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カルタータ  作者: 希矢
第五章 『魔術師は信頼に足るか』
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その61 『読めてしまった』

 食堂に向かうべく廊下に出ると、既に船員たちが何人も歩いていた。そろそろ食事の時間が近いらしい。航海室にいたジェイクと呼ばれていた青年がちょうど最も近く、前方にいる。イユの気配に気づいたようで、振り返ろうとするところだった。

「お待たせ、イユ」

 そこで、後から出てきたリーサに声を掛けられて頷く。振り戻ったときにはジェイクの姿はなかった。曲がり角を折れたようだ。

「それにしても、綺麗な宝石。本当にもらってよかったの?」

「当然よ。とはいっても、私が買ったものじゃないんだけれど」

 二人で話をしながら食堂に向かう。リーサとの会話が久しぶりに感じられて、うきうきしてしまった。そうすると、不思議と横を通り過ぎた船員たちの様子も気にならない。イユ一人ならば警戒されていたと思うのだが、今はリーサと一緒のせいかぴりぴりとする視線を向けられないこともあるのだろう。

 食堂の扉を開けても、様子は変わらなかった。一瞬だけ視線がイユに集まった気はしたものの、すぐにそれらは外され喧騒に満ちる。代わりに、

「イユたち、こっちだよ!」

 というクルトの声があった。


 イユが視線を向けると、そこにはクルトとリュイス、刹那がテーブルを囲んでいた。リュイスがイユの隣のリーサを見つけてか、にこりとイユに微笑みかける。

 イユの顔は途端に赤くなった。リュイスには全てお見通しのようなのである。

「おはよ! イユ、リーサ」

 近づくとすぐに、クルトに挨拶をされた。

「おはようございます」

 リュイスも何気ない様子で挨拶をしてくる。

「おはよう、二人とも」

 リーサの挨拶に、イユも続く。刹那はこくんと頷いてから、空いている席に視線を向けた。

「イユたち、座っていい」

 予め二席用意されているのは、リュイスの采配だろうか。どうやら三人はイユたちのために席を確保してくれていたようである。

 イユは昨日とうってかわって気分が明るい自身に気がつく。なんて単純なのだろう。リーサとのわだかまりが解けた。それだけで、急に道が開けた気になるのだ。

「今日は、イユの好きな果物がいっぱいあるよ」

 クルトがテーブルの中央に並べられている皿を指さして告げた。皿の中心にはいくつもの葡萄の粒が添えられ、それらを囲うようにして、りんごにオレンジまでもが食べやすい大きさにカットされ並べられている。

 クルトが調達したわけではないのだろうに、

「イニシアで買い占めてきてもらったからね」

 と自慢げに付け加えられた。

「なまものね」

 果物は、料理されていなかった食べ物のはずだ。

「まぁ……、間違っちゃいないけれどさ。果物だよ、うん」

 リュイスが気を利かせて小皿に果物をよそい、イユとリーサの前へと置く。

「ありがとう、リュイス」

 イユはリーサのお礼の声を隣で聞きつつも、席につくと同時にりんごを頬張った。しゃきっと音がして、口の中で果実がはじける。改めて、美味しさを実感する。瑞々しい果物は、乾ききったパンばかり食べていたイユにはとても新鮮な味なのだ。

「そうだ。折角だからボクにイニシアのことを話してよ」

 クルトに話を振られた。待っていた身としてはいろいろと知りたいらしい。その気持ちはイユも分からなくない。

「羊がいたわ」

 オレンジを頬張りながら、とりあえず思いつく話をする。

「羊?」

 そういう内容が来ると思っていなかったらしい。クルトにきょとんとされたので、一通り説明してやる。刹那が話の最中に何度も相槌を打ってくれるので、説明しやすかった。彼女は聞き上手なのだろう。

 逆に少し呆気にとられた顔をしているのはクルトとリーサだった。理由はよくわからなかったが、説明が終わった後にクルトから感想が述べられる。

「……いやその、羊の見た目の説明は十分分かったからさ。ボクとしてはダンタリオンが気になっていたのだけれど」

 ダンタリオンにはあまり良い記憶はない。追われたことを思い出してげっそりする。

「本の魔物がいるところよ」

「本が魔物?」

 不思議そうなリーサにリュイスが説明役を買って出る。

「えっと、僕が説明しますね……」

 折角なので、大人しく聞くことにした。食べることに集中したかったのもある。

 一通り説明が終わる頃にはイユはお皿に二回目の果物をよそい終えている。クルトの唸り声が聞こえてきた。

「うーん、要するにその魔術書には魔術がかかっていたわけだね」

 ブライトもそう言っていたはずだとクルトの言葉に思い返す。どこかの魔術師の仕業によるものなのは、ほぼ間違いないだろう。

「えぇ」

 頷いたイユに、クルトが頭を掻いて答える。

「……聞く限りだと、相当強い魔術書なのは間違いなさそうだね」

「魔術書って、……そもそも何なのかしら」

 リーサは不思議そうに聞く。知らない人間には最もな疑問だろう。

 リーサの疑問を受けて、頭を掻きながらも考える仕草をするのは、クルトだ。

「んー、魔術師が魔術を使えるようにするもの、かなぁ?」

 説明が頼りない。クルト自身はそこまで詳しいわけではないのだろう。仕方なく、イユが説明をすることにした。

「魔術書は魔術を使うための手ほどきが記されているのよ。それを解読……確か、読むだけではだめで理解して身につけるまでを言うのだけれど、そうすれば魔術として使えるようになるわ」

 ただし魔術書の解読にはかなりの年月がかかると聞いている。三、四年かけて一つ身につけば優秀な類らしい。本来ならば、ブライトのような年でいくつもの魔術を操ることはできないだろう。

「イユ、詳しいねぇ。ひょっとしてこれも読める?」

 クルトはポケットからメモを取り出す。

「何度も会えば詳しくもなるわ」

 字が読めないのだ。受け取るだけ無駄である。そうと分かりながらも手に取ったのは、単に気が向いたからだ。

 なにより、クルトが言ったのだ。

「あのブライトが持っていた魔術書の一節、メモしたんだけど」

 と。あれほど大事にしていた魔術書の中身だ。気にならないといえば嘘になる。

「どう? 一番簡単そうな形をしていたんだけど、ボクにはさっぱりでさ」

 ガリッと、イユの歯は葡萄の種を噛み砕いた。衝撃に声が詰まる。


 ――――何故だ。


 イユの頭の中で、何かがチラつく。答えるなと、頭の中の理性がそう告げている。


 ――――冗談ではない。文字が読めない自分に、これが何故『読める』のだろう。


「……無理ね。字も分からないぐらいなのに魔術書なんて」

 平静を装えたかは怪しい。それでも周りの反応はいつも通りだった。

 クルトもメモを受け取り、言う。

「そうだよねぇ。読めたら魔術師になれるって言っていたもんね」

 ずきりと、心に突き刺さる。ばれたのではないかと、背を冷や汗が伝う。

「私も気になるかも」

 メモがリーサに渡る。

 そこについ視線がいってしまう。書かれていた言葉はたった一言、『カルタータ』と読めた。仮にクルトたちが読めたのならば、航海室でのあの反応だ。もっと驚いた顔をしているはずだろう。

 心なしか、息苦しい。何故、どうしてと、疑問が頭の中を飛び交う。素直に言ってしまえばよかったかと思ったが、その気分になれなかった。わざわざその言葉を口にして皆を動揺させる気にもなれなかったし、ただでさえ暗示で揉めた身なのだ。これ以上、魔術師に関係していると思われるのは嫌だった。それに、異能者施設にいたから魔術師について詳しいだけだとそう言ってのけてしまえる範囲を超えている気がした。

 そこに、放送が入った。

「あー、全員聞こえるか。目的地が見えてきた。着陸の準備をするように」

 レパードの声だ。着陸と聞き、周囲にいた船員たちが慌てて腰を上げる。

「もう到着なのね」

 心からほっとした。これで、話題が変えられる。

 クルトが首を傾げた。

「結局、追手とはぶつかってもいないけれど下りるのかな」

 追われているに違いないという考えで今まで逃げてきたが、影も形もなければその疑問にも頷ける。

「どのみち、木材足りてない」

 刹那がそこで船の損傷具合に言及する。

「このままこの島を通り過ぎてから追手に追われると、インセート周辺で撒かないといけなくなります。下手をするとインセートで下りられなくなることを考えれば、ここで確実に撒いておくのもありかと」

 リュイスの説明に、納得はできる。確かにインセートにたどりついてもそれが追手付きではすぐに捕まってしまう。

 だが、頭によぎるのはブライトの笑みだ。

「……あいつが何か企んでそうで嫌なのよね」


 ――――そうだ、全てあいつのせいだ。


 イユは心の中で結論付けた。読めたら魔術師になれるなんて余計なことをブライトが言うから、少し動揺してしまっただけだ。イユは異能者である。魔術師たちに散々悲惨な目に合わされたことは忘れてはならない。魔術書が読めた原因に心当たりはないが、ひょっとすると施設でこれと同じ字を見たことがあったのかもしれない。きっと、それだけのことだろう。

「……まぁ、でも、船長命令だし、他にあてもないし仕方ないかぁ」

 イユがブライトのことを考えている間にも話は進んでいる。一行の会話がようやく頭に入ってきたイユは、遅ればせながらついていく。レパードの頭ではブライトの思惑に乗る方向で進んでいるらしいと、クルトの言葉を咀嚼する。だから、レパードは目的地をブライトのいう場所に指定したのだ。ギルドの依頼といい、時間があれば詳しく追及してみたいところだ。

「そうね。さぁ、刹那もそろそろ準備しないと。確かすぐ動くのでしょう?」

 リーサがそう言って話を切り替えた。それに頷いた刹那が席を立つ。

「ボクも今のうちに片づけしようっと」

 食べ終わったクルトも続いた。

「イユさん。僕たちも行きましょう?」

 リュイスの皿も既に空っぽだ。イユは慌てて残りを食べきる。

 席を立ったところで、補足された。

「甲板の仕事を手伝うという話でしたから」

 まだ落ち着かない心に、今度は別の憂鬱が押しかかる。着陸の作業の手伝いが待っているらしい。


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