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カルタータ  作者: 希矢
第九章 『抗って』
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その640 『森の主との戦い』

 森の主はあり余る数を二つに分けることにしたらしい。半数がレパードのほうに指先を向け、半数がイユを追っていく。

 すぐに、人のことを心配する余裕はなくなった。レパードの元に襲い掛かってきた手に向かって、魔法を放つ。なるべく広範囲に弾くようにと意識すれば、地面を走った雷が枯れた木々を焦がしながら空へと飛び散っていく。

 もはや火事がなんだのとはいっていられない。幸いにして僅かな威力でも当たりさえすれば足止めになるらしく、身体を震わせる森の主の手を確認する。

 その隙にと、ラダを抱えた。止血ができていないのに走るのは良くないが、そうもいっていられない。

「こいつ、全然食べてないな」

 こんなときだというのに、あまりの軽さに思わず感想が溢れる。もともとラダは男にしては細身だったが、レパードより長身な癖して思った以上に重くない。今までの過重労働のせいだろう。今回ばかりは、そのおかげで、どうにかなった。

 とはいえ、一人の成人男性を抱えて移動するのは、レパードでも厳しい。すぐに息は上がるし、どうしても遅くなる。

 衝撃に立ち直った手がやってくる気配がしてくる。続けざまに魔法を放ちながら、レパードはイユとは逆の方向、木々のなかへと走る。まだ木々の中なら身を隠す場所があると踏んだのだ。

 そうして木々へと駆け込んだところで、振り返って更に魔法を撃ち込む。手の数はイユを追いかける前に戻っていたが、ここまでの間、レパードが逃げ切れたのは事実だ。魔法は広範囲のほうが効くようである。

 ちらりと確認すると、イユの姿も見つかった。

 琥珀色の髪をなびかせた後ろ姿は、まるで俊敏な兎のようだ。はじめに襲いかかってきた手を前に駆け込んで避け、身を伏せながら二体三体とやり過ごす。そうして抜けた先でも、まだ止まらない。手のひらを向けて地面にこすりつけながら襲ってくる主の手を横に飛んで避けたのだ。人間の限界など無視したかのような、直角の動きは、身体に無理を言わせられる力の持ち主でなければ決してできない動き方だった。それが、瞬きする間の動作なのだから余計にだ。更に、イユはイユの胴を凪払おうとした手に向かって蹴りつける。

 そこで、信じられないことが起こった。かくっと、イユの身体が崩れたのだ。

「イユ?」

 何が起きたか分からなくなる。レパードは慌てて助けに入ろうとした。ラダを森に置いて、飛び出る。銃を撃ち込もうとしたところで、レパードとイユの間に割り込む形で手が伸びた。

 まるで遮るように肩代わりした手が、レパードの魔法を受けて痙攣し地面に崩れる。その背後で、一瞬金髪が見えた気がした。

 イユを助けないといけない。何が起きたかわからないが、不測の事態が起きたのは事実だ。だから駆けつけたかったのに、それを森の主は読んでいたようで防いでくる。

 それどころか、追い打ちがあった。

「ぐっ!」

 突然、何の脈絡もなく、レパードはその手に衝撃を感じて銃を落とす。怪我をした覚えはない。にもかかわらず、自身の腕が一閃されたように、傷ができている。足をやられたラダと同じだ。そう気づいたレパードは戦慄する。

「風の刃を使ってくる! 避けろ!」

 リュイスが風の魔法を扱うからこそ、その脅威がレパードには伝わる。しかも気のせいでなければ、腕がぐったりと重い。毒の類もあるかもしれない。全く、分裂するだけでも厄介なのに、嫌な力を持ちすぎである。おまけに、レパードが一人でいたときにこの魔法を使わない辺りに、知恵を感じる。元々、油断させるタイミングを見計らっていたかのようだ。

 恐らくは、イユがやられたのも同じ理由だろう。

 そこまで考えたレパードの目に、次から次へと手が襲ってくる。指を突きつける動作とともに、何かがレパードに飛びかかってくる。

 逃げるしかなかった。避けることで、イユからの距離を物理的に離される。森の主は分断させようとしている。その意図が伝わるからこそ、焦燥に駆られた。

 イユが危ない。

 レパードは必死に魔法を放つ。なるべく広範囲に、多くの手を巻き込むようにと意識する。ラダのいる森へと向かおうとする手もいて、全く余裕はなかった。それどころか、恐らく主には余力があった。どこからともなく手が運んできたもの、それは鳥籠だった。

 一つ、二つ、これもまた数が増えていく。

 そのうちの一つを投げつけられて、レパードは大慌てで走って避ける。粉々に砕けた鳥籠の、その破片がレパードの背中に降り掛かった。

 そこに被せるようにして、レパードを覆ったのは影だ。手がすぐ真上にいると分かり、再び走り出す。振り返りざまに魔法を撃ち放った。

 そうして、更に走り込んだレパードはようやく前方の手の数が減っていることに気がつく。

 そのおかげで倒れ伏すイユの姿が目に入った。まさかやられたのかと焦るが、手をついて体を起こし始めるイユを認めて安堵した。

 だが、余程急所を狙われたのか、いつものイユにしては辛そうだ。レパードの警告に動けるほどの余裕もなさそうにみえる。助けたかったが、レパードを邪魔するべく大勢の手が再びイユの姿を隠してしまう。加えて、レパードに向かって襲ってくる。

 すぐさま魔法で応戦し、隙をみて銃を手に取る。空気が揺れる感覚を背に感じ、そのまま横に飛ぶ。遅れて地面の砂が飛ぶ。振り返ったレパードの視線にあるのは、一閃された地面だ。それはまるで、爪で引っ掻いたような跡である。

 ぼうっと眺めている暇はない。更にそこに別の手が襲いかかってくる。

 続けて放った魔法で雷光を発した。レパード自身、視界は最悪だ。主の手がどのように人間を見つけ襲っているのかは分からない。ただ見た限り目がついていないのだから視覚でない可能性は高い。そうとなれば、きっとすぐにでも襲ってくる。こちらの油断を誘う頭があるからこそ、今こそ狙いどころだと考えるはずだ。

 すかさず、自身の前方へ雷を叩き込む。レパード自身の視覚が戻るのを待つ時間はない。何に当たろうが構わず撃ち放たなくては、機会は作れない。すぐに、イユのほうへと駆け込む。

 狙いどおりだった。飛びかかろうとした主の手が雷に撃たれてその場に痙攣する。

 そうしてはっきりと目にする機会を得たレパードは息を呑んだ。


 そこにあったのは、倒れたイユを庇うセンの姿だったのだ。

 センの身体が、主の力に切り裂かれ、倒れていく。



 ***


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