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カルタータ  作者: 希矢
第九章 『抗って』
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その618 『とりかごのなかで』

 けれど、ヴァーナーはうなされたように呻き声を上げるだけだ。意識があるようにはみえない。


 傷が酷いのかもしれない。

 そう思うと、すぐにでも駆けつけたかった。

 だが、リーサには何もできない。歩けるようになるまで、その場でもぞもぞと動いているだけだ。

 目の前に傷付いた仲間がいて、まるで芋虫のように這いずることしかできないなんて、なんと無能なことだろう。

 リーサはそう、自身に幻滅する。

 痺れを切らして歩こうとして、その場で躓いて転げ落ちる。口のなかで血の味がした。


 イユなら、きっと無理をしてでも駆けつけられる。そう思うが、リーサの身体はその場で固まってしまって動けない。

 ようやく身体が動けるようになったときには、すっかり時間が経ってしまっていた。


 そうして、ヴァーナーへと近寄ったリーサはそこでも、叩きのめされる。何をしたらヴァーナーが助かるのか、分からなかったからだ。

「熱い……」

 明らかに熱にうなされている。傷は塞がっているようだが、このままではいけない。それは分かる。

 けれど、ここには熱を冷ますための冷たい水も、それを含むための布もない。

 リーサはそこで気がついた。水ならばあの子供はあるといっていた。回りを見回して、水筒が転がっていることに気がつく。すぐに手にとる。捻ると取り外しのできるコップになっていた。水は確かにいっぱいに入っている。目視で確認する限りは濁ってもいない。

 使うならば、この水だ。ただ、水の補充はないと言っていた。ここで熱を冷ますのに使ってしまったら、きっと足りなくなる。

「何とかするしかないわ」

 普段から身に付けていた前掛けを外したリーサは、水を注いだコップにそれを浸す。そうして、ヴァーナーの額に乗せた。これで少しは楽になるはずだ。あとはもう少し柔らかいところに寝かせてあげたいところだが、残念ながら毛布の類いはない。

「あら」

 そのとき、ヴァーナーの腰に何か取り付けられていることに気がついた。いつもヴァーナーが身に付けていた小道具とは違う。花柄があしらわれた小瓶だ。

「これは、薬?」

 塗り薬だ。傷口に塗ればよいということだろう。刹那がわざと置いたものだとは思った。

 小瓶に触れようと手を伸ばしたリーサの耳に、ヴァーナーの息遣いが聞こえる。

「ぅう、リーサ?」

 それに混じって、名前を呼ばれた。

「ヴァーナー!」

 思わず声を上げたリーサは、ヴァーナーが薄目を開けているのに気がつく。

「良かった。目が覚めたのね」

 こうして目があっただけでも、安心感がぐっと増す。何よりこのまま目が覚めなかったらどうしようかと思っていたのだ。

「どういう、状況だ?」

 涙ぐむリーサに対して、ヴァーナーは冷静だった。

「私もまだよくわからないけれど」

 とりあえず分かる範囲で、リーサの知っている情報を伝える。大人しく聞いているヴァーナーは、意識があるのかどうかもわからないほどに静かだ。きっと、身体を起こすのも辛いのだろう。そう思ったけれど、大人しく休んでとは言えなかった。もうリーサはいっぱいいっぱいになってしまって、誰かがここにいてくれないと恐怖でどうにかなってしまいそうだったのだ。だから、辛いはずのヴァーナーに頼ってしまう。

「回りは籠だらけなんだな?」

 ヴァーナーの唐突な言葉に、リーサは頷く。

「う、うん」

「鳥籠の森だ」

 リーサも名前ぐらいは知っている。魔物のいる恐ろしい場所で誰も近づかないところだ。

 けれど、実際に籠に入れられても受け入れがたかった。

 ついこないだまでリーサたちはシェイレスタにいたのだ。それがシェパングまで運ばれてしまったことになる。シェイレスタに取り残されたであろうイユたちが心配だった。

「水筒のコップは、ひっくり返して、置いておけよ」

 ヴァーナーはすぐに指示を出した。

「霧雨が降りやすいから、……多少でも、水が手に入る。飲めなくても、水は使える、から」

「分かったわ」

 恐らくは話すのも辛いのだろう。いつもならもう少し生意気な言いぐさをするだろうが、ヴァーナーの指示はあくまで淡々としていた。

「あと、もし魔物が近づいて、きたら」

 ごくんと、リーサは唾を飲み込む。

「目を閉じて、思いっきり、……叫び続けろ」

「え?」

 それはリーサの知る常識とは違う。魔物を前にして目を閉じたら襲われるだろうし、叫んだら他の魔物を呼び寄せかねない。

 けれど、ヴァーナーは昔から頭が良かった。真面目に授業を聞いているリーサよりいつも成績が良かったから、その点については信用できる。

「分かったわ」

 何より、余計な説明をさせてヴァーナーを苦しませたくない。

「大丈夫だ」

 ヴァーナーは、リーサを慰めるためにか無理に口を開く。

「絶対に、助けはくる」

 その信頼は、普段からどこか慎重なヴァーナーらしからぬ確信だった。心細い思いをさせないように嘘をついているかもしれないし、船長たちが必ず助けにくることを確信できるだけの材料があるのかもしれない。

 リーサには、難しいことはよくわからない。

 しかしながら、ヴァーナーがリーサを慮る気持ちだけは伝わった。

「うん!」

 そのときだけは見栄を張って元気に頷くことができた。






 ヴァーナーの意識が途切れたのが分かったから、リーサはそっとヴァーナーの隣で座り込んだ。

 見上げた先に鳥籠がゆらゆら揺れている。徐々に暗くなる視界に夜がきたことだけは分かった。心の底から冷えそうな寒さに、リーサはヴァーナーにひっつく。布の類があれば温まることができただろうが、今は人同士の体温に頼るしかない。ヴァーナーの辛そうな息遣いを聞きながら、リーサはうとうとと目を閉じた。

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