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カルタータ  作者: 希矢
第十章 『裏切リノ果テ』
671/994

その671 『とある解放の物語(クロヒゲ編5)』

 告げ口はあったらしい。

 らしいというのは、奴隷の一人が斬り捨てられてから知らされた情報にすぎないからだ。シオが言うには、奴隷がイズベルに直接告げ口をしたものの、「奴隷の本分を外れた愚か者」として殺されたのだという。幸いにしてクロヒゲは、嫉妬を覚えた奴隷に嘘の申告をされた被害者になったらしい。勿論疑いの目は暫く持たれたし監視もされていたようだが、何年か過ごすうちにそれも途絶えた。実際のところ、奴隷の件が子供にばれたとして、何も起きなかったのが決め手となったようである。

 また、イズベルは単純に、八つ当たり先にクロヒゲを確保しておきたかったというのもあるのだろう。この数年、ミネルヴァと呼ばれた女は何度もイズベルの元に足を運んできた。そのたびにクロヒゲはきつく当たられ、背中をどつかれ、手を刺されたから、クロヒゲの中ではそういう結論に達している。


「あの女、今日も来たぞ」

 地下から這い出ると、イグベルトがげんなりした声を隠さずに、クロヒゲに告げた。

「今日も付き人が、証拠写真があるとか訳の分からないことを言っているとさ」

 ミネルヴァは変わらずギルドに入るようにと主張をしに来ている。付き人というのだから、当然同じ主張なのかと思ったが、これが違うらしい。

「あぁ、聞こえてきた。俺らが空賊で仇だってなぁ」

 さり気なく、コウからそんな言葉が返される。それを聞いたクロヒゲはぎょっとした。奴隷のことを持ち出されたわけではものの、空賊のことがバレているのだ。それは、のんびり構えていられる話には思えない。

「その証拠写真というやつは何でやすか」

「あ? あぁ、何でもカメラとかいう機械で現実の映像を記録したものらしい」

 説明上手のはずのイグベルトの言葉が、よく理解できなかった。

 伝わっていないという顔をしていたらしく、イグベルトから取り直すように言葉がある。

「まぁ、船長は俺らをやっかんだ別の商会の嫌がらせだろうって、あの女の付き人に突き返していたからな。問題はなさそうだ。だからほら、くっちゃべってないでそろそろ動くぞ」

 言われてクロヒゲは今日のシフトの発表を行う。そうしながらも、何かが気掛かりだった。

 というのも、クロヒゲもまた、地下に潜りながらミネルヴァの言葉を聞いていたからだ。それはイズベルへの批判でもミネルヴァの主張でもなく、ただ忠告のように耳に残っている。


「妾は世の中が綺麗事だけではないと知っている。だからそちのことを否定はしきれまい。けれど、そちのやり方は、これからの時代に通用しない。それが分かっておるのかぇ?」





 時代というものを、クロヒゲは今まで意識したことがなかった。幼い頃は奴隷として言われるがままに働いていたし、甲板長の仕事をこなすようになってからも飛行船から下りたことがなかった。クロヒゲにとって最も広い世界とは、飛行船の見張り台から見える外の景色だ。雲の流れや風の動きから天候を予想し季節を読むことが、唯一の外との交流とも言えた。

 だから、時代を侮っていた。クロヒゲの知らない間に、世界で初めて異能者施設ができ、発掘した大型飛行船が大空を運行した。異能者捕縛法が世界で成立する裏で奴隷は一般的ではなくなり、写真はカラーになったことでより鮮明になった。ミネルヴァの声により急成長を遂げたギルドが、孤児院の支援にも手を伸ばし始めた。そうした全てを、知らずにいた。

 故に、あのような日が来るとは、考えてもいなかったのだ。




 空が血のように赤く焼けた鮮烈な朝だった。地下で眠っていた奴隷たちは、突然の騒ぎ声に目を覚ます。甲板のほうからだ。喧騒に耳を傾けるクロヒゲのもとに、イズベルの声が聞こえてくる。

「どういうつもりだ!」

 続く暴力の音に身が竦む。何かがあったことには違いない。けれど、喧騒だけでは判断しかねた。

 この騒ぎだ。イグベルトが扉を開けるにちがいないと判断して、扉まで急ぐ。

 クロヒゲが扉へと到着しようとしたまさにそのとき、扉が開いた。

 ところが、そこから出てきたのはいつものイグベルトではなかった。見慣れない大男である。その人物は、声高に告げた。

「お前たちは自由だ!」

 何を言われているのか、分からなかった。ぽかんとする奴隷たちに、大男は告げる。その男の彫りの深い顔は、達成感に満ち溢れていた。

「この度、『クロティエ商会』の悪事が暴かれることになった! 奴らがやらかした強奪、殺人、不当な奴隷化を我々は知っている!」

 一部から吐息があった。それに合わせて、大男は扉を叩いた。あり得ないと思っている奴隷たちの、心の壁を砕く音のようだった。

「大罪人イズベルは、我々により拘束された。よって、不当に奴隷化された君たちは自由である!」

 響き渡った声に、クロヒゲは衝撃を感じていた。自由になったとは全く思えなかった。口の中で転がしてみたその言葉は、乾いてしまって味がさっぱり分からない。あまりにも唐突すぎて、理解しろというほうが無理である。

「自由だ!」

 けれど、そうしたクロヒゲかいる一方で、大男の叫び声に便乗する奴隷がいた。

 クロヒゲは信じられない思いでその奴隷を凝視する。若い男だ。記憶では数ヶ月前に奴隷になったばかりだったはずだ。その男は拳を振り上げて、再度声を張った。

「我々は、自由である!」

 その横で話を聞いていた別の男が同じように拳を振り上げる。

「そうだ、自由だ!」

 声は広がり、同じように他の男が拳を振り上げた。

 まるで波紋でも広がるように、声は大きくなっていく。呆然としていたクロヒゲは、そこに駆け込んでくる馴染みのある足音を聞いた。

「おい、お前。何をしている!」

 イグベルトだ。大男に声を上げ、近づいてくる。

「勝手に扉を開けて、どういうつもりだ!」

 イグベルトは大男の腕を掴み牽制する。

 しかし、すぐに顔を赤くした大男にその手を払われた。

「奴隷を解放しにきたに決まっている! お前は監視役か? イズベルの犬め!」

 イグベルトに向かって息巻いた大男が、奴隷たちを見渡して叫び声を上げる。

「お前たち! 今こそ自由を謳歌するときである!」

 奴隷から上がった賛同の声に、イグベルトが驚いた顔をした。

 今まで大人しかった奴隷が急に騒いでいるのだ。信じられないのも無理はなかった。

 それどころか、最初に拳を振り上げた若い男が、イグベルトに突撃をする。

「じいさんの仇だ!」

 声とともに顔面を殴られたイグベルトは、文字通り吹き飛んだ。床に背中をぶつける勢いである。

 続けて男が殴り、それを見た別の男が駆け寄って便乗した。代わる代わる殴られていくイグベルトに、クロヒゲは呆然と見ていることしかできないでいた。イグベルトの、助けを求めるような視線を受けても、それは変わらなかった。あまりのことに、足が竦んでしまったのだ。

 奴隷たちは部屋を出て、次から次へと船員たちを襲いに駆け込んでいく。半ば暴徒と化したその場に混ざれるはずもなく、突っ立っていると、大男から声が掛かった。

「さぁ、お前も自由だ」

 自由とはこんなにも血の匂いのするものだったかと、信じられない気持ちになった。

 尚も呆然とするクロヒゲを見かねてか、大男が声を掛けようとする。そこに、静止の声があった。

「そいつは、違う」

 奴隷の男が、クロヒゲを指さしている。他にも戻ってきた奴隷たちがいた。彼らの目は、クロヒゲへの敵意に満ちている。

「こいつは奴隷じゃない。こいつはイズベルの仲間だ!」

 次の瞬間、衝撃を感じたクロヒゲは地面に倒れていた。胸倉を掴まれて、殴られる。

 何もできなかった。反論することも、声を発することも、口から溢れる血の味を確かめることもだ。意識を失うまで、クロヒゲはただただ殴られ続けた。

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