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カルタータ  作者: 希矢
第十章 『裏切リノ果テ』
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その677 『桜ふたたび』

 桜花園が見えてきた頃、レパードから呼び出しがあった。動ける船員全員が航海室に集められる。これからの動きについて、指示を出したいらしい。

「何かあった時のために複数人で行動をとる。まずは情報収集だ。イユ、リュイス、俺とワイズは見つかったら不味いからな。固まって動く」

 最初の指示はイユたちについてだった。見つかるリスクがあるならいっそのこと固まってしまえということのようだ。

「てっきり居残りかと思ったわ」

 一番安全なのは船内に籠もっていることだ。前回桜花園に訪れたときとは明らかに違う。イユたちは克望暗殺容疑に掛けられている可能性がある。

「ワイズの奴がギルドに行くってうるさいんだよ。まぁ、ここなら俺にもギルドに伝手はあるし、中心にさえいかなければよっぽど人気が多いお蔭で安全だからな」

 この葉を隠すなら森の中という言葉もあると、レパードは付け足す。

「ワイズはなんで?」

「野暮用です」

 あっさりとした言い方をワイズにされ、答える気はないという意思表示を感じた。とはいえ、シェイレスタ側の情報を仕入れにいきたいからだろうとは想像に容易い。戦争の機運があるというのだから、文通相手の王様とやらが気になるのだろう。

「行くのは良いとして、顔はフードで隠せばよいの?」

 レパードは首を横に振った。

「全員隠していたら、それこそ怪しいだろう。リュイスの耳は隠す必要があるとしても、俺たちは装束に着替えるぐらいで良い」

 確かに服装をシェパングのものにすれば、雰囲気は変わる。髪型ぐらいは変えても良いかもしれない。

「僕は笠ぐらいはしますよ。念のためですが」

 ワイズがそう宣言する。ちなみに笠とは、シェパングでいう帽子のことだ。イユも以前桜花園で見たことがあった。

「幸い、ミスタたちが明鏡園で衣類や笠は買い込んできてくれている。着方は刹那に聞くしかないが」

 衣類がおかしいせいで周囲から浮かないよう、数人分見繕っておいたらしい。相変わらずミスタは機転が利く。サイズが合わないかと思ったが、装束については帯である程度調整がきくという。

「私も行く」

 話がまとまったところで、立候補したのは刹那だった。

「刹那が?」

「私も屋敷から姿をくらませた一人。抗輝からは目をつけられていると思う。一緒のほうがいい」

 医療に詳しい人間は刹那だけだ。なので、船内でずっと看るものと思っていた。

「わかった」

「え、いいの?」

 刹那の意見に思うことがあったのか肯定するレパードに、イユは思わず聞く。

「あぁ、むしろ薬の調達をするなら本人が出向くほうが早い。今は少しでも情報が欲しいしな」

 桜花園は、政治の中枢でもある。残りの仲間が抗輝に捕まっているとなると、恐らくはいずれ中枢に近づくことになる。

 けれど、現時点では情報収集が先だ。レンドと合流するためにはギルドに向かう必要があるが、それ以外の情報網も必要になるかもしれない。シェイレスタ方面はワイズ、シェパングは刹那が強いだろう。

 そう補足で説明されれば、イユも納得がいった。

「船の整備は、ラダとクロヒゲ、ライムとレッサに頼みたい。リーサとマーサとクルトは買い出しにいきたいんだったな? ミスタ、悪いがついていってくれるか」

 ミスタは主に護衛兼荷物運びだろう。アグノスが鳴いて自分の存在を主張する。

「留守の間、万が一船内に誰か来ると困るからな。アグノスは留守番……、護衛だ」

 留守番という言葉に目をクワっと光らせたアグノスは言い直されて、大人しくなった。言い方を変えただけなのだが、それで納得したらしい。前回桜花園にきたときは留守番といわれて肩を落としていた記憶があるが、役目があるとまた違う心持ちになるようである。

「休憩は各自で適宜とってくれ。夕食時には一旦集合だ」

 時間はあまりなかった。桜花園に着いたら、無駄なく動きたいところだ。

 これからについて考え始めるイユだが、刹那からすぐに声を掛けられる。

「イユは着るの大変だから、私と一緒にイユの部屋に行く」

「大変って、服を着るのが?」

 ボタンの付け方ぐらい分かると言いたくなったが、刹那がそういうのだ。頷く刹那を前にして、大人しく言葉を飲み込んだ。早速部屋に向かう。

 それで、シェパングの装束が思いの外面倒なことを知った。

「サイズが調整できる分、紐の類が多いわけね!」

 しかも、簡単に着崩れる。蹴りをいれるなと言われて絶句する。兵士に万が一襲われたときには、脱ぎ捨てたほうが早いのではないかという気になった。

 ついでに、下駄も想像以上の歩きにくさだ。これは、シェパングの人間が自分たちの装束を普段から身に着けないのも分かる。

「というか、こんなぐらぐらで何であの速度で走れるのよ!」

 着せられたイユは、刹那の普段の戦いを思い起こして文句を発した。

「でもイユ、似合ってる」

 刹那からは、随分的はずれな返答がある。確かにイユの目の前の鏡には、桃色の花をふんだんにあしらったシェパングの装束を着た自身がいる。生地の白色が花のお陰で微かに覗く程度の装束は、イユの肌には映えてみえた。

 髪も一部を赤い紐で結い上げ、花簪(はなかんざし)を挿している。洒落ていると思ったが、どうも簪を入れるところまでが装束らしい。確かに刹那は簪を挿している。

 それにしても、簪の存在が気になる。つい触ろうとしてしまう。中途半端な重さに意識が散る。これでよく刹那はいつも、髪を崩さずにいられるものだと不思議になった。

「ほんと、可愛いわ」

 ちゃっかり刹那と一緒に着付けを手伝ったリーサが、両手に手を合わせて喜んでいる。

「み、見た目はどうでもいいから」

 そう答えながらも、イユはベッドの上に置かれたままの革鞄が気になった。さすがにあれを背負うと浮くことは、頭で理解出来たのだ。

「荷物が困るわね」

「それは大丈夫よ」

 リーサがどこからか可愛らしい巾着を取り出してくるので、頭を抱えたくなった。

「いつの間に作ったのよ」

 はじめからイユが装束を着ると見越していたかのようにぴったりの巾着である。少し大きめの巾着なので、必要なものは全て入りそうだ。

「でもありがとう。これでどうにかなりそうね」

 想像以上の準備の良さに感謝すると、リーサは首を横に振った。

「これぐらい当然よ。いつか、イユと二人でこの格好で街中を歩いてみたいものね」

 イユは、つい嬉しくなってしまった。

「それは最高ね。きっと楽しいわ」

 はじめて巡る桜花園も、ついつい楽しんでしまったのだ。リーサと思う存分観光できたら、きっと一生の思い出になる。

 そのためにも、今は桜花園で情報収集だ。これで残りの仲間と合流できずに終わったら、楽しいはずの思い出もどこか切ないものになってしまう。

「それじゃあ、行きましょう!」

 イユはそう宣言すると、廊下へと飛び出た。


「ほぅ。孫にも衣装だな」

 その第一声で、転びかけた。目の前でレパードが立っている。

「とてもお似合いです」

「口を開けなければ、騙される男もいるかもしれませんね」

 リュイスとワイズもいた。皆とうに着替え終わったらしい。三人とも、薄緑系の落ち着いた衣装を身に纏っている。刹那の説明も着付けもいらないことは、その服の簡素さを見て悟った。ちなみに、笠は結局三人ともすることにしたらしい。

「なんか、服の種類が違いすぎない?」

「何言っている。男も男で結構大変だぞ。普段は着るものじゃない」

 少しして理解した。簡単だから説明不要なのではない。レパードもシェパング暮らしが長いはずなので、着方を当然知っているのだ。先程の全員集合での会話は、イユについてのみの話だったらしい。まさか男女で着方が違うとは思わなかったから、そうは受け取れなかったのである。

「とにかく、もう着水している。出るぞ」

 着付けに時間が掛かったせいで、待たせていたらしい。リーサがそれを聞いて慌てて走っていく。ミスタたちのもとへ向かったようだ。

 イユは頷いた。

「わかっているわ」



 二度目の桜花園は、変わらず美しい桜と湖だったが、何かが違った。船外に出ると同時にどことなく悲しい雰囲気がある。

「あれは何?」

 湖に浮かぶ灯篭が、ぼんやりと淡い光を放って流れていく。一つではない。幾つもあった。まるで湖に浮かぶ精霊か何かのように、どこか幻想的な光景だ。以前にはなかったものである。

「あぁ、あれは、灯篭流しだ」

 レパードはすぐに答えた。見たことがあるようだ。

「死者を弔うときに行う、シェパングのやり方だ。これは真の海への道しるべになる」

 死者を悼む唄ならば、イユも知っている。それとはまた、少し違うようだ。

「綺麗だけれど、どこか悲しいのはそのせいなのね」

「対象は、マドンナだろうな」

 レパードはぽつりと呟いて、船を下り始める。レパードはマドンナと旧知だった。だからなんて声を掛けてよいか分からず、イユは沈黙する。リュイスや刹那、ワイズも黙っていた。




 レパードたちと街を歩き始めたものの、ざわざわと落ち着かない。灯篭流しや慣れない衣類のせいだけではないだろう。観光客は変わらずいるのだが、どことなく物々しいのだ。琴の音色も流れていない。

 屋台の近くを通りながら耳をそばだてる。

「いらっしゃい。美味しい焼きそばはいかが?」

 そう声をかける店の人間の声にどこか覇気がない。

「良かった、無事だったのね」

 と、嬉しそうに抱き合う男女がいる。察するに、明鏡園から戻ってきたばかりのようだ。

「マドンナは桜花園の桜をよく愛でて下さっていたから、見に来たのよ」

 そう言って桜の木に手を合わせている老婆の姿も見られた。

 変わらずに盛り上がる若者たちもいるが、その光景の隙間に動揺や悲しみが覗いている。

 深淵の影響が思いの外大きいことに、嫌でも気付かされる。これがシェイレスタの仕業との噂でも流れれば、それこそどうなることかと身震いが走った。ワイズの懸念が当たらないことを祈るしかない。

 同時に、マドンナの死が現実として受け止め始めたということにも気付かされる。イユたちが前回訪れたときには既にマドンナの訃報は知らされたときだったはずだが、まだ賑やかだった。あのときは急な出来事であり、混乱していた。今は悼む気持ちが、人々の間にあるのだろう。灯篭を流したり、桜に祈ったりするだけではない。あちらこちらに花束が置かれている。

 加えて今回いるのは、故郷に戻ってきた者たちでもマドンナを悼む観光客だけでもない。

「避けるぞ」

 囁かれ、小さく頷く。

 どこかのギルドだろうか。数人が屯している。観光客の若者ぶってはいるが、その顔つきでわかる。そこにあるのは、怒りであり悔しさだ。マドンナを失ったと知って、敢えて桜花園までやってきたのだ。理由が気になるところである。


 先に薬だけ調達し、ギルドまで辿り着く。

 そこで、地面に落ちている新聞に気がついた。目を留めた見出しには大きくこう書かれている。

「卑劣なシェイレスタに鉄槌を」

 思わず足が止まりかけた。

「行くぞ。まずは言伝を確認する」

 レパードに声を掛けられ、大人しく頷く。壁に立てかけられたいくつもの花束を超えて、建物の扉を開ける。

 そこもまた、以前とは違う喧騒に溢れていた。

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