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カルタータ  作者: 希矢
第五章 『魔術師は信頼に足るか』
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その62 『着陸』

 甲板に出た途端、ばたばたと走る赤髪の男を捉えた。

「邪魔だ」

 レンドだと気がついたイユは、リュイスの動きに合わせ道を譲る。レンドは昨日のことをとやかく言う余裕もないようで、開けられたままだった扉の中に入っていく。手にレンドの身長ほどはある木材を持っていたせいで視界が悪そうだ。その為、イユだと気づかなかった可能性もあった。

「すみません、退いてください」

 その後を、アグルが走ってくる。アグルも両手いっぱいに木材を抱えていた。どうやら散らかった資材を船内へ運び込んでいるらしい。着陸の際に飛んでいかないようにという配慮だろう。アグルもイユのことを一切見ずに扉へと入っていく。忙しそうであることは察せられた。

「手伝えば良いの?」

 やることが分からずリュイスに聞くと、首を横に振られる。

「ミンドールに指示を仰ぎましょう」

「分かったわ」

 ミンドールを探そうと視線を巡らせたところで気が付いた。

「あれが、目的地……?」

 甲板の外に小さな島が見えたのだ。目を凝らせば、朧げに森があるのも確認できる。


「君、随分視力が良いみたいだね」

 声に振り仰ぐと、船尾からミンドールがやってくる。肌寒いなかでも動いているせいで暑いのか、汗を拭き取る仕草をしている。

「さて、昨日の宣言の感じだと、助っ人に来てくれたと考えて良いのかな」

 イユは頷いた。改めてミンドールを見やるが、異能者のイユに怯える様子は微塵も感じられない。こうしてみると、甲板長の度量を感じられる気もしてくる。

「僕の立ち位置は、一応イユさんの見張りですけれど」

「風を操る見張りとは、相変わらず優秀だ」

 和やかにリュイスに返してからミンドールは上を見る。視線の先には、見張り台がある。

「あの見張り台で、着陸できる陸地を探している船員がいる。手伝ってきてもらえないかい」

 イユも同じように見張り台を確認する。下からでは様子は見えないが、あそこに誰かいるのだろう。

「わかったわ」

 上で待っているのは誰だろう。疑問は浮かんだが、考えるのはすぐにやめた。上がってみればわかることである。

 早速梯子を伝って登っていく。

「うーん、リュイスを先に行かせないあたり、その手のことには疎いみたいだね」

「……おかしなことを考えるのはやめて下さい」

「……僕は心配をして言っているだけなのだけどね」

 リュイスとミンドールのやりとりは聞こえていたが、何について話をしているのかはよく分からなかった。見張りと言いながら全くついてくる気配のないリュイスのことは無視し、見張り台へと登り切る。


 そこには、小柄な子供がいた。

 見張り台から乗り出して、何かを熱心に見ている。薄水色の髪が風になびいていた。

「ミンドールの言っていた人ね?」

 イユに気づいたらしく、子供はびくっと体を強張らせた。その拍子に手に持っていた二本の筒がくっついた道具を、落としそうになる。

「うわわわっ! びっくりしたぁ」

「……私の話、聞いているの?」

 驚きを体で表現するのに忙しい子供に、思わずため息をつく。見た感じでは十二歳ぐらいだろう。少なくとも、クルトよりは幼い。

「あ、あぁ。オレは確かに見張りをしているぜ?」

 それからその子供は、筒を握り直して姿勢を正すと、名乗った。

「オレはシェルっていうのだ。よろしくな、異能者のねぇちゃん」

 ミンドールの話では見張りではなくて着陸地点探しだったはずだが、他に人もいない。シェルのことで良いのだろうと結論付ける。 

 御洒落のつもりかもしれないが、枯草色のヘアバンドをしているシェルはどうにも生意気で頼りなく映る。鼻の頭に絆創膏をつけているのも、痛々しいのではなく生意気盛りが過ぎた結果にしか感じられない。子供だけに任せるには心配だからイユたちを派遣したのかもしれないと、そう推測する。同じ子供でも刹那ならば信用に足るというのに、不思議なものである。

「私はイユよ。名乗るまでもないとは思うけれど」

 シェルが少なからず異能者のイユに怯えているのは、先ほどの驚き様でわかる。

 だが、怯えているからといってイユのことを邪険にするつもりもないらしい。特に敵意のない眼で、イユのことを見つめてくる。

「ふぅーん。ねぇちゃんって意外と美人さんだな」

「は?」

 思わぬ言葉に聞き返すと、『しまった!』と言わんばかりの顔で狼狽してみせる。

「い、今のはナシ! ちょっと口が滑っちまっただけだぜい!」

「……私が意外と美人だっていうのはナシと」

 そのまま返すと、それはそれで発言に問題があると感じられたらしく、大げさに慌てられる。

「あわわわ! ち、違う! ねぇちゃんは美人だけど口説いたわけじゃねぇっていうか!」


「……ずいぶん賑やかですね」

 声に振り返れば、リュイスが登ってきたところだった。

「遅かったじゃない」

 聞くと、

「イユさんが登り切るまで待っていましたから」

 と答え、視線をそらされる。

 その反応がイユにはやはりよくわからない。

「リュイスのにぃちゃん! よかった、オレとイユのねぇちゃんの二人きりになったかと思ったぜい!」

 救われたような声を出すシェルに、だんだんと分かってきた気がした。シェルはいちいち反応が大げさなのである。

「そんなに私と一緒にいるのがいやなのね」

 からかうと、やはり大きく慄かれた。

「い、いやいやそんなことは……」

「それなら私がここで皆と一緒にいてもいいと」

 勢いで否定しそうになったのか、慌てて口を押えてみせる。そうしてから大人しく頷かれた。


 ――――これは、からかい甲斐がある。


 まるで面白い玩具でも見つけた気分になった。加えて、リュイスが一人一人に声をかけようと言ったのも理解出来た。皆恐れたり怪しんだりはしているが、全員が全員イユに敵意を持っているわけではないのだと、ようやく実感する。


「なるほど、こうして一人一人脅していけばいいわけね」

「……その言い方はどうかと思いますけれど」


 どこか呆れ口調のリュイスの発言は聞かなかったことにして、イユは本題に移ることにした。

「それで、着陸地点を探すのよね?」

「あ、あぁ。船を隠せそうな森とか、洞穴とかが良いのだ。着陸できる地点は水辺か空中だぜぃ」

「空中?」

「完全に地面に下りるといざってときに逃げられないから、少しだけ浮いた状態で着陸するのだ。ん? 浮いてたら『着陸』って言って良いかはよくわからないけど。……と、とりあえず隠れられるところを探すんだぜぃ!」

 シェルのよく分からない説明を受けてから、ひたすら目を凝らすことにした。イユの目には今、森が映っている。遠くからでも十分に変わった森だ。何故ならその森は普通の緑より淡い、リュイスの瞳のような色をしている。


 ――――あの森に下りて、本当に安全なのだろうか。


 場所の提案がブライトであることも含めて不安しかない。着陸した途端、森の毒にやられて倒れる自身が思い浮かんだ。ないと言い切れないのが恐ろしいところだ。

「いくらなんでも、何も使わずに肉眼で探せるわけ……」

「あそこはどう?」

「あわわわっ!」

 驚いたらしい。イユの提案に、シェルが大げさな反応をみせる。筒を前に向けて、

「どこだどこだ」

 と騒ぎ出した。

「もう少し右。こっち」

 あまりにも時間がかかるので、筒の位置を変えてやる。

「湖! けれど、あれじゃあ丸見え……」

「そこはそうだけれど、森の近くまで続いているじゃない。隠せるんじゃないの?」

 イユが説明すると、シェルからため息が出る。

「……ねぇちゃんの目すげぇな。双眼鏡のオレより見えてねぇか?」

 あの筒は双眼鏡といって、遠くまで見渡せる道具らしい。そう考えると、イユ自身の能力はいろいろな道具に置き換えることができるようだ。以前、痛みを感じなくする薬を刹那が作ってもらいにきていたことを思い返す。


 そのうちに聴力や素手で物を壊すなんてことも、道具でできるようになるのかもしれない。それともイユが知らないだけでもう存在するのだろうか。


「とりあえず、ねぇちゃんのいう場所で良いと思う。他によさそうな場所もナシ」

 シェルは一通り確認すると、ミンドールに向かって手を振り声を張り上げる。見張り台と甲板では高さがある為シェルの声ははっきりとは届いていないようだが、ミンドールが手振りで返してきたので気がついたようだ。

 それを受けて、シェルが柱にある見慣れないラッパ上の金属の道具を手に取る。取り付けられていた蓋を外すと、そこに向かって話をしだした。

「伝声管です」

 イユの戸惑う表情に気がついたようで、それまで静かにしていたリュイスから説明があった。

「あれで下にいるミンドールに詳細を伝えています」

 ラッパの先には細い筒があり、甲板にまで伸びている。あれで音を運ぶのだと気が付き、レパードの声が船内中に伝えられたときに使われた放送機器の存在を思い出した。似たような道具という解釈をする。



「これで一仕事達成かしら」

「見張りの仕事はこっからだぜぃ、ねぇちゃん」

 ミンドールへの報告が終わったシェルが胸を張ってみせる。何でも不審な船や魔物が来ないかを見張るのが重要らしい。

 シェルと一緒に周囲を見張りながら、イユは風が頬をなでる感触を感じていた。風はリュイスが呼び出している。どうもイユの見張り役の仕事とは別に、風を操作するという役目がリュイスにはあるらしい。確かにリュイスの魔法は空の航海では重宝することだろう。

 ちらりと下をみれば、船員たちが慌ただしく動いている。文句の言っていた印象の多いレンドもアグルに指示を出しながらマストの近くで何かをしている。ミンドールの指示を飛ばす声も聞こえてきた。船を動かすために、大なり小なり皆が力を合わせている。それを感じて、イユは不思議な気持ちを味わった。


 異能者施設にいた頃は、大勢と一緒に行動していたにもかかわらず全員がどこか孤独だった。こことは違い皆同じ作業をしていたし、新参者に仕事内容を説明する人もいなかった。むしろ新参者は恰好の餌だ。そこに兵士が向かう分、自分たちに鞭が飛んでくる可能性が減る。或いは労働力として期待されていたのであれば、説明者もいたのだろうと推測する。そうではなかったということは、あのときの女の言う通り、人数を減らすことだけが目的だったのだろう。


 だが、セーレは違う。あそこにはなかった連帯感。それを今感じているのだと気づいた。



 そして、とうとう飛行船は着陸の態勢にうつる。誰の目にも島の様子が見てとれる頃になって、イユは再び船内に視線をやった。

 掛け声に合わせて、船の両端にある櫂をレンドたちが漕いでいる。それに合わせて、船の外へと羽が伸びていく。若草色の透き通るような羽だ。それは木造の船から伸びるにしてはあまりにも場違いに美しかった。櫂の動きに合わせて張られた羽がその向きを変える。

「あの羽は何?」

 妖精の羽を連想させるそれは、まるで櫂の延長のように、ゆったりと大きく上下している。

「船の向きを大きく変えるときに出すものなのだ」

「飛行石の力を利用しています。指向性を持たせると、ああして羽を模擬することができるんです」

 リュイスがシェルの発言に補足する。

 言っていることはさっぱり分からなかったが、今はそういうものだと納得することにした。詳細を問い詰めたくても、その時には既にリュイスが意識を集中させているのが分かったからだ。

 リュイスが操った風に乗って、船がはっきりと角度を変えていく。それに合わせて、今まで正面に見えていた木々や水がどんどん迫ってきた。

「ねぇちゃん、しっかり掴まってないと危ないって」

 シェルの助言を受けて、手摺をぎゅっと掴む。速度は落としているはずだ。そうでないと、ものすごい衝撃がくることは察せられた。それに、見張り台から甲板は意外と高さがあるのだ。万が一放り出されでもしたら、無傷では済まない。ぐっと奥歯を噛みしめる。


 次の瞬間、衝撃が来た。


 掴んだ手に力を込めて耐えきると、すぐに見張り台から乗り出す。様子が気になったのだ。

 船が水面にぶつかった勢いで、水しぶきが立っているのが見えた。そのしぶきをかぶりながら、レンドたちが掛け声を上げている。櫂の動きに合わせて、両端の羽が畳まれていく。

 着水成功だ。他の船員たちによって帆が張られ、リュイスの風によってゆっくりと船が水面を泳いでいく。

 着陸した島は、どこかひんやりしていた。霧がセーレを歓迎するように包み込む。ふっと上を見れば、いつの間にか上空にまで霧がかかっている。これならば、たとえ森の中に入らなくとも見つからないかもしれない。

 ほっとしていると、ミンドールから声がかかる。風が落ち着いたこともあり、イユの耳ならばよく聞き取れた。

「そろそろ下りてこないかい!」

「はい!」

 リュイスにも聞こえたようで、すかさず叫び返している。

 リュイスの視線を受けたイユは頷いた。そうして、梯子に足を掛けてからふと気になった。

「シェルは?」

 シェルは、イユの疑問に双眼鏡を手に持ってみせて返した。

「オレにはまだ仕事があるからさ」

 見張りの仕事は続くということらしい。それぞれの仕事があると理解したイユは、

「またね」

 と返す。梯子を伝って下りる足は不思議と軽かった。




 下りた先では、ミンドールが腕まくりをして待っていた。

「さて、力仕事と行こうか」

 第一声、そう声を掛けられる。

 梯子を下りている間に、セーレが動きを止めていることには気がついていた。そのうえで、葉の影により光が射さない甲板に下り立てばよくわかる。今、セーレは木々で姿を隠せる絶好の場所にいる。辿り着いたのだ。

 そうして船外の木々を見ていたら、木材が足りないと言っていたことを思い出す。実際にイユは船内を歩きながら壁に空いた穴をいくつか見ている。甲板にあいた大穴に匹敵するものは見掛けていないが、小石程度の穴は無数にあった。あれを全て直さないといけないとなると、骨が折れそうだ。そう考えると、レンドたちが着陸前にしまい込んでいた木材では到底追いつかない。

 イユに続きリュイスが下り立ってから、ミンドールは続けた。

「うん。君は見た目に似合わず力持ちだと聞いているからね。今からは、木材の調達を手伝ってもらおう」

 使えるものなら異能者でも使うとその目が言っている。イユに怯えるより前にミンドールに怯えるべきではないかと、その目を見て思った。


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