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カルタータ  作者: 希矢
第十章 『裏切リノ果テ』
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その699 『風月迷宮』

「きっと、ベッタに暴力や魔術でどうにかしようとしても楽しまれるだけだと思ったんだろう」

 というのが、一行の見解だった。牢から出されたベッタは清々しいまでにピンピンしており、心身ともに元気そうだったのである。

「記憶は読まれたんでしょう?」

「そのときはスリル満載の生活が始まると思っていたんだぜ? 思っただけで終わったが」

 肩を竦めるベッタは見た限り、暗示に掛けられてもいなさそうだ。

「イカヅチがやってきて何かしなかったのですか」

 アグルがおずおずと尋ねる。アグルは暗示で仲間を殺したと思わされていた。だからこそ、元気はつらつな様子のベッタに面食らっているようだ。

 気持ちはわかる。イユたちでさえ、そうなのだ。

「剣は覚えないのかって聞かれたぐらいだぜ?」

「剣?」

 戦闘狂の相手でも探していたのかと訝しむ。

「上達したらスリルを感じないだろって、断ったがな」

 何も言えなくなって、イユたちは何回目かになる互いの表情の確認を行った。やはり、ベッタ以外が何とも言えない顔をしている。

 刹那がぽつりと呟く。

「変人で良かったね」

「刹那? 結構、容赦ない一撃だぜ!」

 そう言いつつも嬉しそうなのが、ベッタだ。

「何だか拍子抜けで、逆に疲れたわ」

 法陣でもあるのかと思ったが、それさえもないのだ。

「操縦士としての腕は確かだ。後々使おうとして牢に入れておいたというところだろうが」

「ですが、無事で良かったです」

 レパードとリュイスの言葉に、頷く。あまりにもいつも通りすぎて実感はなかったが、よくよく考えればこれほど良い話もない。

 ベッタは無事だった。意外なほどに無傷だった。それならば、それが一番だ。

 そう思えたからこそ、油断してしまった。


「よし、外だな」

 牢から出、梯子を下りたイユたちはふっと息をつく。ベッタも牢にいたわりには動いていたのか、体力は落ちておらず梯子が苦ではないようだった。

「あと俺で分かるのは一箇所です。ただ、場所が曖昧でここから遠い迷いやすい場としか」

「ベッタは聞いていないか? マレイユかジルのいる場所を探しているんだが」

 ベッタは腕を組んで考える仕草をする。

「俺相手に情報は話そうとしなかったが、一点気になる話はあったな」

 ベッタが示したのは地面だった。

「この風月園は狭かったり広かったりいろいろな空間があるだろ? その中でもとりわけ入り組んでいるのが、地下だ」

「地下に捕らえられていると?」

 ベッタは頷く。

「入り組みすぎて、『風月迷宮』なんて呼ばれているぜ。あいつら、確か魔物も出るからまさにおあつらえ向きだと言っていた」

「ベッタの言う通りだと思います。捕らえられているとしたら、そこが怪しいかと」

 ベッタの言葉にアグルが同意を示す。なるほどと、イユも納得する。魔物の出る迷宮が故郷にあるのだとしたら、如何にも抗輝が好きそうである。

 しかし、迷宮と聞くだけで厄介そうだ。探すのに何日も掛かるようだと、今度は別の問題が浮上する。

「大体でよければ、案内出来ると思うぜ?」

 そこに、まさかの声が掛かった。

「ベッタが?」

 思わず問い返してしまう。

「おう、俺が」

「なんで?」

 コホンと咳払いしたのはレパードだ。

「ひょっとしなくとも俺らと会う前は、風月園の地下探索もしていたのか」

 イユは驚愕した。魔物の出る迷宮という如何にも危険な匂いが好きそうな男は抗輝だけではなかったのだと気がついたからだ。

「そういうことだ。隅から隅まで歩いたから、大体の目星はあるってな」

「はじめて、頼りになるって思ったわ」

 呆然とそう言うと、ベッタは自分の胸を自信ありげに叩いてみせた。



 ただ一点、イユたちは見落としていた。ベッタは危険が好きな男だったのだ。

「マジでこれを渡れと言うのか」

「おう。スリル満点だろ? 俺のお気に入りスポットだ」

 吹き付ける風のなか、一歩踏み外せば奈落へと落ちそうな細道をベッタは楽しそうに歩いていく。イユたちは恐る恐る進んだ。

 風月迷宮に入り込んで、小一時間。先程からイユたちは命がいくつあっても足りない思いばかりしている。

 はじめは、薄暗い地下階段を降りるところから始まった。降りた先には地下とは思えない広々とした空間があり、そこに早速魔物の巣があった。どうにか撃退したところで、脆く崩れやすい橋を渡らされた。橋を進んだ先では、まさかの眼の前から吹き矢が飛んできた。抗輝の罠ではなく、昔からある誰かが作った侵入者よけだと言われて唖然とした。

 その後は牙の鋭い虎のような魔物の群れに襲われた。

 細道を乗り越えどうにか息をつくと、イユはピンピンしているベッタを睨みつける。

「あんた本当は、底なしの体力の『異能者』じゃないの」

 言われたベッタは素知らぬ顔だ。

「しかしこれだけ回ってもいないとなると、あと考えられるのはあれか?」

 などと一人ぶつぶつ呟いている。

「あ、あれは何ですか」

 その間にリュイスが指で示した。イユは何事かと振り返る。気配に敏いリュイスが見つけるものは、風月迷宮のなかだと十中八九魔物の類だ。

 ところがこのときばかりは違った。リュイスが指したのは水面だ。地下に沸いた湧き水が遥か下できらきらと波打っている。そこに月が出ていた。正確には、月の形をした影だ。三日月型の銅像がイユたちがいる近くに飾られていて、その影が水面に浮かんでいるのである。水もただ透明感があるだけでなく、翠色をしているために、とても神秘的に映ったのだ。

「綺麗っすね」

 アグルがほっと吐息をつく。

 水面には光る苔があるようで、きらきらと光っていた。それもまたどこか幻想的な雰囲気を作るのに一役買っている。

「光る苔って良いイメージはないけれどね」

 大きな魚でもいやしないかと目を凝らしたが、幸いにも現れる様子はない。

「スリルの先にある幻想スポットってな」

 ベッタが得意気な顔を作る。

「ここには光る苔だけじゃなくて、蛍っていう虫がいる。水が綺麗なところに現れる珍しい虫だ。そいつのお蔭でこういう景色ができるんだぜ」

 風月園の風月とは、地下に眠っていたこの景色を言うのだろうと、そう思わせるに足る風景であった。

「さて、ここが駄目ならもうあてがないんだが……」

 そうぶつぶつ呟くベッタが向かった先は、小山になっていた。その小山を登ると梯子があり、その先に牢屋らしき鉄格子が覗いていた。魔法石でもあるのか、そこから光が溢れている。

 相変わらず、地下にあるとは思えない場所だ。綺麗な景色がある一方で、随分物々しい雰囲気もある。風月園は控えめに言っても、おかしい。作り手の考えを問い質したくなる。

「本当に至る所に牢屋があるわね、ここ」

「大昔は囚人の収監施設だったという話だぜ。それがあるとき囚人を使ってのレースをはじめて流行り出したってな。そいつが大当たりして、今や一領地として貴族が治めるほどになったと」

 梯子を登りながら説明をするベッタに、イユは感心する。

「ベッタって詳しいのね」

「よく間違えられるが、ベッタは一部では有名な学者だ」

 レパードの言葉に、イユは梯子からずり落ちそうになった。

「大丈夫ですか!」

 リュイスが不安そうな声を発する。

 それには答えず、イユはレパードに返した。

「今、あいつから一番似合わない言葉が出た気がしたんだけれど。え、学者?」

「ただの真似事だぜ? 考古学者なんて言えば大抵危険なところに入れてもらえるからな」

 ベッタから返事があるが、否定ではなかったことに驚きを覚える。

「学者って頭が良い人がなる職業じゃないの?」

 イユでもそれぐらいは知っていると、確認をとる。

「俺はこれでも神童って言われてたんだぜ? リュイスには負けるがな」

 リュイスが眦を下げて困った顔をしているのが、見えなくても分かる。一緒にはされたくないだろうと、イユも想像の中のリュイスに同意する。

「世の中、狂ってるわ」

「おぅ。だからスリルを求めないとな」

 全く理解のできない返事があった。



 先に梯子を登り終えたベッタの気配を感じ、イユも続く。登り切ったところで、ベッタが静かになったことに気がついた。

「どうしたの?」

 振り仰ぐと、珍しく真剣な顔をしたベッタの顔がある。

「待て、見るな」

 イユがベッタの視線の先を覗こうとすると、制された。その間にも仲間が梯子を登り終える。

「そういうスリルは求めてねぇんだよ」

 ぽつんとベッタが呟いた。

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