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カルタータ  作者: 希矢
第十章 『裏切リノ果テ』
693/994

その693 『対極の存在(刹那編1)』

 紙一重だった。

 半身を反らし、飛んできた針を躱す。くるりと身を翻して、続けて迫ってくるナイフを躱すと、イカヅチの歪んだ顔を捉えた。爛々と輝く目が印象的である。

 刹那はすぐにクナイを投げつける。当てるつもりで投げているが、まず当たらない。それが分かっているから、更に手元のナイフを振りかざす。

 ナイフとナイフのぶつかり合う音が鳴り響く。拮抗した力はすぐにその場を離れる。両者とも後方に距離を取り、投擲したのだ。

 イカヅチのナイフと刹那のナイフが空中でぶつかり合う。

 その間に走り出した両者はナイフを振り下ろす。弾かれたナイフを、再度ぶつける。その隙にとイカヅチが蹴りをいれようとし、刹那は半歩下がることで避けナイフを投げつける。

 イカヅチの靴の底からナイフの刃が延びて、それを弾いた。

空の大蛇(スカイサーペント)より、厄介」

 刹那のつぶやきを拾って、イカヅチが針を投げると同時に返した。

「そいつは、最高の褒め言葉だな」

 針を避けた刹那の前に、イカヅチの長い足がある。すかさず屈むと身体を左に倒し、イカヅチの横を通り抜ける。当然、ナイフで斬りつけたつもりだったが、当たっている感覚はない。

 イユならば、舌打ちでもしていたところだろう。刹那には悔しさを感じる心はなかった。代わりに体勢を整え、視界の端に映るアグルを確認する。

 アグルはナイフを構えて対峙する姿勢をとっている。その先にいるのが誰なのか、刹那には想定ができていた。同時に、怪我人を抱えたアグルには、厳しい相手だということも把握している。

 けれど、手が打てない。頼りにしたい仲間がくるには、まだ時間が掛かるだろう。刹那の情報網には、最近のシェパングの動向からイカヅチのよく使う毒薬、それ以外に屋敷についての仔細な情報まで入ってきていた。特に抗輝に関わる建物の情報は、引っ掛かりすぎた。風月園だけでも、抗輝の屋敷に小屋に施設にと怪しい場所が五箇所もある。ここにきて急に沸いた情報なだけに、抗輝の罠だろうとは分かっていた。恐らくはわざと人手を裂かせる作戦に違いない。

 けれども、アグルたちが心配である以上、全員でしらみつぶしに探すという選択肢はなかったのだ。

「オイオイ、余所見とは失礼な人形ナァ?」

 イカヅチは声とともに、身を翻して飛び込んでくる。刹那はすぐに距離をとった。

「もっと本気を出さないと、殺せないぜ?」

 ナイフで飛んできた針を落とし、構え直したところでイカヅチの蹴りが飛んでくる。避けるのに余裕がなかった。寸前で躱した刹那は、イカヅチの速度が上がってきていることに気がつく。

「私は殺すつもり、ない」

 刹那はそう答えると、受け身を取って衝撃に耐えた。

 だが、その衝撃はやってこない。

 訝しんだところで見上げると、イカヅチの不服そうな瞳がぎらぎらと刹那を睨みつけていた。

「オイオイオイ、人形のくせして人間をやるのが怖いってか?」

「違う」

 すかさず、否定をする。

「んん?」

 伝わらなかったのだろう。イカヅチが首を傾けて探る瞳を向けてくる。

「私は、克望が望んでいないことはしない。雪奈は、人殺しはしない」

「急に自分のことを名前で呼んでよくわからん奴だな」

 伝わらないだろうと、刹那は理解している。最も、伝わってほしいとも思ってはいない。

「だが、興味深い」

 その声はイカヅチのものではなかった。振り返った刹那の目に、クナイが飛んでくる。首を僅かに傾けると、髪の切れる音がした。

 一房、もっていかれたのだ。

 刹那の視界の先には、アグルの前を横切る黒装束の姿がある。

 白銀の長髪をなびかせて歩く姿はあまりに堂々としており、同時に隙がない。それが分かっているからアグルもナイフを構えたまま飛び出せずにいるのだろう。

 同時に、男の黄金色の瞳は鋭すぎて、まるで蛇にでも睨まれたかのようである。

「抗輝」

 刹那は、その男の名前を呼んだ。克望の政敵であった人物だ。克望を殺された借りがある。

「オイオイオイ、大将。戻ってきちまったんすか? いいんすか、仮にも国葬ですよ?」

 イカヅチは気づいていただろうに、今頃になってそう抗輝に声を掛ける。

「こちらのほうがずっと面白いからな」

「そりゃ同感だ」

 抗輝の答えに、イカヅチは笑って同意を示す。そうしながらも、二人とも足を止めず、互いの距離を縮めていく。

 このまま固まられると余計に厄介だった。早めに仕掛けるか悩んだところで、まさかの声が掛かる。

「ふっ。まぁいい。使われたがりの式神。お前も我の部下になるつもりはないのか」

 時間稼ぎのつもりなのか、本気で言っているのかが、読めない。

「本気? 克望を殺しておいて」

 返しながらも攻め入る隙がないかを窺う。抗輝の袖の裾にある法陣が見えたために、警戒は怠れない。数は確認できただけで三つあった。抗輝はその気になれば魔術も放つ。ただ剣術に優れただけの『魔術師』ではないことは、前情報から知っている。

「道具は使われこそだろう。そこに意思はないはずだ。なんなら『異能者』の克望よりよほど有意義に使ってやれる」

 袖の法陣が一瞬光ったのを刹那は見逃さなかった。動くときと理解する。故に返答は決まっていた。

「――――虫唾が走る」

 刹那の目の前で、光が走った。目くらましの魔術だろう。そう読んだから動けた。すかさず距離を縮めて、ナイフを抜き放つ。見えなくとも、音は聞こえる。イカヅチがナイフを弾く音を聞き、そのまま上に飛んだ。

 広がった光の先で、黒装束がぼんやりと映る。

「そこ!」

 ナイフを抜き放ったが、黒装束はあっけなく掻き消える。囮だと気づいたとき、刹那の背後で気配がした。

 黒装束を脱ぎ捨てた抗輝が、刹那の無防備な背中に向かって刀を抜いている。

 それが分かってもどうにもできない。むしろ、あの一瞬で刹那の背後に回って攻撃を仕掛ける余裕がただの人間にあるとは思えなかった。気配は確かに眼下にあって、背後に現れたのは急だったのだ。焦るが、向き直る余裕はない。

「二対一だ。人形には無理だろう」

 振り下ろされるナイフを防ぐ余裕が、一拍足りない。まともに受けざるを得ない。


 ここで消えたら――――


 刹那は僅かな時間を思考に使う。


 ここで死んだら、克望の思いに報いたことになるのだろうかと。


「違う」

 声は少年のものだった。同時にまさに振り下ろされる寸前の刀に何かが当たった。僅かだが、軸がずれる。

 それで、刹那には十分だった。一拍分の余裕をもった刹那は、逃げには転じず、ナイフを投げつけた。

「俺もいる。二対二だ」

 遅れて言葉の続きを発するのは、アグルだ。アグルが刀に持っていたナイフを投げつけた。そのお蔭で、助かった。刹那にナイフを投げつけ地面へと着地、後方へと飛び退る余裕が生まれる。

「それは遊び甲斐があるというもの」

 一方で、抗輝は傷一つなかった。空中で刹那からのナイフを全て弾いてみせる。

「おっと」

 それどころか、着地した抗輝は別の人物からのナイフを後ろ手で受け止めていた。

「失敗、失敗」

 愉快な声は、イカヅチのものだ。抗輝に向かってナイフで斬りつけた位置になる。

「今なら確実に大将をやれると思ったのになぁ」

 二対二どころか、三対一の構造になっても、抗輝はぴくりともその眉を動かさない。それどころか、まるでじゃれてでもいるかのような言葉のやりとりがある。

「ぬるいな、イカヅチ。二人が三人になったところでやられるなら、俺はとっくに死んでいる」

「手厳しいナァ」

 刹那には理解が及ばなかった。

「……なんで? 仲間同士が?」

「あの人たちはこういう人だから……」

 そして思わず呟いた刹那の問いかけには、アグルが答える。理解しなくても良いという響きに、調べた前情報を思い返す。

 確か、抗輝は昔から敵の絶えない『魔術師』だった。暗殺者も何度も仕向けられ、その度にやり返してきた。そのなかに一人、抗輝に寝返った暗殺者がいたはずだ。自分を殺そうとした相手を赦して、逆に懐柔させたということで有名な話だった。

「懐柔じゃなくて、いつでも隙があれば狙ってよいことにした?」

 理解しがたい話だが、現状の説明はそれでできる。イカヅチは従順なのではなく、抗輝を狙うタイミングを窺っているだけなのだ。そして従順にみえるのは、狙うタイミングを与えられる代わりに命令を聞いているからに過ぎない。

 二人の男の関係に狂気を感じた。式神である刹那の理解を超えている。

「克望とは、まるで違う」

 克望は平和を求めていた。抗輝は常に闘争を求めている。彼らは、対極の存在だと、改めて実感する。

「克望? あやつと一緒にされても困るな。昔から思っていたのだよ」

 刹那の呟きを聞きつけた抗輝が刹那へと一歩ずつ近づきながら、話をする。

「ことあるごとに平和を掲げ、慈善を行う。マドンナのような好き勝手に生きる女とも違う」

 黄金の瞳が、試すような視線を刹那に向ける。だから、挑発しているとは分かっていた。


「――――あやつの生き方は、気色悪い」


 越えられない一線というものが、世の中にはある。その一線を、目の前の男は易々と超える。人を闘争に向かわせるためにどうすればよいかをよく知っている。

 込み上げる衝動を抑えられなかった。


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