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カルタータ  作者: 希矢
第九章 『抗って』
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その638 『躊躇の先』

 霧は、すっかり明けた。

 それが良いことなのかどうなのか、よく分からないままに足を進める。視界が広い分探しやすいが、魔物に見つかる可能性は増える。同時にぶらぶらと揺れる鳥籠が嫌でも目に入って憂鬱にさせられる。

 とはいえ少なくとも、紛れるための霧がなくなったことで『霧すがた』はいなくなった。道もはっきりして、魔物の有無が以前より分かりやすい。


 周囲に気を配りながら進むせいで自然と足は遅くなる。そのせいで、中々マーサたちの姿が見つからないことに焦りを感じた。変化がないなら動揺しなかったところだが、なぎ倒された木々や鳥籠を見掛けるようになったのだ。何か大きなものが通りすぎたのだろうことは想像できた。恐らくはこれが森の主の仕業だろう。マーサが主と真逆のところにいることを願いつつ、しかし足は最悪を見越して主の通りすぎた跡を進んでいく。


 一向に、人の気配がしなかった。途中で『心喰い』を見かけたが、それだけだ。迂回してやり過ごした先で、大きな声が聞こえてくる。いよいよ主の登場だろうか。

 ゴクリと、息を呑んだレパードは知る限りの主の情報を思い起こそうとする。


 巨大な鳥の魔物。或いは来たるもの全てに手を伸ばす強欲の手。


 目撃証言が曖昧なのは、襲われて生き延びた人間がいないからだ。残った痕跡だけを頼りに話が盛られ、そうして広がった。


 森を広げる元凶にして、死を振りまく魔物。


 空からの観測で森が広がっていることは分かる。元凶を謳われるのは、単に噂話だろう。死を振りまくのも、この森から連想させられる。だから実際はどうなのかは分からない。こればかりは好き好んで情報を集める人間は少ないから、確実な情報は得にくい。

 

浮かんだそれらはどれも絶望的で気を弱らせるばかりだった。

 帽子を片手で抑え込んで、よく分からないままに音のするほうへと足を進める。




 ところが、いつまで経っても景色が変わらない。ここまでくると、イユたちと別れたところから結構な距離が空いてしまっているのが気掛かりになった。これだけ探して収穫なしなのも気になったが、一回戻っても良いかもしれないと考える。

「主の姿もないしな」

 現れないに越したことはないが、痕跡はあるのだ。なぎ倒された木々に、どれほどの巨体か想像する。これが現れたら、さすがに大きすぎてレパードでも歯が立つ自信はない。倒された木々の先は登り坂になっていて、レパードには終わりが見えないことも、判断を促した。諦めて来た道を引き返し始める。


 そこに、音が聞こえた。

 それは耳を刺激する僅かな高い音だ。すぐに口笛だと気付く。こんなところで、そんな音などなるはずがない。マーサとともにいる可能性のある人物を思い浮かべる。あり得るとすれば、センだろうか。

 期待したレパードは、音の聞こえる方角へ向きを変える。そこで、気がついた。

 聞こえてくる音は、本当に僅かで小さい。

 しかし、とあるテンポで吹かれている。すぐに分かった。これは信号だ。救難信号を、光ではなく音で表現している。ギルドの人間なら、いや航空に携わった人間なら、それが座標を示していると理解できた。

 だが、よく自分のいる位置がわかるものだと、感心する。その時点で、恐らくはセンではないと判断する。彼は料理人であって航行に必要な知識は学んでいない。計測器を偶然持っていたのであれば別だが、そう上手くはいかないだろう。

 となると、別の人間だ。刹那がまだ伝えていない、誰かだろう。この場所にいるから早く来いと声の主が訴えているのが伝わるようだ。

「っても、正確な地図情報なんてやつは……」

 計測器を持っていないのは、レパードも同じだ。場所を教えてもらったところで、自分の位置が分からなければ辿り着けない。そう愚痴を口にしてから、思い当たる。確かに経度や緯度では分からないが、この音は高さも記している。そして、その位置が高いということは、レパードの知識でも理解できたのだ。恐らくは、登り坂を進んだ先にある。

 そうと決まれば、行くしかない。それも急ぎだ。

 レパードは勿論知らなかった。既にレパードのいる地点の高度は高いということをだ。だから実際には本当に少しの距離にいた。

 レパードにはじめにみえたのは、巨大な手だ。影のような無数の手が蠢いている。それは、大きな鳥の姿こそとっていなかったが、鳥籠の森の主だということは遠目にも分かった。

 他の魔物とは全く違うのだ。あのおぞましい手からは、死の臭いが漂っている。生きとし生けるものは、近づいてはいけないのだと直感させられる。何より、その手は命を羨んでいる。触れたそばから、生気を吸い取るに違いない。

 普通なら尻尾を巻いて逃げていた。それができなかったのは、あるはずのない飛行船が手の隙間から見えたからだ。

「なんで、タラサが」

 大量の手に包まれる姿が、レパードに呻き声を漏らさせる。夢よりも最悪な現実が、目の前に浮かんできそうになる。

 安全だと思っていた面々との合流が叶わず、マーサたちどころかクルトたちまでやられてしまうのは、絶対にあってはならないことだった。それでは、悪夢よりも最悪な結末だ。

 そこに、口笛がはっきりと聞こえてくる。目の前の手が、恐らくは誰かに向かって飛び込んでいく。

 足を必死に動かしながら、口笛を吹くその人物の姿を捉える。ラダだ。何故、タラサを操縦すべき彼がたった一人でそこに突っ立っているかは分からない。

 だが、このままでは間に合わないと気付かされる。全力で走っても、いつものように魔弾を撃ち込んでも、駄目だ。距離は稼ぎきれないし、無数の手の全てを弾くことは不可能だ。

 使うしかない。森の主全てを焼き尽くすほどの、いつも以上に強力な力を呼び起こすしかない。


 ところが、そこで浮かんだのは、暴発した魔法で周囲を仲間ごと燃やし尽くす姿だ。

 まるで図ったようなタイミングで、あの夢がレパードに囁く。


 ――――お前は、ヒトゴロシだと。


 まるで誰かに抑えられたかのようにレパードの銃を握る手が、重くなる。声にならない声が、レパードの口から零れる。


 そして、灰色の空を紫電が駆け抜けた。


 荒い息をついたレパードは耐えきれずに、膝をつく。銃身が熱くて手放してしまいそうになる。これだけの威力の魔法を放ったことは、暴発したときを除いて過去一度もなかった。

 どうなったか確認しようと顔を上げても、すぐには分からなかった。自分の放った魔法だというのに、眩しすぎて現状が確認できない。

 ようやく目が慣れてから、周囲の木々は全て倒れているのが目に入った。ラダに迫っていたはずの手も、見当たらない。ラダの姿を探そうとして、先に声が聞こえた。


「……あぁ、やっぱり。敵わないね」


 呟くように吐かれた声の主が、レパードと同じように膝をついているのがみえる。その姿が、崩れた。



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