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カルタータ  作者: 希矢
第十章 『裏切リノ果テ』
675/994

その675 『検問』

 その後解散したイユたちは、各々休みを取った。部屋に戻ったイユは掃除をし再び仮眠を取る。そうして数時間経つ頃には、人の気配で目を覚ました。身支度を整えているところで、レパードの声が聞こえてくる。

「二時間後に、上空の飛行船に紛れることになった」

 時計を見ると、十時を指している。飛行船の数も多くなってきたのだろう。

「わかっていると思うが、検閲が入る。見られて不味い奴らは念の為、船長室の裏の隠し部屋に籠る。ワイズとイユ、リュイス。お前たちは今から隠し部屋へ籠もる支度をしてこい。あとの奴らは普段通りで構わない」

 聞こえてくる音が明瞭だ。セーレの伝声管よりずっと聞き取りやすいのは、ライムたちの努力の賜物かもしれない。

 イユはすぐに支度を始めることにした。とはいっても、具体的にどうすればよいのかよくわからない。隠し部屋は狭いので、裁縫道具などを持ち込めば邪魔になる。長時間待たされる場合に備えて飲み物でも鞄に詰めておけばよいのだろうか。

 悩んだイユはひとまず食堂に向かうことにした。とりあえず食事というのがイユの結論だ。


 食堂は賑わっていた。マーサが配膳をしており、クルトが眠そうに机に突っ伏している。クロヒゲはサンドイッチを食べているところで、アグノスがバスケットに食事を入れてもらっていた。

「リーサ、何か手伝う?」

 一瞬クロヒゲに声を掛けるか悩んだが、イユは結局止めることにした。昨日のリュイスのことをなんと話せばよいか分からなかったのだ。だから結局クロヒゲへは寄らずにクルトの脇を避けて、代わりにリーサに声を掛ける。

 リーサは、アグノスに荷物をもたせると、イユの言葉など聞こえていなかったように、声を上げた。

「イユ、良かったわ。イユにも渡そうと思っていたの」

 リーサからすかさず渡されたのはバスケットだった。中にはサンドイッチと水筒が複数入っている。一瞬、アグノスと同様に配達を頼まれたのかと錯覚する。

「お昼御飯よ。イユの場合は朝食になるかしら。これなら匂いも少ないし隠し部屋でも食べられると思うから、皆で食べてね」

 イユは準備の良さに感心した。遅めの朝食を考えているイユと違い、全員分の昼食を手配してくれていたようである。確かにイユだけならいますぐ食べても良かったが、今も仕事をしているだろうレパードのことを考えれば、皆で同じ部屋で食べて待つのも手だ。一人だけ美味しそうに食事されても、イユとしては気になってしまう。

「あっ、お腹が空いているなら今食べてしまっても大丈夫よ」

 イユは首を横に振った。実際、仮眠が多かった割にはそこまで空腹ではない。

「大丈夫よ。リーサ、準備助かるわ」

「大袈裟ね。ご飯を用意しただけよ。私は医務室のほうにはあまり行っていないから」

 ヴァーナーの看病をしたいはずのリーサの、その発言にそういえばと思い出した。刹那とシェルのことばかり気になっていたが、医務室には症状の重いミンドールやレヴァスがいる。どうせワイズも顔を出しているに違いない。リーサからすると、行き辛さがあるのだろう。

「ワイズも、サンドイッチを作れるわよ」

「ワイズさん?」

 イユが唐突過ぎたのだろう。不思議そうな顔をされる。

「今度一緒に作ってあげてくれる? 私だと張り合おうとするから」

 イユの言いたいことに気がついたのだろう。少し顔を強張らせて、リーサは頷いた。

「イユの頼みなら」

「ありがとう」

 本当はワイズとリーサの仲を取り持つ義理はないはずだ。ワイズが聞いたら、何を余計なことを言っているのだと騒がれそうである。

 けれど、そう話を振ってしまった。レヴァスやシェルのことはイユではどうにもならない。唯一リーサが打ち解けられる案を出せるとしたら、ワイズぐらいしか思いつかなかったのだ。

「まぁ、口が悪すぎだから心配な面はあるけれど」

 第一印象をとにかく最低ラインで攻めようとするワイズだ。リーサでなくとも、皆、閉口しそうである。

 せめて一言、ワイズに言っておくかと心に留めておくことにした。




 当のワイズは、先に隠し部屋にいた。

「ちょっと見ない間に、顔色が悪化しているのはなんでよ」

 言うまでもなく、医務室で魔術を使ってきたのだろう。これでミンドールたちが助かるなら有り難い話だが、ワイズの寿命を削っているかもしれないと思うと複雑だ。

「すみません、遅れました」

 ワイズの反論を聞く前にリュイスがやってくる。レパードもいた。

「この部屋に四人はきついな」

「馬車の下よりは遥かにましよ」

 別荘地を思い出して言えば、

「違いないな」

 とレパードに納得される。

「あとはここで、検問が終わるまで隠れていればよいわけですね」

 ワイズの確認に、レパードが頷く。

「身を隠すしかないのが面倒だが、こればかりはな」

 対応はクロヒゲとラダとで行うらしい。イユたちは息を潜めているしかない。

「ちょうど書物を確認できるのは良いですね」

 ワイズが書棚に反応している。イユは早速バスケットを広げたところだった。リュイスはノートを取り出している。いつの間にかシフトの割り振りはリュイスの担当に戻ったようだ。

「書物なんて後にして、食べましょう」

「いや、手が汚れると困るのでどうぞご勝手に」

 リュイスは素直に受け取るというのに、ワイズは相変わらず生意気だ。ワイズの分も食べてやるかと考えていたら、レパードから「騒ぐなよ」とお小言がある。

「何のために隠れているか分からなくなる」

「大丈夫よ。余裕だわ」

 イユの返答に何故かワイズがため息をつき、リュイスは不安そうな目で見てくる。全く納得いかないことだ。

 むくれながらもサンドイッチを啄んでいると、ワイズが中断していた書物を読み始める。リュイスは片手で食べながらもノートに目をやっている。

「お前たち、本当に自由だな」

 こめかみを揉みながら、レパードはそれぞれが自由に動くせいで、より狭く感じる部屋に嘆息した。



 検問は恐ろしいほど問題なく通過した。一度だけ船長室を覗かれたが、それだけだ。兵士たちは大した確認もせずすぐに扉を閉め、出ていった。船内が広いこともあるのだろう。時間こそ掛かったが、ばれることはなかった。反応石(トルピット)が使われたらどうしようかと思ったが、行きと同様持ち出されることはなかったらしい。

「これなら、行きも一々山越えする必要はなかったわね」

 そんな感想が口に出るほどには、余裕だった。

「いや、兵士の質は悪くなさそうだった。さすがに隅々まで見られたらまずかっただろうな。混乱に乗じられたから、運が良かっただけだ」

 部屋を出ながら、レパードの見解を聞いていると、外で待っていたクロヒゲから説明がある。クロヒゲは直接検問が終わったことを知らせに来てくれたのだ。

「行きは厳重でやしたから、やはり記録が残っているのが大きいんでやす」

「連中はなんか言っていたか?」

「正直話をしているどころではなさそうでやした。思った以上に桜花園に向かう船が多いと見えやす。桜花園に入るのもこれは楽かもしれやせんぜ」

 元々桜花園は観光地だからそこまで警戒はされないが、混雑すればするほど、イユたちは更に身を隠しやすくなる。飛行船もまた同じことだ。できればタラサの規模ほどの飛行船がたくさんあってくれると目につかない。

「幸先が良いな」

 レンドとの合流が近づいて来たと感じる。今頃、レンドは何をしていることだろうと思いを馳せた。

「このまま桜花園まで突っ走りやすか」

「当然だ」

 クロヒゲの質問にレパードが頷く。すぐに航海室まで戻るクロヒゲを見送ってから、レパードはイユたちへと向き直った。

「そういうわけだ。桜花園まで自由行動になる」

「見張りは?」

 リュイスがシフトを組み立てていたはずだ。

「飛行船の数が多いので僕たちが外に出るのは逆によろしくないです。魔物のいる地帯でもないので、今は見張りを減らしても問題ないとも思います」

 観光地である桜花園までに魔物が現れることは少ない。それは船の数が多く、魔物狩りギルドもよく狩り出されるからだ。

「それなら、私は掃除でもしてこようかしら。さすがに汚いままわね」

 本当はリーサたちの手伝いを考えたが、それだとワイズをリーサのもとへ遣れなくなる。それに昨日訪れた機関室の存在がイユの頭に浮かんでいた。汚れが溜まってきているのだ。

「ワイズ、暇なら料理ぐらい手伝ったら?」

 本に夢中なワイズに言えなかったことを、この機会に言ってしまう。

「あなたに指図される謂われはありませんが」

 生意気なせいで、中々誘導しにくい。

「本の読みすぎで目が充血してるから、息抜きを勧めただけよ」

 気のすすまない顔をするワイズに、意外にもリュイスが助け舟を出した。

「それが助かります。確かレッサが冷蔵庫の使い方で古代語が見つかったと言っていたので、翻訳も一緒にお願いできると」

 それを言われると断りづらいらしい。渋々頷くワイズに、イユはホッとする。

「僕は刹那とクルトに頼まれているので医務室に行ってきます」

 リュイスは備品管理だろう。桜花園に着いたら不足している薬の類を買い足すことができる。これだけ怪我人が出るとは思っていなかったので、不足物資は多いはずだ。

「俺は休ませてもらおう。リュイスも程々にな」

 レパードは欠伸をすると船長室を出ていった。一応今いるこここそが船長室なのでそのまま使えばよいのだが、船員たちと同じ船室を利用しているのだ。

 船長室は隠し部屋があることから、今回のような事態に備えて私室として使いたくないということらしい。

 レパードが私物をがんがん使っている印象はないから、余計な心配だと思うが、そこは本人の意見を尊重している。

「じゃあ、後でね」

 イユもレパードに続いて、船長室を出た。

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