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カルタータ  作者: 希矢
第九章 『抗って』
609/994

その609 『(番外)真実(克望編9(終))』

「お見事でした」

 後味の悪い出来事の後で告げられた岐路の言葉に、「いいえ」と克望は首を横に振る。全く気が重かった。

「両親の死を公表してしまいました」

 陽家の人間も、克望の両親の死を聞いたのだ。本当はここまで話す気はなかったが、速水への後押しに必要で手札を切ってしまった。これでは到底家は継げまい。全ては終わったのだろうと、そう悟る。

「それですが、心配することはないのだと思います」

 ところが、岐路はそうは思ってはいないようだった。頼りなさそうな顔をきょとんとさせてから、克望へと頭を下げる。

「一足先になりますが、おめでとうございます」


 このあと、職員に暗殺ギルドの息が掛かっていたことは、施設のなかで大問題になった。幾らギルドがシェパング発祥とはいえ、相手は暗殺ギルドである。一つ間違えれば『異能者』を悪用され国家転覆も起こるところだった。そう、岐路は、これに活躍した『異能者』の功績は非常に大きいとして克望を大きく称え、誰もそれには異存を述べなかった。

 克望はこの功績を認められ、家を継ぐことになったのだ。



「改めて、おめでとうございます」

 飛行船に搭乗すると、先に岐路が待っていた。席を示されて隣に座る。刹那は向かいに座り、外の景色を眺めている。

「服、お似合いですよ」

「ありがとうございます」

 今日は、『魔術師』として一人前と認められる成人の儀の日だった。服装も成人用の儀で着る衣服に替えている。この装束は屋敷にあったものだった。克望がいつか戻ってくることを見越して用意されていたものだと、散菜は言っていた。

「桜花園まではまだ掛かりますから、御寛ぎ下さい」

「はい」

 素直に頷きながらも、周囲の視線が気になって落ち着かない。

「しかし、驚きました。まさか魔術の習得がここまで早いとは」

「異能と勝手が似ていただけです。古代語は元々覚えていましたし」

 そう答えながらもどこか上の空だったことがばれたらしい。

「どうかしました?」

 と、岐路に問われる。

「いえ……」

 克望は、背後に聞こえてくる会話に耳を聳てていたのだ。それに気付いた様子で、岐路も口を閉じる。


「ねぇ、やっぱり、噂の克望様じゃない?」

「妹さんに続きご両親まで亡くされたとか。おかわいそうに」

「でも、ご活躍されたんですって。『異能者』というのがちょっと怖いけれど、凄いことじゃない?」


 怪訝な顔をする克望を見てか、岐路がくすりと笑う。

「お噂が立つのは致し方ないでしょう。『異能者』から『魔術師』になる方など早々おりません」

 ですから、定期飛行船に乗るのはお勧めしませんでしたのに、と岐路に告げられる。確かに定期船でよいと言ったのは克望だ。貴族なのだから専用の飛行船を使うこともできたのだが、ずっと施設にいたせいで世の中を分かっていない克望は市井の様子を見ておきたかったのだ。

 それにしても、岐路の言葉に聞き覚えがあった。少し考えて思い出す。かつては一人だけ『異能者』から『魔術師』になった者がいたと言っていたのは、父だ。その父のことを思い出して顔が引きつる。

「どうかなさいました?」

「いえ、何でもありません」




 克望は、知らなかったのだ。両親が暗殺者に殺されて、当主を継ぐことになったその日も。真実を知ったのは刹那とともに屋敷に戻って葬儀を上げ、一週間以上経ったときのことである。






「克望様」

 その日、廊下越しに礼をしてきたのは散菜である。

「ご案内したい場所がございます」

 克望が刹那とともに散菜に連れられたのは、両親が亡くなった地下だった。

「ここが一体……?」

 意図が読めない克望に対し、散菜は迷うことなく、木の机の隣にあった書棚から一冊の本を抜き取る。

「こちらにございます」

 声とともに書棚が横に動き始め狭い通路が出来上がる。克望は空いた口が塞がらなくなりそうだった。父はどうも厳格な見た目に反して、仕掛けじみたことを考えるのが好きらしいと感想を抱いたほどだ。

 そんな呑気な感想が吹き飛んだのは、散菜が明かりを片手に向かった狭い通路の先を進んでからだった。

「なんだこの牢は」

 思わず、鼻を抑える。死臭の漂うその場所は薄暗く、死がひしめき合っていた。数知れない牢には必ずと言っていいほど誰かがいた。牢の一つに近づいた克望はぎょっとして一歩下がった。骨と皮だけになった手が、道に向かって延ばされている。その手に釘が刺されていた。

「克望様が今度の領主様で在られます故、この場も引き継いでいただきたく」

 淡々と述べる散葉を振り返った克望はそこで気がついた。散菜の手が細かく震えている。それに合わせて散葉の手の明かりが小刻みに揺れていた。

「ここはかつては収容所でした。旦那様に歯向かう者たちの」

 続けて覗いた牢の先にも、骨だけの何かがあった。よく見えるとそれは子供の大きさをしている。

「旦那様は素晴らしい方でございます。特に克望様のことは愛しておられました。厳しい方でしたが、雪奈様が亡くなられたとき、克望様お一人では寂しい思いをするだろうと、刹那様を妹にするよう指示しました」

 言葉とは裏腹に、散葉の声は震えていて、本当はここをおぞましいと思っていることが伝わった。

「そうした指示が通ったのは、旦那様が日ごろからここでこうして力を蓄えられていたからでございます。旦那様は素晴らしい方です。ですから、私たちは絶対に旦那様のことを裏切ることは致しません。旦那様は」

「もういい」

 耐えられず、克望は声を絞り出した。


 分かってしまった。雪奈は、今まで『魔術師』の権力争いで暗殺者の手に掛かったと思っていた。けれど、速水は陽家の派閥ではなかった。彼は復讐だと言っていた。それはここにある現実が原因なのだ。克望の両親に歯向かったこの牢の囚人たち。彼らを捕えたことへの怒りが積み上がって、それが妹に、両親自身に凶刃となって襲い掛かったのだ。恨みのつけが回ってきただけだったのだ。

「命のある者はすぐに手当てを。ない者は墓を。いずれにせよ、ここに囚われている者の一覧を出せ。家族を探して家へ帰す」

「克望様、けれどそのようなことをしたら……」

 克望の父の仕打ちが世に出てしまうと、散葉は顔を真っ青にする。

「どのみち、知っている者には知られている。我は、こんな暴力は認めない。これが妹を奪った原因の一旦となったのならば、余計に」





 克望はうとうととしながら、飛行船の窓から映る桜花園の様子を見る。気のせいだろうか、コロンポロンと琴の音色が耳に届いた気がした。

「速水」

「何でしょう」

「我は戦いのない世界を作る。お前には申し訳ないが、水引家とか陽家とかは関係ない。暗殺や暴力など力で全てを解決するような行為は、絶対に許してはおけない」

 成人の儀を前に、昂っているのかもしれない。けれど、克望は宣言しておきたかった。思いは言葉にすると力になる。その力を信じたかった。

「今更でしょう。克望様がご実家の不義を暴露したときに既に覚悟しましたよ。望むところです」

 克望の謝罪に気前よく岐路から返事がある。岐路は水引家の人間のはずだが、なるべく克望が有利になるよう取り計らってくれている。いっそ小気味よいほどの返事に、内心感謝しかない。

 とはいえ、月陰家の不義――仇なす者たちを不当に投獄した件は、意外なほどに波紋を呼ばなかった。むしろ実家の不義を早速正したことで克望の評判が上がってしまったようで、周囲の視線がくるのはそのせいでもある。このあたりは、岐路が上手く立ち回ってくれたこともあるのだろう。

「刹那よ」

 合わせて窓から外の景色を見ている刹那に呼びかける。

「お前は式神だから理解できないだろうが、我は人間だ。故に覚えておけ」

 名前を呼び、指示を出したから、刹那は振り返った。相変わらずの無表情だが、克望はうっすらとその顔に若干の変化があることに気づいている。少し前までなら見向きもしなかった外の景色に感心を示しているのがその表れだ。それが本来の雪奈らしさをまねし始めたからなのか、式神にも人の心があるのか、どういう理由かは克望には分からない。どちらにせよ、刹那とはなるべく距離を置くつもりだった。刹那は妹ではない。そしてこの式神は克望の思い――良い考えも悪い思考も全て――、を汲んでしまう。言うべきことは伝え、後はなるべく遠くに出させようと心に決めていた。

「我はあの父を持つ以上、道を踏み間違い、心に狂気を宿すことがある。お前は我のその心にも反応するだろう」

 刹那は理解していないように小首を傾げる。その瞳に、外の空の景色が映り込んでいた。

「だがな。我の本心は今語った通りだ。我は平和を望む。それだけは変わらない我の本心だ」

 今は気づかなくていい。後で少しでも理解されればと、そう願って――――

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