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カルタータ  作者: 希矢
第九章 『抗って』
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その637 『惑わされて』

「違う、俺は……」

 何が正解なのかが分からなくなる。目の前のイユは魔物だ。だから倒さなければならないのに、心のうちで葛藤がうまれる。

 イユはレパードの躊躇いを楽しむかのように、じっとみている。抵抗してくれれば、きっと反射的に動けた。無抵抗だからこそ、苦しい。

 何もできないで立ち尽くしていると、急に視界が滲んできた。涙まで出てきたのかと焦ったが、そうではない。何かがおかしいと気付くと同時に、イユだったそれが小首を傾げる。その動きに、覚えがあった。もえぎ色の瞳が突然濁ってみえる。


「レパード、殺さない?」


 その言葉と同時に、レパードはぎょっとして数歩下がった。

 目の前で蒼い瞳が瞬いている。もう間違えようがない。刹那だ。

「何で……、いや、抵抗しろよ」

 刹那は小首を傾げたままだ。レパードは刹那の首に向かって手を伸ばしたのだ。手に伝わるひんやりとした感触が、おぞましい。危うくやってはならないことをしでかすところだった。動悸が走ったのはきっと気のせいではない。

 一方で、間違いなく、殺されかけていたはずだというのに、刹那はいつも通り飄々としている。そこには、死への怯えはない。

「それも手かなと思った」

 ぞっとする言葉を紡がれて、レパードは声を失う。この式神は困ったことに死に場所を求めているらしいと分かり、止めろと声に出したくなった。

「俺は絶対御免だぞ」

 子供を殺めることなど、あってはならない。刹那が見た目だけ子供の存在だったとしてもだ。そんなものは、レパードにとっては贖罪にはならない。悪夢の再来でしかないのだ。

「『心喰い』は倒した。レパードは休む。顔色悪い」

 レパードの声は聞こえていただろうに、刹那から答えはなく代わりに必要事項を伝えられる。話をそらしているらしいことは伝わる。

「そうさせてもらう」

 まだ手の震えが止まっていないのは事実だ。刹那が一人叫んでいるイユへと向かうのを見送って、ふっと息を吐いた。

 改めて自分の手を眺める。べっとりとした血がついているような気がしてならない。手に残る感触を取り除きたくて、何度も服に擦り付ける。

 ところが、生々しい殺しの臭いが消せない。確かにあれは夢だった。妙な現実味があろうと、所詮は魔物の仕掛けた罠だと言いきらねばならなかった。

 残念ながら、魔法を撃つ自信をすっかりなくしている。暴発を恐れ、震え上がっている心がある。

 自分の意思をしっかり持てばいいことも、きちんと指示してやれば魔法は動作することも長年の経験で知っているにも関わらず、何故か今までの感覚が掴めないのだ。それを認識してしまっているからこそ、恐れが消せない。

 確かに人はいつでも冷静にいられるものではない。前科があれば尚更だ。また失うかもしれないと、いつもそればかり恐れている。そんな中で、経験を糧にして撃つのだ。それが、今のレパードにはできない。

「レパード?」

 声をかけられて、息が詰まりかけた。当たり前だが、『心喰い』が化けたイユと同じ声だったからだ。

「いや、ちょっとな」

 辛うじてそう答えるが、納得はされない。

「何を見たのよ」

 イユをみたとは言えず、誤魔化した。

「別に大したことじゃない」

「嘘ね。気になるから言いなさい」

 妙に突っ込んでくるのは、心配されているからだ。それが分かるからこそ、ため息をつきたくなった。子供に心配されるほど、顔に出ているらしい。

「あいつらが死んでる光景は、中々きたって話だ」

 てきとうな言い訳は、嘘と真実半分ずつを含んでいる。




「……何で今、思い出す」

 ぽつりと、レパードは呟いた。

 行き先は、枯れ木から吊り下げられた鳥籠が揺れる森。たった一人、ぽつんと突っ立って、周囲の様子を探っている。先ほど、『霧すがた』を見つけた。堂々と歩いたものなら、餌食になることは分かりきっているから、今こうして慎重に様子を伺っている。そんなときだというのに思考に耽ってしまうのは、疲れと怯えがあるからだろう。

 レパードは、今だに満足に銃を持てずにいる。持ち方は当然分かる。

 けれど、手に馴染まない。まるで今まで触ったことがなかったかのように、別のものに感じる。そうなったのは間違いなく、『心喰い』の見せた悪夢のせいだ。まんまと術中に嵌まってしまった自覚がある。


 けれど、今レパードは単独行動をしている。刹那を頼りたかったが、それはできない。刹那は今、ヴァーナーの治療をしている。

 命の妙薬は少ししかなかった。だから、そちらはジェイクに充てた。となると、後は刹那の力を借りるしかなかったのだ。多用は禁物という話だが、背に腹はかえられない。

 そうなると、刹那は連れていけず、当然リーサを連れていくわけにもいかず、クロヒゲの意識も戻っていないので連れていけない。イユについてはやはり無理をしすぎたのかレパードについていこうとしたものの、その場で膝をついてしまった。

「あとで、必ず追い付くから」

 そう宣言されたが、難しいだろうと思っている。イユは身体の負担を無視して動けるからこそ、自身の限界を分かっていない。式神である刹那に合わせて走り続けられるのは無茶を重ねた結果だ。そのうえで、一瞬とはいえ『霧すがた』にやられている。そして、本人も気付いていなさそうだが、明らかに以前より倒れたり疲れた様子をみせたりすることが増えている。ワイズが警告していたように、異能の使いすぎなのだ。


 そういうわけで、レパードは単独行動を取らざるを得ない。森のなかを進む理由は、鳥籠の森の主と呼ばれる魔物の声が聞こえたからだ。刹那がいうには、声の先にマーサたちがいる鳥籠があるらしい。鳥籠は魔物避けになっているが、主にも効果があるかどうかは定かではない。むしろ、主の目撃証言が曖昧なことを考えると、目撃者は殆ど助かっていない。恐らくは鳥籠のなかにいても、安全ではないということだろう。

 だからこそ、唯一動けるレパードが先行を名乗り出た。ろくに銃も魔法も使えないなかで、我ながら無謀な提案だと自嘲する。

 けれど、ここでレパードがいかなければ本当に手遅れになるかもしれないのだ。選択肢がレパードを逃がしてくれなかった。

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