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カルタータ  作者: 希矢
第二章 『生キ抜ク』
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その7 『白船、来襲』

 思わぬ揺れに、周囲の者たちが近くのヘリや積み荷にしがみつくのを視界の端に捉える。倣いたかったものの、地面にしゃがんだ状態でいたために移動する時間もない。仕方なく、イユはその場に伏せ、一番近くにいたレパードの足を掴むことにした。

「ったく、行動が早すぎるぜ」

 レパードの言葉に振り仰ぐと、ちょうど船の後方から巨体が現れた。その皮膚が日の光を浴びて白色を返している。木造船ではない。鉄板に近い材質だが、どことなくしなやかな、古代の遺物を想起させる特殊な素材の飛行船だ。

「奴らの船?」

 イユが掴んだことに気が付いたのだろう。鬱陶しそうな顔で見下ろされる。

 非常事態だから仕方がないだろうと声に出したくなった。イユからしてみれば、子供の刹那やひょろっとした少年のリュイスに身を預けるよりは幾らかマシだったのである。

「他に考えられるものがあるか」

 責めるような発言はなく、代わりに質問を質問で返されたので、渋々「ないわ」と答える。


 そうしたやり取りをしていると、途端に風の流れが強くなった。

 白船が自分たちの乗っている船の後方から見え隠れするようになって、船の速度が上がったことに気づく。心なしか息がしづらい。

「しっかり捕まってろよ」

 レパードは周囲にそう伝えると、イユのように屈む。

 掴む足がなくなったイユの前に、腕を差し出された。何も言われないが、掴むなら腕にしろということらしい。大人しく持ち替えたイユは気になってレパードの様子を確認する。レパードは、イユのことなど見向きもせず、視線を白船のいた方へやっていた。


 そのあとすぐのことだった。今までにはなかった突風と衝撃が船全体に襲い掛かったのだ。

「リュイス!」

 レパードの余裕のない叫び声。そこでリュイスの様子を確認したイユの目に映ったのは、リュイスが、しがみついていた積み荷から大きく離れて飛ばされる瞬間だった。

 あっと声を上げることもできなかった。またしても風が襲いかかり船が大きく揺れたのだ。思わず目を閉じたイユに、リュイスの様子を見る術はない。だから最初に入ってきた情報は、耳からだ。

「大丈夫です!」

 リュイスの声に、イユは目を開ける。

 リュイスはかろうじて、後方にいたスキンヘッドの男に腕を掴まれていた。そこから体勢を立て直し、近くにあった木箱へとしがみつく。体を強打したのだろう。顔を顰めながらも、男に助けられた礼を述べている。

 甲板から投げ出されなかったのは、まさしく幸運としか言いようがない。


 リュイスの無事を確認したイユは、尚止まない風の強さに目を細めながらも、いつの間にか見失った白船を探した。


 リュイスを飛ばしたあの衝撃は、一体何だったのだろう。


 イユの疑問の答えはすぐに見つかった。甲板のヘリから時折白いものがチラチラとみえる。じっと観察していると、白い部分が増えてきた。白船に追いつかれているのだ。


 再び大きな振動がやってきて、あちらこちらで悲鳴が上がった。

 体当たりされている。その事実に気付いたイユは、真っ青になる。

 下手をすると、船が横転してしまうことだろう。逆さまになった飛行船の末路がどうなるのか、考えたくはなかった。


 レパードが何かを叫んでいるが、音にかき消されて聞こえない。

 風により髪は乱れ、視界を邪魔する。飛んでいこうとする帽子を押さえようと頭に手をやって、はじめて帽子がないことに気が付いた。撃たれたときに飛ばされたのだろう。


 再三の衝撃の後、風が弱まり、急に息がしやすくなった。一時聞こえていた悲鳴も収まる。

「おい、どうなった!」

 答えられる者はいない。しかし答えられる現実はあった。

 白船がぴたりと隣に並んだのだ。ぶつかるかぶつからないかすれすれのところを二隻の船が飛び続ける。

「速度を落とせ!」

 レパードの声が響いたが、ぶつかったときの衝撃に船員が立ち直れていないのか一向に速度が変わらない。

 そうこうするうちに、白船の中から兵士が出てくるのが確認できた。彼らによって、鈍色のロープが次から次へと投げ込まれる。先端に鉄の爪がついているそれは、狙ったように木の床に刺さっていく。

「ロープを切れ!」

 船員の誰かの声に、弾かれたように他の船員たちがロープに飛びついた。ナイフで切ろうとしているものの、何やら苦戦している。根本から抜こうとしている船員もいたが、そちらもうまく外せないらしい。どうやら中々切れない丈夫な素材で、且つ複数人がかりでないと外せないもののようだ。

 床に次から次へと刺さっていくロープを見てしまっては、幾ら船のことに詳しくないイユでも、危機感が走る。

「ちょっと、あんた。船長なんでしょう。どうにかしなさいよ!」

 単独でどうにかなればとっくに動いている。だが、船のことはちんぷんかんぷんだ。

「ねぇ、聞いているの?」

「怒鳴るな! 気が散る! あぁ、もう、迎えうつぞ!」

 声と同時に掛け声が上がった。見ると船員たちが貧相なナイフを掲げている。

 かたや兵士はどうだろう。彼らは一様に銃を構えていた。おまけに偵察船に似た銀色の板状の乗り物に乗っている者までいた。甲板上で一糸乱れず整列されれば、十分すぎる威圧感に笑いすら込み上げた。これでは、見る前から決着がついている。


 兵士たちはあっという間に船へと押し寄せてくる。

 早くも絶体絶命な危機に再び襲われることになり、さすがの頭もしっかりしてきた。相手の船には何人の兵士が用意されているのか、まずはざっと見積もる。


 いつまで気を失っていたかにもよるが屋内にも運び込まれず、そのままの状態で甲板で寝かされていたのだ。恐らくそこまで時間は経っていないだろう。それならば、短時間に白船に兵士を乗せてこの船を追いかけてきたことになる。希望を十分に含んだこの推測が正しければ、それほど大勢の兵士は乗っていないはずだ。


 起き上がったイユは、近くに降り立ったばかりの兵士に当て身を食らわせた。飛行船から弾き飛ばされた兵士がなすすべもなく落ちていくのを見守る。その近くで、誰かの走る気配を感じて振り返った。

 そこにいたのは、リュイスだった。降りて体勢を整えた兵士の懐に、さっと潜り込む。そのまま鎧の隙間を斬り上げるのかと思いきや、剣をくるっと回転させて鍔の部分へと持ち替え、押し込んだ。よろめき膝まづいた兵士の首筋、兜の隙間へと、とんと衝撃を与えて気絶させている。

 このようなときでさえ、殺さないつもりなのだ。

 呆れる時間も勿体ない。リュイスのことは捨て置き、周りを見渡す。


 船頭に着地した兵士の一人が、船に乗り込んだということもあってか遠慮なく乱射しているのが目に留まる。マストの近くの木箱はおろか、マスト自体に無数の銃弾が食い込み、帆の一部も穴が開けられてしまっている。あの兵士を早く叩かないと、墜落しかねない。


 イユは、木箱の後ろまで駆けだす。その途中で、白いヘアバンドの船員が視界を横切った気がした。

 その後を兵士が銃で狙いを定めながら、イユの目の前へと横断してくる。

「邪魔よ!」

 問答無用で突き飛ばした。勢いで尻餅をついた兵士は船員に任せることにして、目的の木箱へと急ぐ。


 乱射は止まる気配がない。銃弾に当たらないよう木箱の後ろに身を寄せる。

 先ほど確認したときから気づいてはいたが、木箱の反対側にまで穴は開いていなかった。木箱の中には銃弾もはじくような固い素材が入っているらしい。これは大変都合がよい。イユは遠慮なく木箱を固定するために縛ってある紐を引きちぎると、木箱を前方、船頭の方へと蹴り飛ばした。

 木箱が船頭に立っていた兵士に勢いよくぶつかっていく。

「おい、こら。物資を勝手に落とすな!」

 イユの戦いを見ていたらしいレパードが、悲鳴に近い声を上げた。そうしながらも、木箱から逃げようとした兵士をそのタイミングで撃ち落とす。

 レパードはどうやら銃を使うらしい。リュイスと違い、兵士たちの命への配慮はないようだ。おまけに逃げ足が速いらしく、イユが言い返そうと振り返ったときには、すでに物陰に身を潜めた後だった。物陰から不意打ちとは船長らしいにもほどがあると言ってやりたい。


 次のターゲットを探そうとしたところで、リュイスが再び視界に入る。変わらず戦っていた。三人の兵士に囲まれているが、銃弾も斬るリュイスの刃だ。助けに入る前に、三人が倒れこむ。攻撃の手法も見えない鮮やかな手口に、助けは必要なさそうだと判断する。

 リュイスのすぐ近くにいた刹那もやはりナイフを手にして二人の兵士と向かい合っていた。腕はわからないが誰もフォローに入らないところをみると信頼できるかもしれない。


 船員のものか兵士のものか、喚き声や悲鳴が木霊し、銃声は止まることを知らない。兵士の中には剣を所持している者もいるのだろう。ナイフと剣がぶつかり合う音も響いている。戦は続いているのだ。


 このまま戦っていても力尽きるだろうことは分かっていた。形勢逆転できる何かが必要だ。


 打開策を求めて、視線は相手の船へと移る。兵士の姿がまばらに見えた。今、船に乗り込んできている兵士の数より圧倒的に少ない。いっそのこと、白船に乗り込んで兵士たちを襲ってしまうことも考える。兵士たちの動揺を誘えば、幾分生き残る可能性が増えるかもしれない。それは悪い手ではないような気がした。

 そこでふと、気づく。白船に乗っている兵士のうちの一人が銃口をイユの方へと向けていることに。

 肝を冷やす思いでその場に屈む。間一髪、すぐ頭上を銃弾が通り過ぎていった。


 このままでは、本当に危険だ。どうせ同じ危険な思いをするのならば、自ら状況を覆しにいくべきだ。


 心の中でそう決意したイユは、イユの背後で今まさに剣を振り下ろそうとしていた兵士の後ろに回り、足を蹴り飛ばして転ばせた。それから思いつき、その兵士が握っている剣を奪った。

 ちょうど兵士の一人が銀色の乗り物に乗って飛んでくるのが見える。それに向かって手に入れたばかりの剣を投げつけ、足に力を込めるとその兵士に向かって跳んだ。位置を誤れば奈落の海へと落ちるほかないが、躊躇している余裕はない。

 剣を投げつけられた兵士は、驚いたことだろうが、どうにかひょいと横にずれて避けきった。しかしそれにより、まっすぐに跳んでくるイユに照準を定める時間はなくなっている。引き金を引くものの、地面が安定しないことも影響して、大きく的を外す。

 その機を生かさないはずがなく、イユは兵士を頭上から踏みつけた。踏み台にし、次の目的地へと跳ぶ。

 イユの視線の先にあったのは、白船の甲板だ。そこは、まさか逆に攻め入られるとは思っていなかったらしい兵士たちが慌てた様子で銃を構えだしているところだった。イユを撃ち落とそうと言うのだろう。

「遅いわ!」

 イユの声は、轟いた銃声にかき消される。

 しかし、狙い通り、その銃弾は上へと反れる。兵士たちの腕が悪いわけではない。イユの落下速度が兵士たちの想定よりも早いというだけだ。跳躍による速度もある程度調整できるのである。

 しかもイユは、着地と同時に周りにいた何人かを蹴り飛ばしている。撃ち落とすので精一杯だった兵士たちに防ぐ余裕はないことは計算していた。

 ところが、着地は綺麗に決まらなかった。蹴り飛ばした勢いで、ふらっとよろめいてしまったのだ。明滅する視界が、すぐに治らない。恐らく、血の回復に時間がかかっているのだろう。そのよろめく時間がもったいなかった。

 蹴り飛ばした兵士たちが起き上がって銃を構えだす気配がする。

 果たして間に合うか。

 イユの感覚ではぎりぎりだった。兵士たちがイユに向かって銃弾を撃ち込むのが速いか。それともイユが再び蹴り飛ばすのが速いか。必死の思いで足に力を込め、兵士の一人に向かって走ろうとする。


 そのとき、周りの兵士全員が再び地面に叩きつけられた。

「何?」

 何が起こったのかわからなかった。イユは思わず振り返る。その原因が後方にあるということだけは不思議とわかった。

 そこにいたのはリュイスだった。イユと同じようにして乗り込んできたのだろう。なぜか困ったような顔をして、その顔を少しひっかく動作をする。

「えっと……、魔法です」

 意味が分からないという顔をイユは隠さなかった。

「何よそれ」

 リュイスが異能を見て、魔法なのかと尋ねていたことをイユは思い出した。あのときは一蹴してしまったが、元々リュイスにとって、魔法というのはおとぎ話の類ではないのかもしれないと薄っすらと考える。

「龍族のもつ異能だと思ってください。銃弾を切ったのもこの魔法を使ったからできたことなんです」

 さらっと種明かしをされたが、イユには上手く呑み込めなかった。銃弾を切る力など聞いたことがなかったのだ。

 しかし、今は敵地にいる。暢気に話をしている余裕はない。イユは後で問い詰めようと心に決めた。

「それより、一人で敵の船に突っ込むなんて危険すぎます!」

「平気よ」

 空返事をしながらも、イユは扉から兵士が出てくるのを見つける。銃口が下がっていて、油断しているのが見て取れた。すぐに駆け付け、蹴り飛ばす。リュイスが慌てて駆け寄る気配を背に、扉の先を覗き込んだ。狭い通路が続いているのが見える。奥は思った以上に広い。そして、その一番奥に下り階段が見えた。

「どこまで行くつもりですか」

 イユは視力を調整し扉の先を再確認する。それにしても、希望的観測は当たっていたようだ。そこに兵士の姿はない。道中、扉は幾つか見えるが、人のいる気配がそこにはないのだ。

 とはいえ、一番奥の下り階段。その下には、恐らく誰かがいるだろう。少なくとも兵士たちの取り纏めが存在するはずだ。

「形勢逆転できる何かを起こすまで」

 通路の先を凝視しながらも、簡潔に答える。そうして、イユは進み始める。その後ろをリュイスがついてくる気配がした。

 暫くはそのまま歩き続けた。イユの足音に続いて、後方で小さな衣擦れの音が聞こえてくる。足音が殆どないのは、リュイスの癖なのだろう。そこまで考えて、小さく嘆息した。

 そうして、イユは振り返る。とうとう背後に感じるリュイスの視線に耐えられなくなったのだ。無視をし続けていたものの、いつまでもこちらを心配そうに見られてはたまらない。

「私、生きたいだけだから。そのためなら、……人殺しでも何でもするから」

 だからリュイスには構わないでくれといったつもりだった。優しすぎる少年には、この先は厳しい。イユの目的は取り纏めの排除になるのかもしれない。どうしたって命のやり取りをする機会がでてくる。


 リュイスの返事を聞くつもりはなかった。くるりと向きを変えると、一気に階段まで駆ける。

 その後ろで「それなら余計に、大けがした人がいかなくても」と、どこか不満そうな発言が聞こえた。それで、イユは遅ればせながらリュイスの考えに気がついた。

 イユはリュイスを連れていけないと考えていたが、リュイスもリュイスでイユを一人にしてはおけないと考えているわけだ。

「この現状、誰かが動かなきゃ死ぬだけでしょう」

 振り返って言えば、リュイスは意外なほど近くまで追ってきている。

「それなら、代わりに僕が」

「無理ね。あなたに人が殺せるとは思えない」

「殺すなんて、そんな必要はないと思うのですけれど……」

「そんな甘いことをいうような他人に命なんて預けるぐらいなら、自分で動くわ」

 口論を続ける気はない。イユはそう言って切り上げると、たどり着いた階段を下り始める。


 そこを風が突き抜けた。

 慌てて手すりを掴みながらも、イユは階下にいた兵士が吹き飛ばされる光景を見た。まるで紙か何かが飛ばされていくように、兵士が空に浮き上がっているのだ。

 どうにかできると思ったわけでもない。ただ追いかけようと駆け出し、そこで、あっと声を上げた。

 いつの間にかリュイスがイユを超えて先に階下へと着いていた。その先で、兵士の何人かが地面に落下する。全員、頭をぶつけたのか起き上がる気配はなかった。

 リュイスはゆっくりとイユを振り返る。宝石のような翠色の瞳が、何故か光ってみえた。

「それなら、せめて僕がお手伝いします」

 そう言ってはにかむリュイスを見てイユが考えたのは、ひょっとするとレパードも同様の力があるのかもしれないということだった。リュイスたちが怖れられる理由もわかる気がしたのだ。

「手伝うどころか先陣を切っているじゃない」

 だから、イユは呆れたようにそう言うので、精一杯だった。




「どうします? 部屋を一つ一つみるつもりですか」

 聞かれたイユは、周りを見渡す。

 先ほどと同じような通路が続いていて、奥に一回り大きな扉があった。それ以外はすっかり人気がなくなっている。

「あんた、疲れないの」

「今のところは」

 人を地面に叩きつけてみせたり、イユより早く動いたり、リュイスはイユでいうところの異能を駆使しているはずだ。イユの力はまだ自分の体の範疇に留まるから、そこまで意識をする必要はない。けれど他者へ働きかけるリュイスの力であれば相当の集中力を要することを、同じような力の異能者を見たことのあるイユは知っていた。

「ただし、強力な魔法はそんなに放てないと思います。結構集中力を使うので」

 リュイスの吐露に、イユは自身の推測が合っていたことを知った。そうなると、イユとしては逆に、人の心配をしている場合ではないと言ってやりたくもなる。

「そういう状況なら、あの怪しい扉からいきましょうか」

 大きな扉の方を首だけで示す。

「あそこは多分、制御室ですね」

 そう言ってリュイスは歩き出した。

「飛行石が置いてあるはずです」

 船の動力源が置いてある場所ということらしい。

「制御ということは、誰かいるのね」

 細かいことはわからないが、誰かが船の進行を決めそれを受けて部下たちが船を動かしているのはわかる。そうなれば、司令塔であるその誰かを叩けば十分だろう。

「恐らく、司令官がいるはずです」

 リュイスの説明ではどうやら制御室はとても重要な場所らしかった。動力源も取り纏めも揃っているその場所に赴かない理由はないと、イユは意思を強くする。扉の前へと立った。

「なら、さっさと片付けましょう」

 早速扉を開けようとし、立ち止まった。扉にドアノブがなかったのだ。鋼色の壁に僅かに隙間が見えるだけのその造りは、簡単には部外者を立ち入らせまいとする船の持ち主の意思が見えるようだった。

 一瞬迷ったものの、その隙間に手をかけ押しやろうとする。ぴくりとも動かない。

「何よ、これ」

「大事な場所なので簡単に開けられないようにしてあると思います」

 今度は、異能を使って動かす。少し扉の隙間が広くなった。そのまま続けて動かそうとして、「待ってください」と呼び止められる。

「何よ」

「それだと危ないです。僕がやります」

 言われてみれば確かに、危険である。扉に指を掛けた状態で隙間だけ大きくなると、体だけ相手から丸見えなのだ。銃で撃たれるだろうことは容易に察せられた。最もイユたちに飛び道具があれば別だが、残念ながら何も持っていない。

「ただこれを使ってしまうと、当分魔法は使えないと思ったほうがいいと思います」

 問題発言をさらっと言われ、思わず止めかけた。だがそのときにはリュイスの手は扉にすっと伸びていたので、言う機会を逃してしまった。

 相手が力を使おうと集中しているときに邪魔をするのは良くない。それを分かっていたイユはリュイスの様子を観察するに留める。

 始めに気がついたのは自分たちの髪が風に揺らされているということだった。室内だというのに、風を感じるのだ。そしてそれは、リュイスの手に向かって集まっていく。

 確信した。これがリュイスの魔法なのだ。風の力を操っている。異能者にも水の力を操って自由自在に動かしたり炎を生み出したりする者がいる。リュイスは風の力を使って扉を破ろうとしているに違いない。ただ、炎や水と違って風は目には見えないのだ。イユの力も見えないからその利点はわかる。見える力は用心されやすいが見えない力は対処できない。それ故にリュイスの風を操る力は重宝するだろうことが予想できた。

 考えている間にも、風の勢いが増していく。それが、リュイスが扉に向けて開いていた手を一端握りしめた途端、嘘のように止んだ。

 イユはごくりと息を呑む。その先に起きる出来事に予測がついたのだ。

 リュイスは、そっと手を開けた。

 その瞬間、扉に向かって風が一気に押し寄せる。

 危うく自分の体が風に飛ばされそうになり、それに気づいたリュイスが腕を掴んで引き留める。

 全く動かなかった扉がまるで薄い板のようにはがれていき、部屋の中へと吸い込まれていった。中から悲鳴が上がる。

 そのあとをすぐにリュイスが追う。イユもリュイスについて、中に入った。


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