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カルタータ  作者: 希矢
第十章 『裏切リノ果テ』
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その696 『闘争の魔物』

「急に速度が上がった。さては、あの『異能者』か」

 抗輝の声は聞こえたが、イユは立っているのでやっとだった。何より、頭がずきずきと痛い。知らなかった。他人の力を調整するのは思いの外難しいのだ。鳥籠の森のときは緊張状態のあまりに集中できていたのもあるのだろう。

 そのうえ、今イユは無傷ではない。外傷は治しただけで、いつ意識を手放しやしないかと自分自身がヒヤヒヤしている。バレないように強がっているだけでも、苦痛だった。

 最も抗輝が仕込んだことならば、強がりも意味を成さないだろう。現にイユが来ても相手は余裕の態度を崩さなかった。予定外なのは、イユが仲間の力を調整できたことであり、イユ自身が立ち向かったなら返り討ちにされていたはずである。

 相手の恐ろしさは分かっていたが、ここまで策士だとは知らなかった。特にやられたのは、イユたちがばらばらに行動するよう仕向けられたことだ。きっと、リュイスやレパードなら気づけたのだろう。イユでは分からなかった。異能で痛覚を鈍らせていたから、余計にだ。

 一人赴いた小屋の一番奥に法陣が隠してあって、そこから相手を痺れさせる魔術が溢れ出していたのである。気づいたときには、魔術で身体が満足に動かなくなっていた。そこに抗輝の部下と思われる男たちとやり合った。

 無理に動かしてどうにか撃退したものの、無傷とはいかない。異能で傷を治したものの、毒が含まれていたのは自明だった。刹那に解毒薬をもらっておくべきだったと後悔する。異能は毒にも効く。そう思ったから、残りはリュイスとレパードが持っていた。まさか、異能であってもなかなか治らないほど強力な毒だとは思わなかった。

「確かにイユといると、いつも以上に動ける」

 刹那は返答と同時に、抗輝に攻め入っている。イカヅチが攻め込んでくるが、助けは呼べそうにない。それならば、せめてナイフで迎え撃つくらいはしたかった。落ちているナイフを拾うのもやっとだ。

 動けないでいるイユは、後方から引っ張られる力を感じた。あっという間にアグルの金髪が視界に入ってきて、地面へと突き倒される。尻もちをつきながらも見上げたときには、イカヅチの喉にナイフが突き刺さった状態だった。

 あれは、即死している。そう理解したとき、イカヅチの身体が倒れていった。遅れてアグルが崩れ落ちる。

 アグルもまた、怪我をしたのかと思った。もしかすると毒にやられたかもしれない。

 駆けつけようとして、ふらつく。ようやく近づいたとき、アグルが無傷なのに気がついた。イカヅチに刺される前に懐に飛び込んで刺したのだろう。それならば元気に起きあがってくれればよかったのに、どこか苦しそうだ。何かと葛藤しているようにみえる。

「アグル、大丈夫なの?」

 イユには視えた。アグルとアグル以外の人間の力がそこに混在している。暗示のせいだと分かったが、ごちゃごちゃしすぎてイユにはどうにもできそうにない。せめてワイズを呼びたかったが、それは無理な相談だ。

 どうしたら良いか分からずおどおどしている間にも、刹那と抗輝は剣を交えあっている。

「思った以上に脆いな。あっけない最期よ」

 不意に聴こえた感想は抗輝のものだ。続けて刀でナイフを弾く音がする。

 今の感想は、地面で倒れるイカヅチへの言葉だろう。

「仲間、なんじゃないの?」

 冷たい言い草だったから、つい口を開いていた。

 小声だったが、抗輝には聞こえているらしい。刹那の猛攻を防ぎながらも、答えがある。

「仲間? 違うな、ただ強者が弱者を使っていただけだ」

 腹の立つ言い方だった。これぞイユの嫌いな『魔術師』だ。

「その理屈で戦争も起こすの? それだけでイグオールの遊牧民を殺したの?」

「これ以上ない、十分な理由だろう?」

「イユ、抗輝に言葉は通じない」

 抗輝の返答の後、刹那がイユへと諭すように告げる。

「抗輝は、闘争の魔物みたいなもの」

「酷い言い草よな」

 そう会話しつつも、刹那と抗輝の間で戦いは続いている。刹那が斬りつけ、抗輝が刀で受け止める。時折蹴りを混ぜて戦う抗輝の顔は、明らかに楽しそうだ。命のやり取りを遊びか何かと勘違いしている。

「あやつのような偽善の塊よりマシだと言うに」

「克望の悪口を言えば、隙をつけると思っている?」

 刹那がナイフで抗輝に斬りつける。避けようとした抗輝の前髪の一部が遅れて切られた。

 けれど、イユは内心で驚愕する。刹那の動きに追いつける人間がいるとは思わなかったからだ。

「ふっ。闘争の魔物か。しかし人というのは常に戦を求める生き物だがな」

「何言ってるか、分からない」

「歴史がそう告げている。この世界がイクシウスだけだった頃、国が分裂した頃、シェイレスタが興った頃、全て戦が起きたものだ」

 抗輝が刹那に斬りつける。刹那は飛んで避けるが、そこに更に抗輝の剣撃が襲いかかる。

「戦わないと人は人を認識できないのだよ」

 刹那の言いたいことはよく分かる。イユにも理解できない価値観だ。

「どちらにせよ三対一。形勢逆転」

「いや、四対一だ」

 イユは、廊下から歩いてくる人影を見つけた。背の高いもじゃもじゃの髪の男の影を作っている。レパードだ。

「悪いな、遅くなった」

「遅すぎ」

 すぐに文句を言った。

「なるほど。さすがに分が悪いようだ」

「戦いたいなら、ちょうどよいでしょう?」

 イユの言葉に抗輝は一笑する。

「戦いは物理だけではないだろう」

 抗輝がちらりと袖をめくる。その動きに刹那が声を張り上げる。

「法陣、使う気!」

 止めなくてはならなかった。けれど、イユは動けずアグルもそれどころではなかった。刹那が最も近かったが、ちょうど抗輝の攻撃を避けたときで僅かに時間が足りなかった。レパードも銃を打つには刹那が邪魔で見えない位置にあった。

 次の瞬間、煙が押し寄せた。

「息を吸わないで!」

 イユには見覚えがあり過ぎる煙だ。これが、一人潜入した小屋から僅かずつ溢れてイユの自由を奪ったのだ。

「っつ! どこ!」

 しかも煙は視界を奪う。刹那の悔しそうな声が耳に残る。イユは力で抗輝の位置がわからないか調べようとした。

 そのときぞくりと寒気がする。目の前に駆け込んできた誰かが、刀を振りかざしている。その誰かの先にいるのは、アグルだ。まだ頭を抱えているのが煙に邪魔されても見えた。

「来い」

 思いの外近くで抗輝の声を聞いた。刀を振りかざしながらも、アグルを狙うのではなく捕らえようとしている。それがわかったから戦慄した。

「お断りします」

 そのとき振り返ったアグルの青い目が見えた。カンと、刀とナイフのぶつかる音がする。

「まさか自力で阻むか、やはりお前は面白い」

 イユの目にも見えている。アグルに取り付くようだったアグル以外の力が晴れているのだ。

 とはいえ、アグルを捕らえようとする抗輝の気配は消えていない。

「渡すか!」

 動けたのは、力を全て足に注いだからだ。間髪入れずに蹴りつける。

 だが、感触がなかった。ひらりと躱される気配だけがある。

「口惜しいが、もう会うことはあるまい。さらばだ」

 それだけだった。散々、かき回すだけかき回した男の声が、それだけを告げて掻き消える。

 鈍い身体が崩れ落ちる音を聞いた。


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