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カルタータ  作者: 希矢
第九章 『抗って』
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その622 『鳥籠から』

「開けるって……」

 言葉の意味が分からない。そう思ったリーサの目に鳥籠が飛び込んでくる。

 声は、鳥籠を開けて外に出ないのかと聞いているだと、そう悟った。

「開けてどうなるの?」

 リーサが開けたところで、外にヴァーナーの傷を治す何かがあるとは限らない。そう言い返そうとしたところで、声が続けた。


 ――また、仲間も助けられない出来損ないのままでいいの?


「それ、は……」

 尤も言われたくない言葉だ。そう自覚するので精一杯だった。


 ――安心したいんだ? 理由をつけて扉を開けない理由を探しているんだ?


 ラビリは一番年上だから、リュイスも二つ上だから、手が届かなくても仕方がないのかもしれない。ヴァーナーは頭が良いから、レッサも集中力が凄いから、比べてもどうしようもないのかもしれない。

 リーサが開けたところで、外にヴァーナーの傷を治す何かがあるとは限らない。


 それらは全て、言い訳に過ぎない。嫌なことから逃げているだけだと、声は容赦なく告げる。


 リーサは息苦しさを覚えた。そうなのかもしれないと考えてしまったからこそ、震えが走った。


 ――ホラ。あなたの手元を見て?


 手が震えている。けれど確かにその手のなかには、クロヒゲに渡された針金が、ある。

 開けようと思えば、いつでも開けてしまえる。

 そうしなかったのは、リーサが優柔不断だったからだ。そしてそのせいで、ヴァーナーは苦しんでいる。


 揺れる視界のなか、一歩一歩扉へと近づいた。鳥籠に手を開けて鍵穴を探す。針金を差し込む。がちゃがちゃと動かすたけで、簡単に開くと、そう言っていたはずだ。だから、あとはもう、ガチャッという音さえすれば……


「駄目だ、こんなんじゃ」


 突然聞こえた声にびくっとした。その勢いで、リーサの手から針金が落ちていく。鳥かごの先は木の枝だ。あっという間に霧のなかに吸い込まれていった。

「ヴァーナー?」

 今の声は間違いなく、ヴァーナーのものだった。意識が戻ったのかと期待して、振り返る。

 そこで明らかに苦しそうにうなされているヴァーナーの姿が目に入った。ヴァーナーをさすろうと駆け寄る。

「ヴァーナー、大丈夫?」


 落としてしまった針金どころではなかった。とにかくヴァーナーが心配だ。先ほどなど血が止まらなかったのだ。症状が悪化したのかもしれない。


 そう考えてから、何かがおかしいことに気がついた。

 ヴァーナーの包帯はきちんと巻かれていて、血がにじんでなどいなかったからだ。


 これは一体どういうことだろう。


 リーサは確かにその手で鳥籠を開けて外に出ようとしていた。だから、開けないといけないと考え行動したのは、紛れもなく現実だ。そうなると、リーサは夢を見ていたということになる。空腹と不安でおかしくなっていたのかもしれない。


 けれど、今までの出来事の一体どこからが夢で、どこからが現実なのだろうか。


 なかばパニックになりかけたところで、リーサはうわ言を聞いた。

「俺は馬鹿だ。俺のせいで、あいつを傷つけるのは」

 急にヴァーナーが大きな声を張るから、驚いた。

 けれど、それ以降は苦しそうに息をしているだけだ。助かったのかまだ予断を許さない状況なのかどうかが分からない。

「ヴァーナー、自分を責めないで」

 ただうわ言から、何か自身を責めていることには気がついた。その姿が見ていられなくて、リーサは必死にヴァーナーに呼び掛ける。

 そこで、ふと同じことだと気付いた。

 リーサが自分の無力さを責めているように、ヴァーナーも自身の何かを責めている。ヴァーナーほど賢い人は中々いないというのに、あろうことか自身を馬鹿だと詰っているのだ。

 イユのことを思い出す。初めてあった次の日、怯えた様子を必死に隠そうとしていたのが印象的だった。 『異能者』なのに自分と同じところがあるのだと気がついて、急に親近感が沸いたものだ。同時に手が震えながらも強がるイユに尊敬したい気持ちに駆られた。

 あの人たちですら同じなのだ。リーサが同じ感情を持っていたとしても、何もおかしなことはない。

「絶対、助けるから」

 ならば、立ち向かうかどうかを決めるのも、結局はリーサ自身だ。そして、このままヴァーナーを失うつもりは、リーサにはさらさらなかった。

 リーサはヴァーナーの服を漁る。抵抗はあったが、ヴァーナーならば許してくれる気がしたのだ。

 結果、針金こそはなかったが、飛行石の欠片とネジと紐はでてきた。

 工具は鈍器になりそうな類いとみなされて、全てなくなっていた。代わりにあったネジで針金の代わりにならないかと試したが、鍵穴には届かず到底不可能だと諦める。

 何か他の手段が必要だった。

「あるもの全てを使ってみることなら、私にも」

 特に飛行石の欠片であれば、リーサでも扱える。早速欠片を鳥籠にくくりつけると力を解放する。

「怖すぎだけど、他に思いつかないもの」

 鳥籠がどんどん浮かんでいくようにと、念じる。光が足りないかと思ったが、どうにか欠片は輝きだした。

 けれど、枝にくくりつけられている鳥籠は、それぐらいではびくともしない。

 そこでリーサが考えたのは、走るということだった。なるべく籠の端から端を駆けるのだ。

 鳥籠ははじめ大人しかったが、段々リーサの歩みに合わせて大きく揺れはじめる。

 ぐらぐらと揺れ、そして空を飛ぶ力も加わる。じりじりと枝が磨耗していく音がした。

「負けないわ!」

 ぜえぜえ言いながらも走り続けるリーサはそう宣言する。

 その瞬間、ポキッという音がした。望んだ音だったはずだが、それを聞いて急に不安が立ち込める。


 もし、このまま落下してしまったら、鳥籠はリーサもろとも粉々だ。ヴァーナーもただではすまない。


 けれど、折れてしまったものを治す力はない。今更後悔しても遅かった。欠片の力を緩め、少しでも持続させようとする。その瞬間、一気に落ちていく感覚がした。夢の中でも暗闇のなか落ちたものだが、これはそれとは違う。一気に深い地面に叩きつけられる恐怖に身が縮む。

「きゃあ!」

 悲鳴を上げながらも、落ちていく感覚に身を委ねる。頭のなかで冷静になれと命じる。飛行石の欠片はまだ濁っていない。力を解放しきれば、落下を弱められる。

 次の瞬間、衝撃があった。鳥籠はばらばらにはならなかった。力を出しきった欠片が濁っている。なんとか制御できたのだ。中の人間も無傷である。地面がふかふかなのも幸いだった。

 リーサは周囲を見回した。霧は深いが、先ほどよりはずっと周囲の様子が分かる。地面には意外にも草の類いが生えていた。どれも毒にも薬にもならない雑草だ。そしてその先で、先ほど落としたと思われる針金が見えた。手を伸ばしても、あと少しが届かない。

 リーサは手を伸ばし、草を抜き取った。柔らかくしなやかな類いのものを選んで、手早く草を編んでいく。

 形のよい草籠を作るよりずっと楽な、スプーンのような形に仕上げるとそれを針金に向かって放った。何回か失敗したが、針金を覆うように投げられたのでそのまま引っ張る。

 見事に針金が引き寄せられた。

 ほっとしたそのとき、霧が抜けた。目の前に鳥籠があることに気付かされる。ジェイクの入った籠だ。

「ジェイク、聞こえる?」

 さすがに距離が近いから聞こえるはずだ。そう願って声をかける。

 けれど、返事はない。代わりに聞こえてきたのは呻き声だ。

 リーサは、ジェイクが怪我をしている可能性に気がつく。ヴァーナーと同じで、刺されたのかもしれない。

「ジェイク、待っていて」

 薬ならヴァーナーの分がある。一人で入っているのなら、薬を持たされていても塗ることはできないだろう。助けられるのはリーサしかいない。

 慌てて針金で鍵を開ける。外に出たリーサはすぐにジェイクの元へと駆け込んだ。

 そこで、おかしなことに気がつく。ジェイクのいる鳥籠の扉が、開いていたのだ。

「ジェイク! 鍵を開けられたのね。さすがね」

 他に思い付くことはなかった。

 そうして近寄ったリーサの足が、止まる。ジェイクしかいないはずの鳥籠のなかに、何かがいたからだ。それがごそごそと動いている。人でないのは間違いない。小さいからだ。あれは、動物の類いだろう。

 そのとき、鳥籠のなかにいたジェイクがゆっくりとリーサを振り返る。その顔が虚ろなのをみて、リーサは悲鳴を飲み込んだ。

 合わせて、ごそごそと動いていた何かも、顔をあげてリーサを見る。

 それは鳥だった。骨しかない鳥だ。その嘴は血色に染まっている。

「あ、ジェイク……」

 ジェイクの目は虚ろだったが、そこには涙の痕があった。

「オレさま、は……何にもでき、な……」

 小刻みに震えたリーサの背後で青い目が光った。

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