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カルタータ  作者: 希矢
第十章 『裏切リノ果テ』
663/994

その663 『行いの推測』

 リュイスたちと別れてから、自室に戻って手早く支度をすませる。そうして訪れた浴室には、既に人の気配があった。脱いである衣類から判断するに、これはクルトだろう。シェルとクルトは同じくらいに目を覚ましたようだ。

「あれ、イユ?」

 扉を開けると、湯気に混じって声が聞こえてきた。目を凝らすと予想通りの姿が湯船から覗いている。

「クルト、起きたのね」

「うん。とりあえず気怠いから、お湯にでも浸かろうと思って」

 主にやられたのなら、気力が回復しきっていないのだろう。風呂は身体を温める効果があり、気も安らぐ。クルトの選択は間違っていないと感じる。

「起きてから誰かに話は聞いた?」

「ううん。なんか自室で寝てたから、とりあえずお風呂にきた感じ」

 はじめに航海室や食堂にいって情報収集といかないあたり、よほど気が滅入っていたとみえる。とはいえ今見た限りではクルトの顔色は悪くない。だいぶ回復してきたようだ。

 それならば、情報共有をしてもよいだろう。気になっていることは確かなはずだ。

 そう判断したイユは、一緒に入りながら、今まで起きたことを説明する。

 一通り終わったところでクルトは唸った。

「うぅん、情報量多すぎ。とりあえず、皆と合流はできたんだね」

 病み上がりの状態の相手に詰め込み過ぎただろうか。頭を抑えるクルトに少し心配になる。いつもより、気怠そうにみえたから余計にだ。

 とはいえ、過度の心配をされるのはクルトの本意でないことも知っている。むしろ中々会えない姉の存在を思い出させるだけだろう。

「その理解で大丈夫よ」

 敢えて平然と返せば、頭を掻く仕草をされた。

「まぁ、ラダが単身突っ込んでいった時点でもうダメだと思ったし、それがこうして生きてるんだから運が良いのかな」

 どこか他人事のように言うが、クルトらしい意見でもある。こればかりは、イユにはない感性だ。

「クルトは主に襲われた記憶はあるの?」

 話の振り方に悩み、話題を少し変えて尋ねてみる。クルトの仕草は自分の頬を突くものに変わった。

「ないかも。ラダが口笛を吹いたときに、慌てて拡声器を動かしに行ったんだよね。襲われたとすると多分、そのときなんだけど」

 航海室を飛び出て、なんと一度甲板に出たという。

「危険じゃないの。よく戻ってこられたわね。その拡声器? そんなに大事だったの?」

 イユの質問にクルトは頭を掻いた。その拍子に水を吸った髪から雫が溢れる。

「うん。今回に限っては重要だったね。ライムが直したばかりの、普通のとはちょっと違うやつだから。入り口のところに置いたままだったから、幸い戻ってこられたし。でもそのときに入ったんだと思うんだよね」

 ちなみに何が普通と違うかというと、拡声したい声を細かく判定できるのだという。しかも遠くにある声さえも拾い集めることができる。

 イユにはそれがどう難しくて、何故ライムなら直せたのかもよくわからない。音には波があったんだなどと言われても意味不明なのである。

 だから、大人しく聞くことしかできなかった。それが伝わったのか、クルトはすぐに話を切り替えてあっさりと説明を放棄する。大事なことだけ告げるに留めた。

「ラダは船の外で口笛を吹いて知らせていたから。アレのお陰で、船長は気付けたって言ってたよ」

「そう、それはお手柄ね」

 ラダが襲われたときにクルトはクルトなりに動こうとしていた。それは伝わってきた。

 けれど、クルトの顔はどちらかというと後悔に歪んでいる。

「ボクは廊下を歩いてたぐらいから、ぱたっと意識がなくなったからさ。そのまま主を連れてきてやられたんだと思う。そこから、そいつは医務室に入って航海室にいってライムも襲ったんでしょ? 抜かったなぁ」

 言い方は軽いが、後悔の濃さはよく感じられる。ただでさえ気が滅入っているはずだ。気にするなと声を掛けた。

「終わりよければ全てよし、としましょう」

 最も全てよしとするには、倒れたままの怪我人が多い。ヴァーナーもジェイクも、意識を失ったままだ。リーサは何気ないように振る舞っているが、誰よりも心配していることだろう。

 まして、ヴァーナーはリーサを庇って怪我をしたというのだから尚更だ。更にその後のレヴァスをみたとなれば、ショックが大きくなるのも分かる気がした。

「それにしても、克望だっけ。死んだんだね」

 しみじみと、そしてあっさりとクルトが呟く。

「ミンドールも酷い怪我で、レヴァスなんておかしくなっちゃったんでしょ? シェルの怪我も元はと言えばさ」

「そう、ね」

 医務室での会話が蘇って、イユは言葉を詰まらせた。

「克望は和平派なんだっけ? なんでそれであんな仕打ちができたんだか」

 クルトの言葉には、いい加減にしてほしいという思いがはっきりと込められている。クルトは感情を隠さない。刹那が聞いたらさぞ耳の痛いことだろう。

 イユは、克望の最期を思い浮かべた。やらかしたことに対して、あまりに呆気ない死に様だった。だからこそ、イユもまた克望のことは許せない。志半ばだったとは理解している。現に和平派なはずが、今や戦争が起きようとしている事態である。

 けれど、結果としては簡単に崩れるような志で、イユたちの仲間は犠牲になったのだ。志が良ければ犠牲になって良いというつもりはさらさら無いが、結果を見てしまうと、余計に腹が立ってくる。

 同時に、思い浮かぶ場面があった。

「追い込まれていたから」

 次から次へと克望が式神を出すのをみて、刹那が焦っていた。恐らく負担があるのだろうは。自分も省みれないほどに追い込まれていたから、何でもかんでも犠牲にしようとし始めた。それこそ和平を免罪符に人の心を壊せるような人間に変貌した。その可能性もあるのかもしれない。

 首を傾げるクルトに、イユは続ける。

「私も分からないけれど、そんな風に見えたから」

 だが、一体何故、克望は追い込まれていたのか。イユには知る由もないことである。

 それに、克望は式神の出せる『異能者』以前に『魔術師』だ。『魔術師』にもいろいろいるとはいえ、自分の都合で戦争を仕掛ける発想のある存在だ。元から、人の心を壊すことに躊躇いのない存在だという可能性も消せなかった。

「刹那なら分かるかな」

「どうかしら。刹那は私たちと一緒にいたわけだから、克望とは距離を置いていたと思うの」

 だから、刹那にもきっと、克望の全てが分かっていたわけではない。分かっていたのは恐らく、手紙か何かを通してやってきた指示だけだろう。

 結局のところ何を考えていたのかは本人にしか分からない。そして死者は語る口を持たないのだ。

「なんか許せないや。死に逃げされたみたいな」

 残っているのは刹那だけだ。当然のように、刹那へ皺寄せはいく。それを可哀想などとは思わないが、何か腑に落ちない気がするのは確かだ。

「それなら私達は、克望にどうなってほしかったのかしら」

 自問自答のつもりだった。イユにはよく分からなかったからだ。

「シェパング風なら土下座? いや、なんか違うなぁ」

 クルトもまた、よくわからないらしい。

「結局失ったものは戻ってこないし、だからこそ大事なんだもん。同じ目にあってもらったって気は晴れないし、許せるものでもないしさ」

 では、許さなかったらどうなるのか。それもまた、よくわからないでいる。

「難しいわね」

 失ったら戻らないというのは、きっと傷だけではなく、これまでの関係も含めて全てのことだ。

 だからこそ、シェルは刹那にどうにもならないと知りながら言葉をぶつけるしかなかったのだろう。互いに上手く折り合いをつけられない。それは、難しいことだから当然と言えた。



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