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カルタータ  作者: 希矢
第九章 『抗って』
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その627 『事情変われば』

「教えろ、刹那。克望はカルタータの何を知りたがった? お前の持つカルタータの情報じゃ足りなかったのか」

 クロヒゲの容態が落ち着き、それでもまだ動かすことは難しいことから、少し休憩を挟むことになった。危険ななかの休憩だが、異論はない。むしろこのときが機会とばかりにレパードが真っ先に口を開いたのは、イユが抱いた疑問とほぼ同じだった。

「何故、クロヒゲたちをこんな目に合わせる必要があった」

 続けて吐かれたレパードの言葉に、押さえつけられた怒りを感じる。

 刹那はそれを感じていないのか、淡々と事実を述べて返した。

「私はあまり詳しく聞かされてない。ただ、カルタータには『大いなる力』が眠っていると聞いた」

 それは以前フェンドリックから聞いたことと同じだった。ずっと昔のように感じるが、フェンドリックもまたカルタータに力が眠っているといい、『深淵』から聞こえる龍の声との関連性を示唆された。レパードはあのとき一緒にいたから聞いていたはずだが、わざと惚けたようだ。確認を取るように告げる。

「『大いなる力』? 龍のことか?」

「分からない。でも、サロウはそれを手に入れようとしていた。だから、防がないといけなかった」

 これが一人の刹那だけの言い分であれば、納得はできなかった。事前にフェンドリックに話を聞いておいて良かったとつくづく思う。少なくとも、この件については確定で良いだろう。つまり、フェンドリックも克望も、サロウが手に入れようとしている『大いなる力』とやらを警戒しているのだ。

「ちょっと待て。つまり、悪用されないように調べていたと」

 レパードの言葉に刹那は頷く。イユは割って入った。

「そこが分からないわ。どうしてその『大いなる力』とやらが危険なものでサロウが悪用すると考えるのよ」

 『大いなる力』が『深淵』に関わるという時点で確かに危険でないと言いきるのは難しいかもしれない。だが悪用となると話は別だ。サロウは単に『深淵』の調査の一環で調べているだけとも捉えられる。

「そこまでは聞かされていない。ただ、サロウのことは克望も警戒していた。私もそう思う。決して侮ってはならない人物」

 困ったことに、刹那の見解はイユにはとても分かるのだった。実の娘に向ける殺意が本物だとわかるからこその理解である。同時にどうして克望がセーレの船員を一部抗輝に引き渡したか気付く。同じ国にいる抗輝に対して、克望はやましいことをしていない。振り分けの際、船員たちの記憶が漏れても問題なかったのだ。むしろ、克望のやっていることだけでいえば、認めたくないが、シェパングという国のためにはなっている。

 もやもやとした。刹那の話ではまるでセーレの犠牲が些事であるかのようだ。それよりはサロウのほうに話が向いている。刹那にこの話をしたのが克望ならば、結局のところ『魔術師』は自分達の土台でしか話を見ていないのだろう。

「そんな理由なら、奇襲みたいな方法でセーレを拐って、人を物みたいに扱うなんてことせずに、ちゃんと口で聞けばいいじゃないの。なんでこんな仕打ちを」

 刹那は淡々と語った。

「『魔術師』は、人を信用しない。記憶が読めるからそれでいい」

 刹那の言葉が、真実なのだと思った。彼らは記憶が読めるからこそ、人を信用しなくなったのだ。

「それだと、サロウと手を組んでいたのは表向きなだけか」

「そう」

 レパードの確認に、刹那は肯定する。

「それでサロウの手助けをしていたら意味がないでしょうが」

「サロウの手助けは本意じゃない。あれは、ブライトのせい」

 姉さんがそこで出てくるわけですかと、ワイズがいたらそう答えただろう。今ここにいないことを喜べばいいのか、イユにはよく分からない。

「ブライトが手紙を書いた。シズリナを手に入れるための策。克望は私を潜入させて、セーレをイクシウスから逃がすつもりだった。本当ならサロウこそ討つべき相手」

 イユはうっすらとセーレに以前いたという裏切り者の『異能者』を思い出した。確か、リアという名前だったはずだ。

 リアがイクシウス側の間者で、刹那はシェパングの間者だった。セーレの水面下で、実は『魔術師』同士の陰謀が動いていたことになる。そして、極めつけが最後の一国、シェイレスタのブライトになるわけだ。

「じゃあなんで、本来なら助けてくれるぐらいの勢いのあなたたちが、セーレを襲うのよ」

「事情が変わった」

 一つ違うだけで味方が敵に簡単に変わってしまうことがイユにはどうも理解できない。サロウの敵のはずが、ブライトが手をいれたことでサロウの手助けをさせられ、挙げ句の果てにセーレを襲うことになったとそういうのだ。

「頭が痛いわ。『魔術師』ってどうしてこう、ややこしいことしているの」

 イユは情報量に頭を抑えるだけで精一杯だったが、レパードは釈然としない顔のままだ。

「だとして、何故全員の情報が必要だった? 洗いざらい調べる必要があったのか」

 刹那はそこではっきりと明言した。

「不要なら、切り捨てられていた」

 ここでの切り捨てるは、殺されると同義だと言われた気がした。

「抗輝の手に渡ったのは、数人ですんだから。いっぱいいたら纏めて処理した。直接手は下さなくとも施設とは懇意にしている」

 処理という言い方に、寒気を覚える。一つ間違えればもっと酷い目にあっていたということだけは把握する。だから、刹那の独り言のような呟きもはっきりと意識にいれていた。

「殺されるより、マシ」

 そこに強い意思を感じたのだ。

「ひょっとして、刹那の計らい?」

 尋ねたが、刹那は答えなかった。はじめて発言を拒否された。


「それより、クロヒゲ、どうする? 運ぶ?」

 刹那が露骨に話を切り替える。『魔術師』の話も気になるものだが、追及はやめておいた。確かに今はクロヒゲだ。

「クロヒゲがいたなら、この近くに」

「それはない。多分、脱走」

 さらりと刹那が答え、付け加える。

「他の仲間がいないのは、怪我人を連れ回るわけにはいかないから」

 怪我人と聞いてイユは何度目かの不安を抱える。刹那には何回驚かされたか分かったものでない。言うのがいつも遅いのだ。

「怪我人はどれだけいるの」

「把握している限りで、一人」

 怪我をした人でさえ容赦なく記憶を読もうとしていたのだと、改めて意識する。話を切り替える前の刹那の言い方ではまるで助けたようにも聞こえたが、怪我を負い心が壊れるまで記憶を覗かれ、そして恐らく最後は切り捨てられたかもしれないと思うと、ぞっとする。

 そんな目には仲間の誰も合わせたくなかったのに、現時点で既に犠牲者が出ているのだ。歯がゆさに狂いそうだ。

「それは誰」

 怪我人について聞くのが怖いが、聞きたい気もした。いきなり会って衝撃を受けるよりも心構えが必要だった。

 すぐに刹那は答えた。相変わらず、話に溜めがなかった。

「ヴァーナー」

 そして、イユが友人だとしっているはずだろうにあくまでさらりと付け加えてみせたのだ。

「多分、リーサと一緒にいる」


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