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カルタータ  作者: 希矢
第九章 『抗って』
653/994

その653 『飛び立つ鳥』

「厄介」

 レパードの魔法で、主を閉じ込めたとき刹那が感じたのはその一言に尽きた。屋敷からくすねてきた魔法石はあと僅か。先程飛行船から引き剥がすのに思いの外使ってしまった。にもかかわらず、主は先程までの倍以上はいる。

 レパードに続けて雷を撃つ余裕があれば良いが、今の雷で覆った膜を発生させ続けるので限界だろう。その証拠に、覆われた膜がうっすらと色を失いつつある。これでは一箇所に集めるということには成功したものの、集めた主を倒す決定打とはならない。ナイフの予備はあるが、それだけで全てを打ち漏らさずに倒すのは難しい。

 わかっていても、刹那には手元の魔法石を投げるという手しかなかった。何もしないで今の機会を無にすることは選択肢にない。

「私が終わらせる」

 無謀と知りつつも、決意新たに宣言をする。何より、負けられない理由がある。

 贖罪といった大袈裟なものではない。それはきっと対面的に周囲に告げる飾り言葉にすぎない。勿論、刹那がセーレの仲間にしでかしたことは分かっているつもりだ。主に巻き込まれたのは刹那のせいであり、けじめはつけるべきだとも考えている。だが、やはり刹那にはどうすれば贖罪となるのかがわからずにいるのだ。

 だから、どちらかというと、今突き動いている理由は我が身可愛さによる。

 元々、克望の命令でセーレに渡ったとき、いつかセーレの仲間を裏切ることがくることは分かっていた。刹那の役目は間者だ。必要なこととはいえ、いつかは克望から何らかの指示が下りる。それを知っていて、何もしないでいた。ただ淡々と手紙で日々の様子を綴り、仕送りと称して克望の息のかかった孤児院に手紙を送った。そして返事がきたら、そのとおりに動いた。刹那はいつもそうして、ただ指示だけを受けて過ごしてきた。如何にも人形らしく。

 そこまで考えて、首を横に振った。そうではない。ブライトに話を持ち掛けられたとき、刹那はその話に乗ってしまったのだ。らしからぬ余計な判断をしてしまった。

「ご主人さまのためになることはどっちか、ちゃんと考えてごらん?」

 あのときそう問われ、刹那が考えたのは、克望が間接的に誰かを殺さなくてすむ方法だった。克望が最も嫌悪していることを、理解しているつもりでいた。克望が嫌いなもの。それは、屋敷の地下室の牢。父親。暗殺者。それらと同じものに身を落とすことは避けるべきだと考えた。

 だがきっとあのとき話に乗らなければ、克望はあのような最期を迎えずにすんだ。

 悔しさという感情は、刹那にはよく分からない。ただ、意味が分からなかった。正しいと思って踏み出した一歩が違う道を進んでしまった。何故か訳の分からぬ方向に出来事がほつれていき、気がついたら刹那はセーレの仲間を鳥籠に入れる側に回っていた。

 克望は誰よりも地下室の牢を嫌っていたはずなのに、実際は場所を変えただけで同じようなことをしている。おかしいと思っていても、刹那にとって克望の命令は絶対だ。言われるままに動くことしかしなかった。

 けれど、それで良かったはずだ。刹那は式神で、克望の思いの通りに動く人形なのだ。暴発した力による出来損ないとはいえ、力の在り方としては間違っていないはずだった。

 それなのに、克望はいなくなってしまった。そう理解したとき、自分の中の大半がどこかへ消えてしまった感覚がした。それまでも悲しみという感情は、理解しているつもりでいた。克望が刹那をつき放すときいつも感じていたからだ。悲しんでいた刹那に、悲しみを避ける方法を教えてくれたぬくもりがあったからだ。

 けれど、それは今までに感じたことのない衝撃だった。きっと今までは悲しんでいるふりだった。今回は違う。刹那は、悲しい。克望を失って、悲しいと感じている。


 では、セーレの仲間はどうであろう。


 自問の結論はすぐに出た。きっと、同じことなのだ。失ったら悲しくなる。同じような気持ちになる。何故なら刹那がセーレの皆に抱いている大切という感情。それは、克望に向けているものと同じだからだ。

 それらのことがようやく、分かった。

 だから、あくまで自分の身勝手で刹那は譲れない。


 そして、主への共感もあった。自分と一緒の存在だと思ったのだ。異能から生まれたという存在同士、出来損ないながら一緒にいられるものを切望するその姿をも。鳥籠に入れようとする主に、刹那もまたペタオの羽を折ったことを想起していた。主にどのような思いがあるかは刹那には分からない。ただ、鳥籠に入れておきたいと考える気持ちはわかる気がした。相手に自分と同じ出来損ないでいてほしいと望むのだ。逃げないでほしい。一緒にいてほしい。悲しい思いをさせないでほしい。そうした思いがあるから、主が荒らした森はどこか寂しげなのだろう。

 それならば、似たような存在の自分の手で屠るべきだと考えていた。


 魔法石を全て放り投げる。ぶつかった衝撃に、眩しい光が発生する。熱に風に水に、この際全て構わずぶち撒ける。それはごちゃまぜになったことで混沌とした力になり、弾ける。爆発が起きた。

 けれど、やはり足りない。光の膜の半分ほどの規模の爆発でしかないのだ。これでは中で分裂を繰り返される。

 ナイフを引き抜くものの、どうにもできずにいる。

「刹那! これを使って!」

 だから、レッサの声を聞いたとき、それは正に一条の光のようだった。

 振り返った刹那の目の前で、大きめの革袋が空を舞う。中身が重いからだろう。刹那よりだいぶ手前の位置へと落ちようとしている。

「ありったけの魔法石!」

 袋の中身を告げられて、必死に走った。レッサがいる理由はこの際何でもよかった。恐らく、看病が一通り終わって数名でタラサに戻ってきたというところだろう。

 それよりも、目の前で起きている爆発だ。袋を受け取って、そこに更に衝撃をぶつけることができるのだ。これで、倒すことができるのだ。

 駆け込んだ刹那は、地面に落ちる寸前の革袋を受け取る。すぐさま主へと投げつけた。先程までと比べ物にならないほどの爆音が響き渡る。

 逃げ道を探して蠢く手が膜の内側から透かすようにみえた。すぐにナイフを取り出して走り出す。刹那と同じ存在だからこそ、相手の次の動きについて予測がついていた。


 爆発は主に止めを刺すほどの威力だ。だからこそ、逃げ回るしかない手は分裂をする間もなく、焼かれていく。そのなか、一本の手が出口を求めるように上空へと逃れていく。手のひらを大きく広げて空を求めるその様は、まるでそこに、鳥籠から逃げ出した鳥がいるかのようだった。

「鳥籠に閉じ込めても、誰もあなたのものにはならない」

 主の前に、影が入り込む。光が消えて、代わりに白装束を着た少女の輪郭を映し出す。蒼の瞳が見下ろしている。

「だから、おやすみなさい」

 刹那の一刀が主の手を一閃する。

 その手は、他の影に吸い込まれるように落ちていった。

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