その681 『行方』
「円卓の朋二人ともが出席していないと言われたら、さすがにきな臭すぎますよね」
同意を求めるように告げるキド。
「克望は」
言いかけて刹那が、口をつぐむ。
「あいつは、死んだ」
代わりに告げたのはレパードだ。
「は? そりゃ、大事だよなぁ」
ジュディバは驚きを隠せない様子だ。
「隠しきれることでもない。そのうち噂に出てくるんだろう。やったのは暗殺者だが、俺らの仕業になっている」
レパードは包み明かさず事情を話す。イユは本当のことを言ってよいものか焦ったが、レパードの判断では、スナメリとは信頼関係になったから良いということらしい。
「正確には、克望を暗殺したのはイカヅチなどという暗殺者ですが、『白亜の仮面』の仕業になっています。僕らはその一味ということになっていますので」
ワイズがそう説明する。
「また、暗殺ギルドかぁ」
ジュディバは頭を掻いている。イユも内心、呻きたくなった。条件が、抗輝にとって言いように揃っていることに気がついたからだ。
というのもイユたちはご丁寧に馬車に侵入する際に『白亜の仮面』と書いたのだった。イユ達が指名手配犯になっている可能性は考えていたが、イユたち自身が『白亜の仮面』であることはすっかり抜け落ちていた。
けれど、現場にいた人々は間違いなくそう判断するだろう。馬車に潜入した『白亜の仮面』が、まんまと克望を殺害した。そして、『白亜の仮面』はマドンナを暗殺した集団でもある。その裏で、シェイレスタが糸を引いていたことになっているのならば、なんと克望暗殺もシェイレスタが絡んでいることになる。
自分たちがやったことが裏目に出た感覚。それを肌に感じて、イユはそっと自身の腕を抱きしめる。
「でも、克望は和平派」
刹那の指摘に、それもそうだと肯定したくなった。シェイレスタがわざわざ和平派の克望を狙う必要はないのだと言い切れたら、良かったのだ。
「あんなに、克望の屋敷に武器を置いておいてそれが言い切れる?」
「……」
イユの指摘に刹那が黙る。最も、言いたいことはわかる。戦争が止められないと分かっていた克望は武器を用意し始めていた。それだけのことだ。
けれど、その事実は順番が変われば逆のことになる。すなわち、シェイレスタは表向き和平派の克望が戦争を引き起こそうとしていることを知っていた。だから討ち取ったのだと。
「最悪ね」
イユの感想に、ワイズは溜息をつく。
「最も気づく人は気づくでしょう。露骨なほど抗輝の邪魔者ばかり消えていますから」
けれど、それは一部の話だ。そして、一部の人間は噓偽りがないか調査をする。
「だが、調査する奴は気づくわけだな。克望が裏でブライトと組んでいたことに」
シェイレスタの、しかもブライトと繋がりがあると分かれば、それは間違いなく問題になる。ブライトが克望を裏切るために近づいたのか、克望が実はシェイレスタと結託していたのかは、解釈によるだろう。
けれど、確実に火種は用意されている。他でもない、ブライトの撒いた種だ。
イユは内心、ブライトの顔をワイズが殴りたいのではないかと妙な心配をしてしまった。ここまで起きていることの殆どに、ブライトが出てくるのだから、当然だろう。
「なんだかそっちはそっちで厄介そうだけれど、私たちの本題は抗輝のほうじゃないのかな」
ジュリアの指摘に、イユは思考がずれていたことに気がついた。
「それもそう」
刹那も肯定する。
「その抗輝絡みなんですが、実はもう一つ情報がありまして」
キドの話を整理すると、抗輝がアグルと思われる金髪の少年を最近になって従えるようになったらしい。
「まず間違いなく暗示だろうな」
「俺ですら掛けられてたんでしょうし、そうでしょうね」
金髪の少年は護衛役らしい。抗輝と常に一緒にいたようだ。
「それが途中からぱったり見えなくなったとかで。その情報も決め手になったんです」
キドたちの情報に納得していると、ワイズが疑問を投げかけた。
「一護衛役の話ですが、よく手に入りましたね」
確かに、『魔術師』本人の動向はギルドでもよく注意を払っている。けれど護衛役まで気にしている人はいないだろう。集めようとして集められる情報ではない。
「実は、相当の手練れとの噂が出ていまして。そこから得たんです」
キドの顔が暗くなった。代わりにジュリアが口を開く。
「盗賊が現れたときに残らず返り討ちにしたみたい」
「最も本当に盗賊かは怪しいがなぁ」
ジュディバの言葉に、イユは首を傾げる。
「どういうこと?」
「盗賊だって言い切られているだけで、抗輝と敵対している『魔術師』が仕向けたんだろうってことだなぁ。ああいう人たちは敵が多いからなぁ」
なるほど、克望が襲われている間に、抗輝にも同じようなことはあったということのようだ。
そこまで聞いてから、イユはどうしてキドが暗い顔をしているか気がついた。リュイスのことがあったから、気づけたといったほうが正しい。返り討ちにしたということは、人を殺めた可能性がある。アグルは暗示に掛けられて、敵でもない相手を手に掛けたかもしれない。
手の中のグラスが、ぴしりと音を立てる。中を覗くと、そこにあった氷が割れていた。
その後、イユたちはジュリアたちに礼を述べキドを連れてセーレに戻った。セーレでは、久しぶりのキドとの再会に喜びの声が聞こえたが、同時に皆がどこか暗かった。食堂で早速仕入れてきた料理に舌鼓を打ちながらも、情報交換をするうちにそれはよりはっきりした。
マドンナの死やイグオールの遊牧民から感じられる戦争の機運。そして、それに加担する抗輝の采配が見え隠れし、更にその姿が桜花園から消えているという。レンドは一人で風月園の抗輝の屋敷に乗り込んだらしいが、通信機器にも返事はない。そして風月園から桜花園までは船を飛ばしても距離がある。おまけに今は深い霧に覆われていて、簡単に船を出せそうにもなかった。
「とにかく、早朝視界が良くなったらすぐに船を飛ばす。目的地は風月園だ」
レパードはまずやることを明確にした。
「桜花園に仲間がいるかもしれない可能性はまだ零じゃないんだよね? そっちはどうするの」
クルトの指摘にレパードは答える。
「スナメリに頼むことにしている」
ここまでスナメリに頼ることになるとは、思ってもいなかった。
「ジュリアが全面的に協力してくれると言っていた。幸い、スナメリにとってもレンドのことは知らない仲ではないしな」
レパードの手には通信機器がある。無理言ってもう一個貰ってきたのだ。
「何かあれば、連絡がある。俺たちはなるべく固まって動きたい」
今回のことがあったので、レパードの意思は固かった。
「分かったわ。今度こそ皆で取り戻しましょう」
情報をまばらに集められていたときには暗かった皆の顔が、レパードの方針を聞いてどこか明るくなっていくのをイユは感じていた。そしてイユもまた力強く宣言した。
そこに皆の、思いのほか元気な返事があった。それが聞こえることに、何故だかとても安心した。
現状は、とても笑っていられる状況ではない。けれど、まだ目的がある。そして道を示せばともに進む仲間がいる。それならば、まだ諦められる状況ではないのだと、思えたからだ。
「一つ、お話があります」
ワイズが静かに手を挙げる。いつも先に口が出るワイズだ。珍しく前置きを入れた彼に、自然と皆の注目が集まった。
ワイズはあくまで何事もないように、宣言する。
「僕はここで下りさせていただきます」




