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カルタータ  作者: 希矢
第十章 『裏切リノ果テ』
686/994

その686 『風月園(レンド編1)』

 常に空を移動する立方体の街がある。崩れた角から内部へと入ると、そこはいくつもの通路に枝分かれしていた。その通路は、あるときは広がり人が住む居住区へと姿を変え、あるときは狭まり子供が通るのもやっとの場所に化ける。地面や壁は塗装されているものの、ところどころ立方体そのものである機械の部分が剥き出しになっている。配線が覗く場所さえあった。

 そこまでいくと、シェパングらしからぬ街に思われる。桜もなければ鏡のような水もない。風情とは無縁の街だ。

 唯一、ここにあるもの。それは、風である。

 広がった通路の幾つかには、レースの協賛者である『魔術師』やギルドの名前のロゴが掲示されている場所がある。そのロゴの看板の隙間をあるときは潜り抜け、あるときは飛び越してできた滑走路。それがレース場そのものになっていた。

「相変わらずすげぇ風だな、風月園(ここ)は」

 レンドが着陸したのはそのレース場のすぐ近くの発着場だ。レースを走る飛行船の風を頬に浴びて、顔を顰める。室内とは思えない風は、高速で走る機体の音も運んでくる。先程呟いたレンドの声も瞬く間に掻き消す勢いだ。

 乗ってきた小型飛行船から飛び降りると、手早く機体に異常がないかを確認する。問題ないことがわかると、早く立ち去りたい気持ちの赴くままに、通路を進む。壁がすぐ近くまで狭まってくると、ようやく耳がまともになってきた。鼻にくる臭いも薄まる。飛行船は無茶な走りをすると、独特の臭いが出るのだ。

 通路は途中で枝分かれし、レンドは派手に装飾された案内板に従って右に折れる。少しすると、商業区ならではの喧騒が聞こえてきた。角を折れると、広々とした空間が現れる。

 空間の中心に巨大な方位磁針が飾られている。その足元には囲むように椅子があった。方位磁針を見上げる形で用意されているものだが、そこに座っている人たちは誰もその独特な街のシンボルを見ようとはしなかった。夕方ということもあり、いるのは住民や常連ばかりなのだ。大体飲み物を口にしながら新聞を片手に読み耽っている。記事には、マドンナの国葬について書かれているが、ここにいる面々の関心は専らレースにある。国葬と同時に行うというレースがあるらしい。何に賭けるか話し合う姿が見られた。

 ここが風月園だ。花鳥風月の風月から取った名称にしてはあまりに、風情とは趣の異なる街。どこか退廃的な雰囲気さえ漂っている。これはこれで、夜間には蛍光色の照明が光り綺麗でありはするが、桜花園とは比べ物にならない。

 同時に、治安も良くなかった。レンドは背後から駆け込んでくる足音に、ひょいと避けた。

「あっ」

 声と同時に子供がレンドの横を抜けていく。不自然な声を発した子供が、レンドへと視線を向ける。

 ――――否、視線の先にあったのは、擦りそこねた財布のあるポケットだ。

「狙うなら、別の奴にしろ」

 鬱陶しいだけだったレンドはそう睨んで歩き始める。

 子供がとぼけるふりをしようとするのが背中越しに聞こえたが、今のレンドにはどうでも良いことだった。そもそもいちいち子供に構っていたら、ここではきりがないのだ。

 スリなど日常茶飯事。子供は孤児院に収まりきらず、食うためによく盗む。逃げ道が多いため、風月園は子供にはうってつけの場所なのだ。

 また、問題は子供だけではない。レースの勝敗で荒れた男たちは定期的に暴れるし、空賊も紛れていることがある。何せ、かつて人身売買が最も盛んだった悪名高い街だ。最近はギルドが目を見張らせているらしく、落ち着いてきているものの、まだ何も知らない他地域の観光客が訪れるには危険が過ぎる。

 そもそもこの地域を治めているはずの『魔術師』が何かしたという話を聞かない。近くの魔物退治はよくやるが、それだけだ。敢えて無法地帯にしているようにしか思えなかった。

 とはいえ、その『魔術師』こそが今回のレンドの目的だ。


 ギルドの建物へと入ったレンドは、喧騒に出迎えられる。ギルドはさすがに外とは様子が違い、マドンナのことでばたついている。

「ちょっといいか」

 受付に赴いたレンドは、すぐに小型飛行船の鍵を投げた。

「毎度」

 商売の如く声を交わしたのは、受付の男だ。他のギルドと違い、入れ墨を入れた頬にスキンヘッドと、少々厳つい雰囲気がある。強面の人間でなければ、この街は抑えられないということだろう。

「ついでに近況を聞きたい」

 受付の男に手早く情報を聞き、さりげなく抗輝についても話題に出す。

「屋敷があるんだって?」

「あぁ。有名な話よ。明鏡園の克望様と風月園の抗輝様。今のシェパングの両翼は、桜花園出身者じゃないからな」

 その話だと、以前は桜花園出身者が円卓の朋らしい。

「施政は桜花園で行うんだろ? 行っても無駄足か」

 不在を願いたいが、真逆の言い方をする。受付に聞くなら『魔術師』にお眼鏡にかなうのが目的としたほうが何かと都合がよいからだ。

「まぁ、不在率は高いがな。時には戻ってきて下さる。行って見る価値はあるぞ」

 受付の男は地図をメモまでしてくれた。見かけによらず、親切のようだ。

「サンキュ」

 礼を述べると、頭を掻きながらの返答がある。

「まぁ、マドンナの国葬があるから今はいないかもな。少し落ち着いてからがよいだろ」

 助言のつもりらしい。男の話は続く。

「あと俺等にも会ってくださるお方とはいえ、腕に自信があるなら気をつけな」

 何だ、とレンドは訝しむ。『魔術師』が一介のギルドの人間に簡単に会うようなことはレンドの知る限りあまりない。であるなら、胸襟を開く態度は庶民からしたら好感に映るはずだ。それが、何か違う。

「あぁ、何。ちょいと、強者を好む節があってな。気に入られると……、いや、何でもない。忘れてくれ」

 どう考えても普通ではない態度である。わざとそういう言い方をしているのは、察せられた。言葉に出すと万が一があったときに咎められる可能性があるからだろう。

「意外だな」

 レンドはそう返した。

「円卓の朋は人々の推薦でなるものだろう」

 警告をするような相手を薦めるとは思い辛い。

「薦める理由は人それぞれだろう」

 受付から強張った顔で返答があった。

 人それぞれとは、よくいったものだ。レンドには受付の言いたいことがわかった。脅されて仕方なく薦める人間もいるということだ。

 想像以上の相手かもしれない。そう予感させられる。好き好んで『魔術師』を知ろうとはしていなかったレンドにも、彼らの一握りが領土を治め施政をすることは知っている。領土を得られる『魔術師』は特に力があることへの証明だ。それ故に、領土に住まう人々からは信頼されようと努める傾向がある。

 それが、抗輝の場合違うかもしれない。

「勿論、少しでも危険な魔物が出るとすぐにでも討伐に向かっていただける。その行動力は評価すべき美点だろう」

 それは単に好戦的というのではないかと思ったが、黙っておいた。


 地図に従って進むと、程なくして目的の屋敷が姿を現した。屋敷を見下ろす形で通路に出たわけだが、その視点でも想像以上の存在感がある。ところどころとはいえ、壁に黄金を貼り付けた豪邸だったのだ。目立つことこの上ないので、地図がなくても分かっただろう。

 そう思う一方で、レンドはちりちりと危険を感じていた。

 見張りは門の前にある二人しかおらず、周囲には手狭な通路がたくさんある。明かりは少なく、夜であれば視角が多いだろう。おまけに屋敷を覆う壁には松と呼ばれる木々が生え、侵入したあとも隠れる場所がたくさんあるように見える。棟自体は三棟あるが一つは異様に小さい。恐らくは単なる小屋だ。残りの棟は襖が開かれており、風通しがよくなっていた。もう少し近づけば、様子がよく見えるだろう。


 あまりにも、狙いやすい。


 露骨過ぎるからこそ、罠にしか思えない。レンドはこうした予感はとても大切にする主義だ。そうであるからこそ、ここまで生き延びてこられた。スナメリでもセーレでも、命を繋いでいけたのはレンドならではの危機意識。独特の危険を感じ取る嗅覚があるからだ。

「あぁ、クソ」

 それなのに、今回は逃げることができない。罠が用意されていると知っていて、進むしかできない。だからこそ、悪態をつくしかなかった。

 悔しいが、抗輝という男は人についてよく分かっている。アグルたちは囮であり、本命はそれに釣られるレンドたちだ。


 そこまで考えて少し違うと気がついた。

 恐らく、抗輝の目的は克望の思惑を知ることだ。レンドたちのことなど歯牙にもかけていないだろう。同じ『魔術師』であり、同じ立場の男が狙いと考えるほうがしっくりくる。

 そして、その男から渡されたアグルたちが、克望にとって不要な存在であることは当然知っている。だからこそ、本命に近い存在をおびき寄せようとしているのだ。

 改めて、リュイスたちを連れてこなくてよかったと安堵する。抗輝の本命はカルタータの人間ということになるからだ。記憶を読み、克望が知ろうとしていたことを先回りしたいのだろう。

 万が一にもリュイスたちが捕まったら、目的を達した抗輝が既に捕らえているアグルたちをどう扱うか分からない。まだレンド一人が捕まるなら囮が増えるだけだ。

 そう、無理やり自分に言い聞かせて、屋敷を後にした。

 このとき、ギルドの受付からの忠告は頭から抜け落ちていたのだった。


 

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