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カルタータ  作者: 希矢
第九章 『抗って』
615/994

その615 『ゲン担ぎ』

「あと、暖はこれでもとる」

 続けて刹那が取り出したのは、魔法石だ。火を起こしはじめるので思わず口を開いた。

「光が漏れるんじゃないの?」

 所詮この祠は小さな洞窟なのだ。

 イユの心配に、刹那は首を横に振る。

「ここは、祭事のときしか人がやってこない。多少明かりが漏れても大丈夫」

 言い切るところをみると、自信があるようだ。

「イユ、とりあえず下ろしましょう」

 リュイスに言われて、イユは担架を下ろす。改めてミンドールの様子を確認した。幸いなことに、何度か担架を壁にぶつけた割には、傷が開くようなこともなく安静にしている。

 けれど、依然として意識が戻る様子はない。ワイズが再び魔術を使い始めるのを見て、イユも傍らでミンドールの頬についてしまっていた汚れを拭き取ることにする。

 そうしていると、リュイスと刹那のやりとりが耳に入ってきた。

「祭事とは何ですか」

「選挙。円卓の朋になるための。ここでゲン担ぎしていく」

 どうも、『魔術師』には不思議な規則があるようだ。

「ゲン担ぎ……。何を祀っているんですか?」

「巫女様」

「巫女様?」

「シェパングがイクシウスから独立したときの、主導者の人」

 刹那が敢えて続けた言葉に、イユはぴくっと動きを止めた。

「『魔術師』を祀っている」

 よりにもよって。その言葉が口から溢れ掛けた。『魔術師』に身も心もぼろぼろにされたミンドールやレヴァスを、匿うに都合が良いからといって連れてきてしまった先が、『魔術師』を祀る場所だというのだ。随分な皮肉だ。

 頭を押さえたイユは何気なくレパードのほうを確認する。レパードは、レヴァスを火の前に運び終わったところだった。

「刹那、布は余ってないか」

「ある」

 渡された布を折り畳み始める。どうやらペタオが寝られるように鳥用のベッドを作るつもりのようだ。イユも手伝うことにした。

「『魔術師』を祀る場所、ですか」

 リュイスが先ほどの刹那の言葉を噛みしめるように繰り返す。

「うん。嫌だった?」

 レパードがぽつりと呟く。

「別に、誰が祀られようが構わない」

 それこそ、悪魔でも奈落の海の海獣でも何でもよいと言いたげだ。

「今は皆の無事を祈りたいだけだ」

 しんと静まった空気を感じて、イユも頷いた。

「それもそうね」

 刹那から情報を聞くたび、仲間に会うたび、最悪な状況に呻いてばかりだ。ミンドールは怪我が酷く、ペタオは羽を折られ、レヴァスは意識が戻らない。おまけに捕らえられているリーサたちは、よりにもよって『霧すがた』と『心喰い』という最悪な魔物のいる鳥籠の森にいるらしい。カルタータの関係者でないゆえに連れていかれたという残りの船員も気掛かりだ。レンドに任せたとはいえ、戦争を起こそうと画策している如何にも危険そうな『魔術師』のもとにキドとたった二人だけで行かせてしまった。


 手を合わせ祈るイユたちに、刹那もまた手を合わせようとしてそっとその手を下ろした。

「何?」

 その仕草が目に入ったから、つい聞いてしまった。

「私に祈る資格、ない」

 ようやく当事者の自覚がでてきたようだと、睨み付ける。

「私に、なにができる? どうすれば償える? 考えているけれど、まだ分からない」

 どうやら刹那なりに贖罪を考え続けているらしい。あくまで純真に自身の行いを受け止めているようにみえる。故に、怒りの矛先を刹那に向けているイユ自身もどうしてほしいのかよくわからなかった。

 刹那は許されないことをした。仲間を裏切り、傷つけた。

 だが、敵として斬り捨てるのはまた違う。かといってイユが贖罪を考えてやるのも更に違う気がした。

「とりあえず、鳥籠の森に案内しなさい。何をするのも全員を助けてからよ」

「分かった。こっち」

 すぐに立ち上がろうとする刹那に、慌てたようにレパードが止める。

「おい、待て待て。弱っているレヴァスたちはどうする? ここにずっと置いていくわけにも……」

 しかし、連れ歩くわけにもいかないだろう。担架で魔物の出る鳥籠の森に行くのは、自殺行為だ。

 ここに誰かを残さないといけないことに、理解が及ぶ。看病ができて、もしこの場所を嗅ぎ付けられても対処ができる人物だ。

 はじめに浮かんだのは、刹那だった。治癒の力を使え、克望の仲間として振る舞うことで万が一場所がばれてもはぐらかすことができる。そのうえ、戦いになってもかつての仲間に容赦なくナイフを向けられることは、実際に戦ったイユたちだからこそ分かる。

 だが、彼女は論外だ。鳥籠の森での案内役が必要だし、何よりもイユはまだ刹那を信じていない。反省の色をみせているからといって、そう簡単に気を許すつもりはなかった。

 そうなると、今も魔術を多用しているワイズが看病役になる。

「リュイス。ワイズも頼んでいい?」

 悩んだ末、イユはそう発言した。ワイズだけでは誰かきたときに対処ができない。それどころか、魔術の使い過ぎで本人が倒れているだろう。

「イユたちだけで大丈夫ですか?」

 心配そうに質問をするのはリュイスだ。

「平気よ。ワイズは倒れるだろうし、看病しながら守りを頼むのよ? リュイスのほうが負担が大きいわ」

「それはそうかもしれませんが」

 イユの提案にリュイスはまだ煮え切らない顔だ。

「鳥籠の森こそ怪我人が多いかもしれませんよ?」

 ワイズからもそう問いかけがある。

「ミンドールを助けるために今でも魔術を使っているのでしょう? もたないわよ」

 治癒の手は欲しいが、限界がある。鳥籠の森には屋敷とは違って担架はないのだ。

「私も多少は使える」

 刹那の言葉にワイズは、「死にたがりばかりいますね」とでも言いたげな顔をした。イユは刹那に力を出し尽くして消えて欲しいとまでは思っていない自分に気付きつつも、それについては何も言及できなかった。もしリーサの命と天秤にかける場面がきたら、イユは刹那を止めないからだ。

「仕方ありません。この方の治癒に専念させていただきます」

 しかしワイズの承諾を聞いているリュイスは、いまだ晴れない顔だ。

 レパードからはイユへの同意がある。

「それがいいな。守りとしてここに俺かイユかリュイスの誰かが残ることになるわけだが、怪我人を運ぶことになる可能性も考慮すると、俺とイユが鳥籠の森側だ」

 レパードなら怪我人がいたとして、人一人運ぶのは苦ではない。イユも異能があるので言わずもがなだ。リュイスも小柄なリーサであれば担げそうだが、大人の男となると難しいだろう。だからこその選別なのだ。

「分かった。行く」

 リュイスよりも先に、刹那がそう返答した。再び立ち上がるので、イユとレパードも続く。

 行動で示されたからか、レパードの発言に納得したからか、リュイスも渋々と頷いた。

「そう、ですね。では、せめて気をつけて行ってきてください」

 そこにワイズが付け足す。

「せいぜいミイラ取りがミイラにならないようにしてくださいよ」

「当然でしょう。ばっちり皆を助けてくるから」

 イユの答えに信用ならなさそうな目でワイズから見られた。その顔色が既に悪いことに気がつく。そのうち、軽口も言えなくなるだろう。

「そっちも無理しないで」

 ワイズならそのまま倒れるまで魔術を使うはずだ。だからこそ、無駄と分かっても言っておきたかった。

「善は急げだ。すぐに向かうぞ」

「うん、こっち」

 目的地は鳥籠の森だ。ここに、リーサたちがいるはずなのである。

「絶対に無事でいて」

 今は無事を祈ることしかできないから、大昔の巫女様などと言う『魔術師』が気まぐれを起こして助けてくれるようにと願った。





 ***





 その森は、灰色だった。

 どんよりとした雲を覆い隠すほどに、木々が枝を伸ばしている。

 しかし、そこに葉は殆どない。代わりに木の枝から吊り下げられた、鳥籠が時折木枯らしに揺れている。幾つかは扉があき、キーキーという鈍い声を挙げていた。

 木陰からは絶えず何かが蠢いている気配があるのにもかかわらず、世界そのものが死に包まれているような雰囲気があった。生きているもの、鮮やかなものがここにいることが場違いなようで、リーサたちを狙っているような魔物の不気味な唸り声が聞こえてくる。


 リーサはこの森を知っていた。ヴァーナーが言っていたのだ。ここは、鳥籠の森なのだと。


「どうしよう」

 自身が青ざめていることが分かる。目の前にいるのは、意識を失いぴくりともしない黒髪の少年。その腹の怪我は酷く、包帯を巻いても血が滲んでいた。

「やっぱり私には何も出来ない」

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