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カルタータ  作者: 希矢
第九章 『抗って』
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その623 『進みゆく』

 鳥籠の森までは距離があった。如何に体力に自信のあるイユたちといえども、林のなかを走り続けるには限度がある。風を切るように進む刹那を追いかけながら、後方のレパードが遠ざかる気配を感じ、イユは声を掛けた。

「ちょっと、待ちなさい」

 イユより先を走る刹那が予備動作なくぴたっと止まって振り返る。首を傾げているのが小憎たらしい。

「式神って疲れる概念ないの?」

 首を傾げたままの刹那に、それもそうかと納得する。概念がなければそもそもどういうものかもよく分かっていないのだろう。疲れたかと人に尋ねることはできるが、それだけだ。

「休憩、する?」

「しなくていいわ。ただ、距離があいてるから合わせて」

 刹那はそれでレパードに気が付いたようで、こくんと頷いた。

「それなら、追い付くまでは休憩」

 それだとレパードに休憩時間はないが、黙っておいた。レパードも含め、全員気が急いている。一刻も早く着きたかった。


「すまん。お前たち、本当に早いな」

 レパードが追い付いてきたところで、イユたちは再び走りはじめる。竹林と呼ばれる林を通りすぎ、人の気配が完全に途絶えた頃になると、魔物をちらほら見掛けるようになった。

「あれは『霧すがた』よね」

 茂みの間から霧が立ち込めはじめると同時に、魔物の気配がする。霧に紛れて時折ぼんやりと青い光が見えた。あれを直視するとどうなるかは身をもって体験済みだ。

「そう。この辺りから増え始める」

 思わずげんなりしてしまった。

「厄介すぎるわ」

「でも、式神には効かない」

 刹那はそういうが否や、ナイフを投擲する。悲鳴を上げて木から落ちたのは『亡骸烏』だった。脳天を見事に突き刺されている。

「どういうことよ」

「そのままの意味」

 刹那はその後もさくさくと魔物を倒していく。人ではないから吸う生気もないということなのだろうか。本人が言うとおり、『霧すがた』をみても何ともない様子だ。

 今になって何故鳥籠の森を牢として選んだのか察する。式神にとっては脅威でも何でもないのだから、魔物など天然の牢の番人なのだ。脱獄のしにくさでいえば、異能者施設の次に難しいことだろうと、イユは自身の経験談からそう順位付けをした。

 けれど、魔物に影響されないのは刹那だけだ。先頭を行く刹那が殆どの魔物を倒してくれるとはいえ、全てを防ぎきれるわけもない。そう思うからこそ、目を合わせないように走るというのは、意外にも体力を消耗する。

 だから、刹那が休憩を提案したときには、イユもレパードもその場にへたりこんでしまった。

「そんなに疲れてた?」

「当然よ」

「疲れためると、よくない。もっと早く言うべき」

 刹那に聞かれて答えたものの、すぐに忠告で返される。

「こんな魔物だらけで休みの提案なんてできないわよ」

 レパードなど今のイユたちの会話を聞く余裕もなさそうなほどだ。

「大丈夫」

 やけにはっきりと断言して、刹那は続ける。

「鳥籠の森はもっと多い」

 それは大丈夫とはいわないと反論したくなった。


 とにもかくにも、この場で数時間休むことになり、イユはビクビクしながらもその場に座り込む。刹那がくたくたなイユたちに代わり手早く食事の支度をするのを、じっとみていた。

「明日行く鳥籠の森って、レパードは行ったことがあるの?」

 同じようにして隣に座ったレパードから返答がある。

「ない。好き好んで行く奴はまずいないだろう。魔物狩りギルドでさえ普通は近寄らない」

 聞くほどぞっとさせられる場所だ。

「それって、『スナメリ』もってこと?」

 あのギルドがセーレより遥かに大規模で先進的であることはよく知っている。『龍族』や『異能者』がいなくとも、大蠍と張り合うほどなのだ。

「あぁ。そうだ」

 そこですら、近寄ろうとしない森。震えが走ったのは決して寒さのせいだけではない。

「鳥籠の森には、主がいる」

 イユたちのやり取りを聞いてか、刹那がぽつんと呟いた。

「主は、大きな黒い鳥とも、くるもの全てに手を伸ばす死の影とも言われている。会ったら逃げて」

 刹那の忠告に、イユは思わずため息をつく。

 ただの忠告で終わればよかったのだ。刹那はその後も詳しい説明をいれた。

 過去何回もシェパング政府、つまり円卓の朋による討伐作戦があって、全て失敗に終わっているという話。生きる者を喰らう死そのもののような存在で、その主によって、今も森は少しずつ広がっているのだという語り。遠い未来、いつかは人里である明鏡園も呑み込まれることだろうという予想まで。

「なんて物騒なところに、連れていったのよ」

「森は広いから、逆に主に遭遇する機会はそんなにない」

 それならば今までの話は不要ではないかと言いたかったが、止めておいた。何事にも万が一はあるのだ。知っておいて損はない。

「できた」

 刹那から、器を渡される。前回の休憩中に刹那が狩ってきた鳥を香草で包んで焼いたものが入っている。かじると弾力と甘味がある。見たことのない鳥だったが、レパードの話では美味且つ栄養価が高いものとして有名らしい。

「材料が良いからか、美味しいわね」

 隣でレパードが刹那に礼を言っているのが見えたものの、素直に褒める気にはなれなくて、そう言うに留めた。

「鳥籠の森は結構な広さだろ。どの辺りにいるんだ?」

 さっさと平らげてしまってから、レパードが再び話を鳥籠の森で捕えられた仲間たちのことへと戻す。

「真ん中」

 飛行船で連れてきたと、仔細の説明がある。牢として使いたいからこそいざというときにすぐに鳥籠の森から出られないよう、中央に下ろしたということらしい。

「飛行船ね」

 飛行船であれば、イユたちも直接中央にいけたということだ。そうしたら、陸路で鳥籠の森を歩く危険はしなくても良かった。

 だが、イユたちに飛行船は使えない。今もセーレとは合流できずにいるし、先ほどまでいた別荘地に小型飛行船や飛行ボードがあれば良かったが、調達してくる余裕がなかった。

「意外と役立たないわね」

 飛行ボードのことを思い出して、イユはため息をつく。乗る際は壮観なのだが、中々どうして乗る機会がない。目立つ行動をとれないイユたちには、手に余る代物なのかもしれない。

「役立てるように頑張る」

 イユの言葉は飛行ボードへの独り言だったのだが、刹那にとっては自身への非難に聞こえたらしい。勝手に意気込まれて、イユはてきとうに相槌を打つしかなかった。

「とりあえず、『心喰い』に襲われたと思ったら揺り起こす」

「それ、記憶を読むとかいう魔物よね?」

 物騒な話を思い出して、イユは確認をとる。

「そう。どちらが現実か分からなくなったら、まずは痛みを感じるか試すのがコツ」

 ただ記憶を読まれるだけでないということは、その刹那の言葉を聞いて分かった。

「どういうこと? まるで夢でも見せられるような」

「その通りだ。『心喰い』は人の記憶を読み取って人に夢を見せる魔物だ。鳥籠の森にもそんなにはいないと聞くが、万が一襲われると厄介だな」

 レパードは知っていたらしい。

「それだけだと『心』を『喰らう』にはならないわよね?」

「あぁ、察しがいいな。その通り、『心喰い』は現実と夢の境を曖昧にさせて人間を意のままに操り、心そのものを弱らせる。そうして弱った心を文字通り喰らうと言われている。心を喰われるとどうなるか、だが……」

「いいわ。大体想像がつくから」

 詳しい説明に、げんなりした。生気を吸われた人間が抜け殻になるのだ。心を食われた人間の末路など、聞きたくもない。

「とにかく、夢と思ったら痛いかどうか試して判断って聞いた」

 刹那の言葉に、イユは素直に頷けなかった。イユには異能があるのだ。痛みや疲れなどは普段からあまり感じないように鈍らせてしまっている。それに、イユが錯覚していたら、痛覚も錯覚したままの状態で再現してしまうことだろう。

 だから、『心喰い』の見せる夢に対抗する術はないのだと、自覚してしまった。

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