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カルタータ  作者: 希矢
第九章 『抗って』
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その648 『一人の力』

 襲ってきた手に向かって、刹那が駆け込んでいく。

 イユの目に、前方からやってきた手を踏みつけて空を舞う刹那の姿が映る。飛んだと同時に足元にいる主の手へと魔法石を投げ、横薙ぎにやってきた手へと飛び乗る姿はまるで曲芸だ。爆風とともに刹那の姿が隠れたと思うと、今度は投擲されたナイフが光る。何もないところへと投げられたそれが、宙で止まった。ありえない光景に、見えにくい手がいるというのが事実であると悟らされる。

 風を抜けて一対の手へと飛び掛かった刹那は更に魔法石を投げつけると、大きく後退する。爆風の前にレパードの放った光で刹那が照らされる。白銀に輝いた刹那の姿が掻き消え、今度は別の手から指が飛んだ。切断されたそこから舞うように白装束が飛び出てくる。

 次から次へと近づいてくる手が倒されていく様に、イユは息を呑む。イユでは触れることさえままならない存在を相手にこれほどのことができてしまう刹那がただ眩しい。

 けれど、同時に頭の中の冷静な部分が事態を客観的に観察する。刹那が圧倒しているようにみえるが、実はそうではない。イユたちと刹那の距離が少しずつ引き離されているのだ。刹那は手を倒すたび、タラサがあるほうへと誘導されている。

 そのタラサに視線をやれば、いつの間にか手に船体を覆われてしまっていた。あの中にいるだろう、仲間が心配だ。よほど外にいるイユたちより安全と思いたいが、タラサは過去、人喰い飛竜の侵入を許したことを忘れてはならない。

「それに結局、解決策はなしってことよね」

 主の情報は共有できたが、主を倒す糸口は見つかっていない。刹那が引き付けているものの、主は愚かでもない。むしろ現状を見るに、イユたちから刹那を引き剥がすつもりだ。

「数が増えてきたな。なるべく固まりたい」

 レパードも分かっていたのだろう。その指示にイユは頷く。刹那がタラサへ移動するということは、イユたちのところにくる手を捌けなくなることと同義だ。暫くはレパードの魔法で対処できるが、それも限界がある。主の手の思惑から外れるためには、少しずつ刹那のほうへイユたちも移動するのが良いと思われた。

 そこで問題になるのが、マーサたちだ。マーサ単独ならまだ歩いてイユたちのもと逃げてこられるのだが、倒れたままのラダがいる。幾らラダが軽かろうが、捕まっていて衰弱しているだろうマーサに担いで運んでこいとまでは言えまい。

「センは任せていい?」

 動けるのはイユだけだ。レパードは魔法を放つのに忙しい。レパードの首肯を確認したイユはすぐさまマーサのほうへと走った。

「イユちゃん!」

 駆け込んできたイユに、マーサは明らかに安堵した顔をみせた。マーサの膝元にはラダがいる。その目は閉じられていて、顔色は蒼白い。

「怪我はない?」

 イユの声に、マーサは頷く。

「ラダさんが目を覚まさないの。あまり動かすのも良くないとは思うのだけれど」

「残念だけれど、そうもいっていられないわね」

 見た限りでは応急処置は施されている。マーサの服の一部が破れているのをみるに、マーサの手当だろう。

 イユはラダを担ごうとして、ふらついた。

「イユちゃん!」

 心配そうなマーサの声に、大丈夫だと返す。どうにか担ぐと、マーサを伴ってレパードへと駆け寄る。

 それを機会と思ったのか、手が飛んでくる。光が弾け、熱がイユの肌にも伝わった。

「イユちゃん!」

「全力で走って!」

 動揺した様子のマーサにそう言い放つ。手が襲ってくる気配は止まらない。今のイユたちは格好の的だ。レパードの魔法がなければやられている。抵抗のすべがないことがとてつもなく恐ろしい。

 歯を食いしばり、走る。とにかく走りきらなければ、危険は増すばかりだ。


「あぁ、センさん」

 先に到着したと思われるマーサの声を聞く。すぐにセンへと駆け寄る気配があった。

 イユもそこに駆け込む。背中のラダと合わせて五体満足であることを確認すると、ふっと息をついた。先程まで全く生きた心地がしなかったのだ。

「怪我は幸い酷くなさそうだったのだけれど」

 そう、センの様子について言葉をかける余裕ができた。そうやって告げて実感する。

 ようやく五人で固まることができたのだ。二人は目を覚まさないとはいえ、イユの力で担ぐことはできる。これであとは刹那に近づくだけだと。

「でも、ずっと目を覚まさなかったから」

 そこに発せられたマーサの言葉に、イユは違和感を覚えた。

「どういうこと? マーサと一緒にいたんじゃなかったの?」

「一緒にはいたけれど、ずっと目を覚まさなかったの。心を壊されてしまったって」

 言葉がすぐには出なかった。

 それならば何故、センはイユを庇えたのだろうと疑問が浮かんでしまった。それに、そのような状態の人間が気力も感情も奪う主に襲われて、大丈夫なのかが分からなかった。


 幸い、呼吸はしている。脈もある。けれど、今後目を覚ましてくれるのだろうか。


「ごめんなさい。不安にさせちゃったわね。センさんなら、きっと大丈夫。誰よりも優しい人だもの」

 マーサの言葉に素直に頷けなかった。そもそも優しいからこそ、本来動けない場面で動けてしまったのではないのだろうかと考えてしまった。施設にいた女を思い出して、イユの手は震える。いつも犠牲になるのは、他人のために身体を這ってしまえる人間ばかりだ。

「ほら、刹那ちゃんも頑張ってくれているから」

 イユの不安が晴れないことが伝わったのだろう。マーサが力付けるように告げる。

 それでイユの視線が刹那を探すべく彷徨った。そこに雷が走る。イユのすぐ近くまで迫っていた手が、同時に地面へと崩れ落ちるのが見えた。落ちた手は、瞬く間に周囲の空気に溶け込んで消えていく。

 実態のある影。改めてそれを意識する。この影からは、大きな力の流れを感じる気がする。今までは主だからという理由で片付けていたが、やたら強い意志を感じるのは何故だろう。

 生者を羨み、鳥籠に入れようとする。そこにあるのは、嫉妬だろうか。

 理解ができないままに、顔を上げて再び刹那の姿を探す。舞う蝶のような動きは、変わらずだった。イユたちが固まるべく動いていた間も、刹那はずっと戦い続けている。息も切らさずにそんな芸当を続けられるのは、式神だからだ。主に触れても問題ない。人並みでない速度で、確実な動きで主を葬れる。

 確かに主の手はどんどん数を増やすが、刹那もまた倒れない。こちらが打つ手を見つけられるまでは、この均衡は崩れない。だから早く解決策を見つけなくてはいけない。


 そう、思っていた。


 それは、きっとただの甘えだった。刹那は無敵ではない。実際イユと戦ったときイユはやられなかった。それは決して刹那が手を抜いていたからというわけではないのだ。

 イユの目に映ったもの、それはタラサに着地した刹那の姿だ。このときのタラサは既に手に埋め尽くされている様相だった。だから、ごく僅かな無事な地面へと着地したのだ。それが罠だった。

 急に首元を抑えた刹那が、その場に崩れ落ちる。恐らくは見えにくいという手が首元に飛んだのだ。

 すぐさまナイフを振り回すまでは、良かった。次の瞬間、タラサから離れるべく飛び上がろうとした刹那の身体が不自然にタラサに戻される。まるで何かにぶつかって叩き落されたようだった。このときにはすでに、刹那は透明な大きな手の中にいたのだ。そして、その手が握られていく。

 なにもないはずの空中で、刹那の身体が張り裂けそうになる。

 一瞬遅かったら、きっと本当にはち切れていた。レパードの雷光が周囲に満ちたおかげで、助かった。そのタイミングで刹那は抜け出した。ナイフで一閃して自らを掴む手から飛び出したのだ。

 けれど、追い打ちには敵わなかった。タラサから脱するように飛び出した刹那の身体が突然あらぬ方向に薙ぎ飛ばされる。元々締め付けられ苦しそうにしていた刹那だ。態勢を立て直す時間はなかったのだろう。

 ぐしゃりと嫌な音とともに、地面に落ちた。

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