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カルタータ  作者: 希矢
第十章 『裏切リノ果テ』
695/995

その695 『境(アグル編)』

「邪魔、しないでください」

 アグルの前にはイカヅチがいて、アグルの背後ではレンドが倒れている。レンドの意識はあるものの、動かせないことは自明だ。だからこそ、目の前にいるイカヅチをどうにかしないことには抗輝の元へはいけない。

「そんなカッカすんなって。楽しめねぇだろう?」

 そう言ってイカヅチはナイフを向けてくる。上段に構え身体を定期的に揺らす動きは、一見すると隙があるようにみえて中々入り込みにくい。

「どこまで守れるか、やってみるよナァ?」

 イカヅチとの前問答はそれだけだった。そのままぶつかってくるかと思いきや、クナイを投げつけてくる。

 アグルはすかさずナイフで弾くがその間に、イカヅチが迫ってきていた。身構えたアグルにイカヅチが近づき、そして僅かに横にずれアグルを避ける動きを取る。

 狙いが分かって、戦慄する。

「こいつ!」

 倒れているレンドに向かって、案の定投擲をしようとする動きだ。すぐさまナイフを投げて一本を弾いた。

 だが、足りない。イカヅチはクナイを数え切れないほど持っている。一方で、今アグルはナイフを投げてしまって何も持っていない。刹那たちが投げたナイフが散乱しているとはいえ、拾いに行く時間はない。

「このっ!」

 だからアグルがしたことは、イカヅチにぶつかることだった。イカヅチの投擲したナイフがその勢いで軌道をずらす。レンドを避けて、その奥の襖に突き刺さった。

「熱烈アタックじゃねぇか」

 頭の上で声が掛かり反射的に飛び退る。イカヅチが、先程までアグルのいた場所にナイフで斬りつけたのが目に映る。数拍遅ければ、首を斬られていたに違いない。

 視界の右端に先程投げたナイフが落ちている。それをすかさず握りしめ、構える。

 目では追えなかった。やってきた腕への衝撃に、ナイフとナイフがぶつかったと分かる。

 一気に押されて、歯を食いしばる。力ではイカヅチに勝てないと知っているが、反らす余裕がない。じわじわと再び押され始め、腕が悲鳴を上げた。

「そらよっと」

 それどころか、イカヅチが空いた片手でクナイを投げようとするのが見えた。絶句する。アグルは両手で精一杯なのに、イカヅチは片手で抑えているのだ。

「レンド!」

 レンドにクナイが刺さる、その瞬間を防げない。さぁっと血の気が引く。


「おいおい、動けるのかよ」

「クソが、まだくらくらしやがる」

 後方で荒い息とともに悪態が聞こえて、レンドがクナイを避けたのだと気がついた。

「レンド、無理させてすみません」

「いや、お前のせいじゃないだろ」

 まだ意識が覚束ないのか、声は頼りない。けれどこのようなときでさえ、レンドの言葉は的確だった。

「勝てない奴には勝ちに行くな。勝機さえ逃さなければいい」

 それは助言のようだ。誰かの返事のような声が微かに聞こえた気がして、気がついた。


「ちっ、つまらん」

 察知したイカヅチが、すかさず距離を取る。目の前を琥珀色の何かが追いかけた。

 その色に覚えがあったから、アグルは名前を叫ぶ。

「イユ!」

「遅くなったわ」

 すぐに返事がある。少し前までは、『異能者』であるがために怖れさえ抱いていた。そのはずが、今は思わぬ救援に胸がいっぱいになる。何よりアグルに背を向けて立つ姿は、アグルより小さいのに頼もしく映った。

「仲間が世話になったみたいね。覚悟しなさい」

 同時にアグルは気がつく。先程刹那が起こした爆風。あれは、狼煙の代わりだったのだと。刹那は勝ちに行くのではなく仲間を呼ぶために、敢えてあの動きをした。

 だが、その犠牲も大きい。


「おぉっと、そんなこと言っている場合か? 下手に動くなよ。武器を捨てろ」


 イカヅチがそう言って顎をしゃくるのが、イユの横からアグルにも見える。目で追うと、そこには捕まった刹那の姿がある。

「私、武器なんてないんだけど」

「『異能者』はこれだから話にならねぇ」

「あんただって、『異能者』じゃないの?」

 イユの問いかけに、イカヅチは反芻した。

「あぁ? 俺のはただの変装だ。異能じゃねぇよ。おっと、アグルはナイフを渡せ」

 言われて手の中にあったナイフを投げ捨てる。そうしないと、本当に殺しかねないのが抗輝たちだ。

「人質になるなんて、らしくないわね」

「人質をとるのもらしくないです」

 イユとアグルの言葉に、やれやれとイカヅチが答える。

「情報戦も戦なら、こうしたやりとりも立派な戦いだぜ? な、大将?」

 抗輝は振られて、

「つまらんがな」

 と同意する。

「あんたが、抗輝?」

 イユは食い入るように抗輝を見つめる。その目は真剣すぎて、控えているイカヅチに隙を突かれやしないかとアグルが不安になるほどだ。

「そう。あんたが」

 答えない抗輝に、イユは逆に納得がいったようだ。

「ふん。人形はともかく餓鬼一人だけが来てもな」

 つまらない理由がイユの弱さにあると気付いて、アグルは唖然とする。確かにイユはアグルから見ても戦い慣れはしていないが、『異能者』であれば脅威と感じるものだろう。それが、今の抗輝たちにはない。イカヅチもそうだ。アグルとの戦いに水を差された顔はしているが、恐れてはいない。

 何故だ。理由を求めたが、分からなかった。

「私をナメているのはよく分かったわ」

「後先考えず突っ込む類だ。ナメもする。現に今、ロクに動けないでいるだろう」

「一つ不思議なこと、ある」

 抗輝の言葉に疑問を挟む余裕なく、刹那が遮る。

「何で、私が人質になる?」

 その言葉に、アグルたちが呆然としてしまった。

「私は、克望の式神。セーレを襲った側。イユたちが助ける理由は、ない」

 アグルからしてみれば、何故かここにきて急に刹那に命を助けられた身である。だからこそ、淡々とした発言に現実に戻されたようで、理解し難い。いつの間にか、抗輝と敵対する者同士として仲間にカウントしていたが、刹那はやはり独自の目的を持っているのだろうかと訝しむ。

「なるほど。人形を捕らえる意味はないか」

 抗輝もまた、理解した顔をする。あまりにもあっさりとした返答とともに、刹那の首にあてられた刀が更に食い込もうとする気配があった。式神だからか血は出ないだけに、いつその存在が消えるのかは分からない。

「待ちなさい」

 それを、イユの声が止めた。

「それは違うわ。刹那には贖罪がある。簡単に命を捨てられたら困るわ」

 イユの断言で、刹那の首に当てられた刃はそこで止まった。

「それなら大人しく登降といくか? 最も我はまだ遊び足りない。条件をつけて人形らとやりあってもいいがな」

「いいえ」

 更に語ろうとする抗輝をイユは否定する。

「刹那は人質にはならないわ。自力で逃げ出せるもの」

 その言葉通り、動きがあった。


 腕を掴まれ動けなかったと思われた刹那。その刹那の左手から刃物が延びる音がした。抗輝の手が避けようとして刹那から離れる。その隙を突いて、クナイが投げられる。顔を上に向けることで躱した抗輝だが、その隙を利用した刹那が抗輝から距離を取っている。

 アグルの目でも追うのがやっとの刹那の動きだった。今まで抗輝とやり合っていたときとは確実に速さが違う。抗輝の拘束から逃れたことから、力も増しているように感じられた。

 同時に、アグルもまた力が湧く感覚に陥った。今まで見ていたはずの世界が鈍く、遅く見える。

 イカヅチが、抗輝の動きに反応して行動を開始していた。イユへと突き進んだイカヅチの手には、ナイフが握られている。当然、躱すと思われたイユだが動く気配がない。

 何故避けないのか、素手で受け止めるつもりなのか。そう焦ったとき、今まで背中しか向けていなかったイユが僅かに顔をこちらに向けた。

 誰がどう見ても、顔色が悪かった。怪我こそないものの好調でないのは見て取れた。アグルの頭に浮かんだのは倒れたレンドだ。同じような顔色だった。

 だから、思い当たる。

「まさか、毒を?」

 毒を受けながらもここまで駆けつけてきたのだとしたら、立っているのもやっとかもしれない。抗輝たちの侮る理由にはじめて理解が及ぶ。


「アグル!」


 アグルは声に意識を引き戻された。振り返ると、レンドの手からクナイが投げられた瞬間だった。イカヅチが投げレンドが躱したクナイだろう。レンドの顔色もまた青かったが、近くにあったから無理ができたとみた。

 クナイは回転して、アグルのほうへと飛んでくる。その動きが、やけにゆっくりしている。

 受け取ったアグルは、身体を既にイカヅチへと向けていた。イカヅチはイユへと迫り、ナイフを振り上げている。あのままでは、イユの眉間に突き刺さる。そうだというのに、イユはやはり動かない。動けないのだ。

 そうなると、突っ込むしかなかった。助けるために、無我夢中で駆けつける。クナイを突き出したそのタイミングで、イカヅチの視線がイユからズレた。余っていた手がナイフを握っている。レンドがアグルを庇ったときと一緒だ。レンドの腹を斬りつけたあの稲妻型のナイフで、今度はアグルの首を掻き切ろうとしている。

 もし、アグルに命を惜しむ余力があったら、きっとイユを庇いながら後ろに飛んだ。そして、レンドと同じように無傷とはいかず、毒により意識を手放しただろう。

 けれど、記憶を幾ら操作されようともアグルの根底は変わらない。アグルには命を惜しむ余力などない。曖昧になった記憶の先に、確実に奪った命がある。

 だから、アグルは自分の命を軽視する。死を恐れず、命に報いるため命を使う。そうした自分自身をレンドが心配していることも、他者とはずれた価値観がイカヅチたちにやけに気に入られてしまったことも、全て理解していた。

 しかし、生き方は簡単には変えられない。

 アグルの身体は、保身ではなく突き刺すことへと向かう。イカヅチの瞳が見開かれ、口元が動く。それは囁くような小ささだったが、間近だったから聴き取れた。

「すげぇな、お前。やっぱ、殺しの才能あるわ」

 それが、最期の言葉だった。赤色が視界を覆う。

「あ……」

 そのつもりはなかった。真っ直ぐにイカヅチの喉へと突き刺さったクナイを見て、アグルは絶句する。最期のイカヅチの笑みが、頭に再び浮かぶ。頭の中にあった何かがフラッシュバックする。

「ち、ちが」

 絶命するイカヅチを前にして、膝をつく。頭が割れるように痛かった。何かが、重なってみえる。それがなにか分からない。ただ、記憶のなかにあるそれが浮かぼうとしては消えて、また浮かぶ。気持ち悪くて思わず口を抑えた。

「違う、俺が殺したわけじゃ」

 何が違うのか、アグルには分からなかった。それなのに否定の言葉が出る。一瞬、見知った誰かの顔が浮かんだ気がした。それがまた消えて、アグルの心に焦燥感を与える。


「アグル、大丈夫なの?」

 イユの声はアグルには届かない。


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