたまえ

 願わくは 御魂が真なる海へとたどり着かんことを


 嗚呼 我らが海の女神よ 我らを赦したまえ

 願わくは 御魂が穢れし業より解放されんことを


 イユはセーレの皆と唄いながら、手を合わせ目を閉じる。間に合わなかった自分に、握りしめた手が震えた。

 もし本当に海か空の女神がいたのならば、誰もが助かる未来を導いてほしかった。けれどそうではないのだ。この歌詞は業からの解放を謳っている。イユたちはきっと罰を受けている。その罪が何か分からないままに、この虚しい気持ちだけが罰なのだろうと悟っている。


 嗚呼 我らが空の女神よ 我らを導きたまえ

 願わくは 御魂が真なる海へとたどり着かんことを


 嗚呼 我らが海の女神よ 我らを赦したまえ

 願わくは 御魂が穢れし業より解放されんことを


 いずれ遍く業が浄化され 無垢なる大地を歩む日が来たらんことを

 いつか来たる平和のその先に 女神の微笑みがあらんことを


 空に打ち上げられた花火が何度も咲いては散り、消えていった。


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