その654 『決着後』
暫く、世界から音がなくなったようだった。音だけでなく、感覚も、色も、匂いも、他のものが全て消えてしまった。唯一、身体を支えてくれるマーサのぬくもりだけが感じられる。
目の前で弾ける爆発に、イユの髪が揺らされる。空気を頬に感じはじめてからようやく色が飛び込んできた。イユの目の前にレパードの背中があり、その先にはアグノスがいて、更にずっと先にレッサがいる。レッサのいる位置では爆発の衝撃があるらしく、地面に伏せて頭を守っていた。
光が止んだ後、そこにはあれほどたくさんあった主の姿がななくなっていた。代わりにぽっかりと地面に穴が開いている。爆発の影響による粉塵のせいでまだ様子がはっきりしないが、間違いない。爆発が強すぎて、地面をも抉ったのだろう。幸いにも、ぱっと見る限りでは主の生き残りはいないようだ。大きな力を前に残らず吹き飛んだと考えたい。
「刹那は」
掠れた声でレパードに呟かれて、イユははっとする。確かに刹那の姿が見当たらない。
とにかくよく見ようと視力を調整しようとした途端、頭痛が走った。
「イユちゃん!」
思わず呻いたせいか、マーサから心配そうに声が掛かる。それを手だけで制して、大丈夫だと告げた。そうして、再び周囲を見る。もう力は使わないでおいた。気のせいかもしれないが、主の力を調整しようとした反動か、これ以上の力の酷使は厳しそうだ。自分自身が精神ともに疲れ切っているせいもあるのだろう。
けれど、刹那の姿が見えないのは心配だ。何より誰よりもあの爆発の至近距離にいた。被害を被っていないとは言い切れない。
「アグノス、探せるか?」
レパードの頼みを聞いたアグノスが、鳴き声を上げて飛んでいく。了解した、とでも言いたそうな返事に聞こえた。
アグノスはレッサのすぐ頭上を飛んでいき、粉塵のなかへと飛び込んでいく。主がいたら危険だが、当然アグノスも分かっていて警戒しているようだ。
アグノスの姿が消えている間に、レッサが立ち上がり、イユたちの元へと歩いてくる。
「レッサ、怪我はないか」
レパードの言葉にレッサは頷いた。イユはいろいろ聞きたかった。けれど、目を酷使するのと一緒なのか、口を動かそうとして上手く動かないことに気が付く。気をつけないと意識も落ちてしまいそうだ。
幸いにもイユの疑問はレパードが聞いてくれた。
「どうやってここに?」
「アグノスと一緒にです。幸い戦っているときの音が凄かったので、目的地には迷わずにつけました」
確かにレパードの魔法でがんがん雷を落としていたから、迷いようがないというのは理解できる。だが、一体と一人で鳥籠の森を歩くのはあまりに無謀だ。レッサはレパードのように満足に戦えるわけでもないのだ。
その指摘はレパードもした。
「道中、魔物がいただろう」
「そこは魔物避けもありましたし、迂回もしたのでどうにかなりました。ここが無茶のしどころだと思ったので」
「いや、危険すぎるだろ」
レパードの言葉には、頷きたいところだ。けれど、妙なところで頑固なレッサは理路整然といってのける。
「ここの魔物は特殊で、力に自信があっても危険なのは変わりません。だったら、手の空いている人がいかないと」
その言葉で、一緒にいたというミスタは説得されたのだろうなと理解した。ミスタには細身のレッサと違い、怪我人を運ぶ役割がある。だから、代わりにアグノスを連れて行くように指示をだしたといったところだろうか。
レパードもまた、レッサの発言にとやかくいう元気はなかったのか、他のことを質問した。
「クロヒゲたちは?」
「全員無事です。ヴァーナーの傷が酷いけれど、応急手当でできることはもうないのでこのあと担架を運んでこようと思っていました」
レッサが無理にでも駆け込んできたのは、ヴァーナーを少しでも設備のある場所に運び込むためだろう。本人も言っていたように、やはり無茶をしたのだ。
ただ、その無茶が今回ばかりは助かった。数分遅かったらレッサたちがみていたのは鳥籠に入ったイユたちだったかもしれない。そうなっては、幾ら魔法石があってもレッサとアグノスだけでは適うまい。
イユたちのもとへと近づいたレッサは、マーサに向き直る。その目が心底安心したように細められた。
「マーサさんも、無事で何よりです。イユも」
頷きたかったが、動くのも辛かった。
「レッサちゃんこそ。元気で良かったわぁ」
頷けないでいるイユの顔色を見てか、レッサが心配そうな顔になる。
「イユ、大丈夫? それに、ラダさんがなんでこんなところで倒れて。センさんまで」
イユたちの状況をよく見てなかったのだろう。はじめて気がついたようで、慌てた様子だ。そうしたレッサの動揺の声がどこか遠くに聞こえる。よくこれで、上手い具合に魔法石を持ち込んでくれたものだ。戦えないレッサだからこそ護身用も兼ねて持っていたものだろうが、今回ばかりは咄嗟の機転に救われた。
「イユちゃん?」
「寝かせておけ。もう限界のはずだ」
意識が落ちかける寸前、遠くでアグノスの自慢げな鳴き声が聞こえた。それで、刹那を無事見つけられたのだなと安心できたのだ。




