その684 『同じ奈落』
その夜、ベッドのなかでイユは寝付けないでいた。最後のワイズの顔が気掛かりだったのだ。あの顔を何処かで見たことがある。
思い出したのは、今日出会ったジュディバとの会話だ。別れ際、こんな話をしたのだ。
「シェイクスって知ってる? あなたの仲間の」
ジュリアは知らなかったが、ジュディバはシェイクスのことを知っていた。
「ぁぁ、レンドから聞いた。死んじまったらしいなぁ」
そう答えるジュディバの声はどこか寂しそうで、やはり言うべきだと思ったのだ。
「私を庇ったの」
もしイユが、セーレの誰かがスナメリの誰かを庇って死んだと言われたら、きっと平常心ではいられない。悲しむし、恨み言を吐くかもしれない。そう思っていたから、ジュディバの反応は肩透かしだった。
「そっかぁ」
あまりにも何もない反応。それは、スナメリが大きいせいで仲間意識が希薄なせいなのだろうか。それとも、ジュディバが大人で、イユを責めても仕方がないと思っているからだろうか。
「それだけ? 他には、何も言わないの?」
たまらず聞いたイユに、ジュディバは鼻を掻いて答えた。
「よくあることだからなぁ。あんたみたいな綺麗な嬢ちゃんを庇えて良かったんじゃないかなぁ」
良かったという言葉に、イユは耐えられなくなった。
「そうは思わないけれど」
ついきつく言い切って、それは違うと考えを改める。イユが責められるなら分かるのに、イユが威圧する態度をとるのではあべこべだ。
「まぁ、気にすんなぁ。ほんとよくあることだからなぁ。新人庇って死んじまったお人好しとかさ、良いやつほどよく死ぬんだなぁ」
その言葉に、ぴくりとイユの指が動いた。
「それは、分かる気がするわ」
施設にいた女の顔が浮かんだ。シェイクスもそうだ。世界は良い人から死んでいく。だから、ああなってはいけないと戒めてきた。
「そっかぁ、あんたも同じ奈落をみているんだなぁ」
ジュディバの言葉が、イユのなかでしっくりこない。噛んだそこから味が何もしないような、虚しさがある。
「ほら、そんな顔をするのはよくないなぁ」
どんな顔をしていたのか、ジュディバはそう言葉にした。
「折角生きているんだ。そんな、罰して欲しそうな顔をしても駄目だなぁ」
そのあと、イユは、ジュリアと再び話に花を咲かせていたレパードたちを連れてタラサに戻ったわけだ。
あのときの言葉に、そのような顔をしていたのかと自分ながらに驚いた。だから、ワイズの顔を見たとき、既視感があった。
ワイズの顔は、イユのそのときの顔と同じに思えてならなかった。ワイズもまた、罰せられたがっているのだと悟ったのだ。
けれど、それが何の罪でどうしてそうなるのかまではよくわからない。ブライトのやらかしを、弟のワイズがかわりに埋め合わせているような印象しかイユにはないからだ。
「気になるわ」
お陰でさっぱり寝付けない。だからイユは医務室に向かった。案の定だった。そこにはワイズがいて、刹那もいるようだ。二人の話し声が廊下に溢れている。
「やはり、寝る必要はないんですね」
「式神だから」
耳を澄ましたイユでも辛うじて聞き取れる程度の、小声での会話だ。
「それでも、動いているだけで消耗するはずです。分かっているんですか? あなたの寿命は確実に減っています」
故にだろう、ワイズは直球で聞く。刹那の寿命が少ないことを、宣言する。
「わかってる。だから、ずっと考えている」
「何を?」
「――――私の、命の使い道」
その言葉があまりにも重く鋭く、聞こえた。
「克望が死んでも私はここにいる。だからきっと、私は克望のやれなかったことをやらないといけない」
刹那の答えは、ワイズには納得のいかないもののようだ。すぐに責める口調で問いかけがされた。
「何故ですか。あなたはあなたで、あなたの主人とは違う。その人のやり残しをする必要などないでしょう」
刹那は、
「分かってる」
と、返した。
その返事が意外だった。刹那は克望に生き方を縛られているものだと思っていたからだ。
「私が、そうしたいだけ」
刹那にとって、克望の存在は大きいのだ。それは知っていたが、イユにはやはり受け入れがたい。刹那はそのせいで今もセーレの船員たちから距離をおいている。
克望の指示に従わず、ずっとセーレの一員でいたら、そうしたことにはならなかったはずだ。
そう思ってから、溜息をついた。もし、克望の指示に従わなかったら、刹那はそもそもセーレには来ていない。そのことに気がついたからだ。
「それに、ワイズも大して変わらない」
刹那が意趣返しのように告げた。
「ワイズもブライトのために生きてる」
「……どうしてそう思うのですか」
そして、ワイズは否定しなかった。
「なんとなく。ブライトが出来なかったことをしているように、みえる」
ブライトが出来なかったこととは、何だろう。そう疑問に思ったとき、イユの頭に浮かんだのは、スズランの島でブライトが一人ガッツポーズをしてみせたところだった。
「ではでは、人助けの旅に出掛けよーう!」
あのとき、ブライトはそう告げた。どこか足がおぼつかない様子でふらっとし、欠伸までしてからの一言だ。不安にしかならない態度だったが、何故か印象に残っている。
「気の所為でしょう。僕は、あの馬鹿姉には懲りごりですから」
そうは思えなかったのか、刹那から返事がない。沈黙に耐えきれずにか、ワイズが続ける。
「何をじっと見ているんですか」
そこに、ぽつんと返答がある。
「ワイズの生き方」
生き方をみたいという刹那。それを聞いたイユは、ワイズは刹那に先を越されているなと笑いたくなった。
「興味、ある」
「勝手に興味深く思わないでください。全く、あなたも相当ですね」
それでも、ワイズの声はどこか明るい。何か刹那の会話に思うことがあったのかもしれない。食堂での寂しい声は剥がれ落ちていた。
「私、相当?」
「えぇ、相当変です。姉さんの次くらいには」
二人の応酬を聞きながら、イユは大人しく部屋に帰ることにした。




