その665 『辿り着く方法』
「そういえば先程、今後についてラダから連絡があった」
南瓜のスープに渋々口をつけながら、レパードは食卓にいる全員に告げた。察するに、二人で航海室にも寄っていたらしい。
「一時はシェパングの艦ばかりだった空だが、徐々にギルドや民間船が増えているらしい」
それは、イユにはピンとこない情報だ。
「なんで? もう危険じゃないの」
「『深淵』が空にある時点で危険は変わりない。ただ、情報が明鏡園の下々にも伝わったことで、不安になったんだろう」
まだ話がみえない。
「桜花園にいるだろう友人や家族に会いに行こうとしているんじゃないかという推測だ」
そこまで言われると、イユにも理解できた。確かに、明鏡園にいる者のなかには家族を桜花園においている家庭もあるだろう。何せ山を隔てているとはいえ、空を飛べばいけない距離ではない。今はシェパングによる検問があるわけだが、それもイユたちには不利なだけで普通の人間が行き来するには問題にならない。
「まぁ、分からなくないね。姉さんに何かあったと思ったら、そりゃボクも風切り峡谷まで駆けつけたいし」
クルトの言葉にイユも頷く。逆に言えば、今回クルトが倒れたと知ったらラビリは心配しただろうなと気がついた。
「普段行き来している場所で起きたからこそ、皆帰りたくなったのね」
「そういうことだ。それで飛行船が増えているから検問も混乱しているようだな」
段々、桜花園に行く術が見えてきた。
「なるほど、紛れて戻るつもりなんだ」
クルトの言葉に、レパードはニヤリと嗤う。
「そのとおりだ」
「そんなに上手くいくの?」
イユの心配にも、問題ないとレパードは答える。初回の検問をくぐったクルトからも説明があった。
「イユに予め聞いていた『反応石』は見つからなかったし、タラサが来た記録はつけられていたはずだから、大丈夫じゃない? 今回のことがあったから急遽戻るといったら、話の辻褄は合うし変に思われないと思うよ」
タラサが広すぎて隅々まで監査されることもなかったと付け加える。クルトにしては楽観的な意見だが、その顔は気怠そうではなくむしろ明るい。主の影響も薄れ、同時に自信があるのだ。
「絶対見られてはいけないワイズだけ隠れておけばよいわけね」
「僕がどうかしましたか」
振り返ると、湯上がりらしく髪をしっとりと濡らしたワイズが歩いてくるところだった。後ろにはリュイスもいる。二人共さっぱりしたのか顔色が戻っていた。
「これから検問を通るから隠れていないと駄目という話よ」
掻い摘んで説明してやる。
「なるほど。そうなると、明日ぐらいにはもっと人の行き来が増えそうですね」
移動にも準備がいる。それを踏まえると、急に移動できる人間は少ない。明日であれば準備をした人々が戻ろうと動くはずだ。そう、ワイズは推測してみせた。
「あまり遅すぎると検問する側も忙しさに慣れてくるだろうし、狙い目は明日の昼かしら」
「ちょうど良いと思います。今のうちに休んでおきたいところですね」
イユの当てずっぽうにリュイスの同意が入る。
「それなら、挨拶がてら機関室に連絡してくるよ。見た限り皆は休憩組でしょ?」
クルトの提案にイユは頷く。
「助かるわ」
クルトの皿は空っぽだ。食べ終わったらしく早速廊下へと出ていく。
イユも手元にある最後のライスを頬張った。
「片付けが終わったら、リーサはどうするの?」
「洗濯をするわ。だいぶ溜まってきているから。あっ、でもお手伝いは大丈夫よ。イユ、少し眠たそうだから寝てきたほうがいいわ」
言われてきょとんとしてしまった。自覚はなかったのだ。
「病み上がりだもの。無茶はしないで」
そこまで言われると、大人しく頷くしかない。
「分かったわ。食事も楽しかったし、まだいけるとは思うけれど、休ませてもらうわね」
再びの桜花園まであと半日。片付けだけすませて、久しぶりの自室に戻った。手入れも何もしていないのでどこか埃っぽい。最低限ベッドだけ整えると、眠気がやってきた。
欠伸を噛み殺して、ベッドに入る。途端にぐるぐると視界が回った。お風呂に食事にとリラックス出来たことで逆に疲れが出たのかもしれない。だからだろう。目を閉じて次に開いたときには、夕方になっていた。
「寝過ごしたわ……」
後悔とともに身体を起こす。悔しいが、しっかりと休息をとれた感覚がある。少しのつもりでいたときの睡眠ほど質が高くなるのは何故だろう。
とはいえ、呑気に部屋の掃除までしている余裕はない。イユが休んでいる間、誰かがイユのかわりに働いてくれているはずだ。
手早く身支度をすませて、ひとまず航海室に急いだ。
「おや、おはようございやす」
クロヒゲから声が掛かる。操縦席からイユを覗いている。見た限り一人だ。ラダは休憩しているようである。
「寝過ごしてしまって。何したらよいかわかる?」
レパードがいれば指示が飛んだのだろうが、レパードも今ここにはいない。
「そうでやすね。特に人手不足なところはありやせんから」
「甲板の見張りは?」
一番人手が不足するところだろう。
「任せたいところでやすが、顔出しはやめたほうが良いかと」
克望のいた別荘地からはあまり離れていない。イユの顔が見られていたら、立派な指名手配犯だ。わざわざ顔を見せることもないと、指摘される。
「それなら、医務室かしら」
「いや、そっちも間に合っていやす。どっちかというと夕方ですから、立ち入って起こすのもどうかと」
それもそうだろう。ばたばたしていたのは、移動したばかりの頃で今は時間が経っている。看病を代わってもよいが、クロヒゲの様子だと誰かが代わったばかりなのかもしれない。
「それなら、夕食の準備に」
「そう。頼みたいことがありやした」
いよいよやることが減ってきた。そう思ったところで頼まれごとだ。引き受ける以外思いつかない。
意気込んたイユに、クロヒゲは告げた。
「リュイスを探してくれやせん?」




