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カルタータ  作者: 希矢
第九章 『抗って』
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その646 『皆で紡いだその先で』

 刹那の動きは俊敏だった。

 右側から降り注ぐように襲ってきた手を、くるりと旋回しながら斬りつけると、落ちたその手に乗って、更にナイフを投げつける。

 ナイフは、近くまで迫っていた別の手の指先に突き刺さる。とはいえ投げられただけなので、大して効いているようにも見えない。

「レパード、ナイフに向けて撃って」

 刹那も分かっていたようだ。短い指示に従ったレパードの稲妻が手に当たる。

 痙攣して倒れた手に向かって刹那が追撃と言わんばかりに魔法石を放つ。光が弾け、それが止んだときには何も残っていなかった。

 その間にも刹那は立ち位置を変えて、次にやってきた手に向かっている。軽やかなその動きは、まるで蝶のようだった。白装束から溢れた菫色の帯が羽のように揺れて、死の森のなかで踊っている。

 眩しい。そう感じた。人間でないと刹那は自身のことをそう告げたが、生きていないということではないのだと実感する。主にやられて擦り切れたイユの前に、刹那の命の輝きは眩い以外の何物でもなかった。


「イユ、動けそう?」

 刹那の声がすぐ近くで聞こえて、いつの間にか俯いていた顔を上げる。刹那がすぐ隣まで戻ってきていた。

「大丈夫よ」

 本当はあまり大丈夫ではなかったが、足に力を入れて立ち上がることには成功する。ふらつかないように最大限の注意をしていることはばれただろうが、刹那は追及してこなかった。

「鳥籠は私じゃ壊せない。頼んだ」

 センを捕らえた鳥籠はいつの間にかだいぶ離れてしまっている。それでも、追いつけない距離ではない。

 そっと下唇を噛んでから、答えた。

「任されたわ」

 イユでは手に負えない森の主は刹那任せになるのだ。これぐらいはやるべきである。ましてや、イユのせいでセンがあの場にいるのだから尚更だ。

 そこまで考えることで、今までの弱気や絶望を吹き飛ばす。それができてしまえることに気が付いた。

 認めるしかない。それだけ刹那の存在は、今のイユにとって心の支えとなっている。

「敵は影の力を使う。レパードの雷の後に突っ込んで」

 ところがそこで珍妙なことを言われて、目を瞬くことになった。影の力とは一体何のことだろう。風の力の聞き間違いかと思ったが、それでは後者の発言と結びつかない。

 詳しく聞く暇はなかった。イユへと襲い掛かってきた手を、刹那が一閃しに飛び出たのだ。

 こうなると、イユは動くしかない。坂道を登ってセンを追いかける。走る最中に雷鳴が轟き、前方すぐ近くの手に向かって落ちた。

 それを見届けて、すぐに雷へと走る。光のせいで見にくいが、視力を調整するより先に光が止む。いつの間にか先にいた刹那が指に斬りつけている姿を確認する。その横を通り過ぎて、速度を上げる。

 とうに息など上がりきっていた。異能を使っての無茶にも限界がきて、ふらふらしながら走っている自覚はある。

 きっと普段のイユが見たら舌打ちしたくなる速度だろうが、走る力が残っていただけでも奇跡だ。気力を先に持っていかれたせいもあって、一度は底をついたと思った体力を僅かでも掻き集めることができたのが大きい。

 森の主はイユたちの狙いに気づいているようで、センのいる鳥籠を守るように立ちはだかる。同時に鳥籠をより遠く、高くへ移動させようとする。

「させない、レパード」

 落雷とともに、刹那が飛び込み、イユがそこを追いかける。走り抜けた先に連れ去られるセンが見えた。

「待ちなさい」

 足に力を込める。あまり高く移動されてしまうと仮に刹那が手を斬り落とした場合、鳥籠が落下して中のセンがかえって危険に晒される。そうなっては、困る。

 それにしても、鳥籠に人間を入れようとする癖に、森の主は人間が鳥のように高く空を飛べるとは思っていないのだとちらっと考える。このようなときだというのに浮かんだ思考はそのまま異能者施設を出たときのことも想起した。

 あの施設を脱しようとしたとき、イユは当たったら感電死する場所を前に跳びきった。今はちょうどあのときぐらいの高さになっている。そしてあのときは死体の山を踏みつけるしかなかった。異能を使っても飛べる高さではなかったのだ。

「刹那!」

 だから、イユは無理をしない。刹那が仲間に指示を出すように、イユもまた仲間に頼ることを知っている。

 振り返った刹那の目と合う。幾ら覗いても何を考えているか分からなかったあの目が、今はっきりとイユを認めている。

 だからだろうか、意図が通じたと感じたのだ。

 刹那が向き直り、襲ってくる手へと跳ぶ。指を伝って、その上へ。更に襲ってきた手を躱し、より確実な位置へ辿り着く。速度を調整した完璧な距離である。

 故にイユは思いっきり地面を蹴った。使える力を全て足にあてて、跳ぶ。

 それでも、センには到底届かない。主はそこまで甘くない。


 それは、分かっていた。


 イユが目指した先に向かって、刹那が跳ぶ。イユに背を向けた状態で、両手を背中側に向けていた。

 イユの足はその背に届いた。踏みつけて、更に上へと跳ぶ。その間にも雷鳴が轟き、周囲の手が落ちていく。

 降るように落ちていく手の合間、鳥籠に向かってぶつかっていく。距離がどんどん縮まって、イユはそこで身体を捻った。

 足にかけた力の方向性を変える。飛ぶのではなく蹴りつけるためだ。この一回で決めなければ、センは取り戻せない。

 思いっきり蹴りつけると、予想以上に鳥籠が容易く砕けた。ばらばらと散っていくそこから、気を失ったセンが崩れ落ちていく。

「セン!」

 今のイユにセンより早く落ちて受け止める時間はない。

「任せて」

 代わりに滑り込んだのは刹那だ。イユの視界の横から飛びついたと思うと、センの身体を抱きとめる。そのままくるくると地面に向かって落ちていく。

 いやいやと、イユは焦った。刹那に成人男性を担ぐ力はない。あの高さであの態勢ではふたりとも大怪我だ。さすがに任せられまい。

 身体を丸め少しでも落下を早くしたイユはそのまま目を細めて地面への衝撃に耐える。受け身を取れば行けると思ったが、衝撃はあった。それを堪えて、刹那たちのほうへと急ぐ。

 間に合ったのは、主の手がセンを逃すまいと刹那に飛びかかったからだ。一度捕まったことで逆に態勢を立て直した刹那は指を斬りつけて再び落下を始めたのだ。

 だから、イユは寸前のところで、刹那たちを受け止めることに成功した。落ちる前に二人に跳びつき、そのまま三人でゴロゴロと地面を転がる。痛いとか考えている場合ではなかった。坂だったせいで意外と止まらなかったのだ。視界がぐるぐると回っている。

「無事か!」

 レパードの声に、返す余裕はない。

「無事!」

 代わりに返したのは刹那だ。手で思いっきり地面を抑えたのが視界の端に見えた。

 だから、ようやく勢いが止まったとき、イユは一番下にいた。刹那とセンの重みががっつりのしかかってくる。その重みが何より尊かった。



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